第5話 友達以上に想うキミ
猫さんしっぺで遊んでいたが、気持ちは、それ程余裕がなかった。
密流くんは、打ち解けてくれたようだけれども。
年上のオレから距離を縮めるの方が、自然だろう。
けれども、人間関係を構築するのが苦手だ。
唸りながら、頬杖をついていた。
「高塔さん、さっきの思い出してたの?」
密流くんから
「オレが、浸っているように思えたのですね。どれでしょうか」
「自転車で駅前に転げていたときだよ」
ああ、ことの発端、オレの敗北宣言逃走中だ。
「オレは、まほろば大学一年生です。入試の得点で首位に立てば、一年間は特待生として学費免除してもらえます。二年次以降は一年間の成績と人物で推挙されるそうです」
四年間、学費免除されたらありがたいと狙っていた。
「義父が、卒業すればいい就職ができるからと、オープンキャンパスに僕を引き摺って行ったよ」
「いいお義父さんなのですね」
「いや、違う! 価値観の押し付けだよ」
猫化した密流くんを撫でては、落ち着かせようとしていた。
「ぷんすか、ぷんぷん」
「変わった怒り方ですね」
大学に入って、四月からまだ数カ月だ。
思えば、オレは、徒労に終わっている気がする。
「大学は、掲示板で連絡事項を伝えるのですが、授与式の案内は小さな封書が届いたのですね。全体の式後、バイオ学部の定員二百五十名中十名が別室に集められ、個々に表彰された映像が、胸に残っています」
撫でられた密流くんが、オレのシートにやってきて、無理矢理膝枕を要求してきた。
「よかったねー」
「投げやりですね。擽りますよ。こそばい、こそばい」
「やめっ。やめてー」
「ついでですから、ぽいちょしますよ」
彼の首根っこ掴まえて、元のシートに戻した。
表彰式の日、特段目立って長所もないオレだが、胸を張ってお母さんに筒に入れた大きな紙を渡した。
「家族から褒め言葉は特になかったのですが、お母さんは、喜んでくれたのでしょう。その日は鶏手羽の煮つけが出ました。嬉しくて、手を汚しつつ骨まで食べたかったです。好き嫌いないですし」
「僕は林檎が嫌いなんだ」
「栄養ありますよ」
オレの中で、褒められる場面なんてないから、印象的だった。
誰でもいいから聞いて欲しいと思っても大学の知人は僻むから困ったものだ。
鳥の巣の雛みたいに、同じ口をして喋り方も同じだった。
――お前さあ、それってご自慢なんだ。うちらだって取ろうと思えば余裕だぜ。
受賞してから、宣言すればいいと思うし、慢心では無理そうだと告げたかったが、心の中で思ったことを伝えられないもどかしさに射貫かれた。
「林檎、食べなくても死なないもん」
ぶうっと膨れて、栗鼠になる。
栗鼠には、丸ごと林檎は、無理かも知れない。
「はいはい。高塔さんは、お勉強をがんばったってことなんだ」
密流くんは、肩を竦めてこの話を終えたかったようだ。
彼は、賢いから、進学を希望すれば、好きな学びに邁進できそうだと考えていた。
「オレは、大学で研究職に就くために勉強したいと思ってもいましたが、別の道も考えていました。本が好きで、その舞台化があると一人でもいいからよく観劇しました」
「がっつり勉強でもないんだ。でも、本が好きって、それだけで賢そうだよ」
隣の車両からドアがゴトゴトと開く音が聞こえた。
まさか。
黒い靄が、移動したのか。
無視しよう。
「密流くんは、何年生なのですか」
「とこしえ中学校一年生。十三歳だよ」
「後二年で高校受験ですね。オレは、十九歳です」
若いっていいな。
そのオレもまだ若輩者だけれど。
「学校は、嫌いですか」
ん。
ゴトゴトは続くが、無視すれば、消えるだろう。
後方へ行くのかも知れないし。
「校長先生も担任の先生も『学校は勉強をする場だ』とだけ主張するんだよ。だったら、遠隔でもいいし、自習でも家庭教師でも同じだよね」
「勉強は、自分のペースでいいと思いますよ」
幾分かゴトゴトは近付いている気がするが、気のせいだ。
「友達と鍛え合うのは関係ないみたい。男女差別をなくしましょうとかで、男女共に苗字にさんをつけて、渾名はなし。区別も差別もあったもんじゃない」
「嫌いなのですね」
根が深い事情を隠していそう。
密流くんは、親指の爪を噛んで苦々しい顔をし出した。
話題、話題チェンジャーとならないといけない。
「電車で旅とは、粋ですよね。修学旅行が、懐かしく思い出されます。小学校では
ハイタッチをして、それとなく促した。
「僕は小学校六年生のときに、
不登校、もしもオレや弟妹がそうなったらと思うと胸が痛い。
稲は、プールが大嫌いで、その日は丸々休む程だ。
これが助長されたら、今日も明日も明後日もと日延べして行かなくなるだろう。
彼女の行かない理由に、アトピー性皮膚炎がある。
医師によっては、プールの水はアトピーにいいと言うが、本人は嫌がっている。
「想い出というアルバムから、捨てたらいいでしょう。辛いですよね」
「うりゅ。べちゅに」
ゴトゴトは、まだ続くのか。
黒い靄ではなくて、枕木かと考えた。
それとも、電車が真っ直ぐに進むから、揺れがある可能性もある。
「僕ね……。高塔さんのこと……。友達以上に特別に想っているよ」
「は?」
どうしたのか。
密流くんが、甘えん坊さんモード再燃してきた。
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