第4話 **城行

 バシュッ。

 青い側引戸にオレの尻を撫でられた瞬間、密流くんに腕を引いて放られ、車両内に跪いた。

 手近のシートに掴まりつつ立ち上がる。

 一番前らしく、前照灯からか車外からの光も助けてくれた。


「ヒイ。挟まるかと思いました。待ってくれないのですね」

「気紛れなダイヤらしいよ」


 案内もなく発車したので、バランスを崩しながら先頭に座る。


「ちゃーん」

「どさくさに紛れて、密流くんはオレの膝の上ですか。いつから猫さんに化けたのでしょう」


 少しならと撫でた。

 これが、大間違いを招いてしまうとは。


「ふにゅーん」

「ちょ、やめて! そこでゴロゴロ鳴かないで……」

「にゃはーん。すりすり」

「ああ、あ……」

「ごろにゃん。密流猫なのにゃ」

「うっ」

「可哀想にゃから、撫でてくれにゃら、やめるにゃ」


 肩で息をする程疲れた。

 彼に憑かれたかと思う。

 二つ程撫でて、抱っこして座らせた。


「それで、時計城線について幾つか知っているようですが、どうしてですか」

「時の方から幾つか情報がきてるんだ」


 オレは、会ったこともない城主が、旅を助長した故を知りたい。


「知り合いなんですか。連絡できるのなら、訊きたいこともありますよ」

「ここでは出せないけどさ、僕のゴールドパスは、万能だから」


 かなり精巧で高度なカードなのだろう。

 時計城線に『時計城前駅』があってもおかしくない。

 あるテーマパークは、イメージを保持するように最寄り駅にその名を許さなかった件があるし、城も直ぐに攻められたくないだろうから、駅名がない可能性も考えられた。


「では、前面行先表示器にあった、『**城行』は、終着駅を示しているのでしょうか」

「僕に質問が多いよ。自分で問い合わせてよ」


 電話をかけるのか。

 はたまた、メールをするのか。

 いっそ葉書に綴るのか。

 まさか、最新SNSを駆使するのではないだろうな。

 よもや、AIとかでチャットするのは勘弁して欲しい。


「あのね。城主にお問い合わせって、会社じゃないんですからね」


 機嫌の悪そうな流し目で、オレの胃袋が、きゅうっと縮こまった。


「このシート、今は二人掛けの横位置だからさ、ボックスにしよう。それで、僕は前側、高塔さんは後ろ側で横になればいいよ」


 さっと、話題を変えられるのも密流くんの気紛れなダイヤのなせる業だ。

 特に病的な感じはしないので、性格かと考えていた。


「オレが、後ろ側でいいのですか」


 オレは、兄弟が多いから、長男らしく纏めようとしていたが、密流くんは、話の中では一人っ子のようだ。

 家族に話し掛けるとき、周囲は大人だらけなせいか、未熟な自分目線になってしまったり孤独感もあっただろう。

 小悪魔な彼が、この旅で求めているものを女々しくて寂しがりやなオレが補えたらいいと思った。

 少しだけでも、絆創膏や包帯になりたい。

 オレの願いは、小さくていい。


「シートの配置、結構ガタガタしますよね。オレに任せて欲しいです。少しの間、隣で待っていてください」


 シートを回転させようとしていたが、手間取っていた。

 他のシートが目に入ったとき、黒い靄も一緒に乗っているのが分かる。

 気が付いたときには、後退りをして、尻もちもついていた。


「ヒイイイ……! 靄、靄が」

「いいお兄さんが、騒がないの」

「呪い反対! 呪縛反対! 魂魄化反対! 幽体反対!」


 手をパンと合わせたかと思うと、熱が出る程擦って拝んでいた。

 至近距離で寄り添う靄の姿には、密流くんとオレの将来ではないかと恐れおののく。


「もう、高塔さん。彼らに日本語も英語も通じないよ。独自の生態系で漂っているだけなんだから」


 彼が、結局ボックスシートにしてくれた。


「ほら、横になって」


 ボックスシートに引き込まれて、進行方向からして楽に背凭れを使える方に寝かされた。


「ねんねん坊ちゃん、朝まで眠ろう」


 子守唄もついてきた。

 形あるものが欲しい。

 できれば、茶碗蒸しが食べたい。

 お腹が空いたから。


「ねんねん坊ちゃん、おめめを瞑ろう」


 子ども扱いされていると憤慨しても構わなかったが、険悪な旅にしたくないし、そもそも、この美少年を泣かしたくなかった。

 ふと、電車が大きく揺れる。

 ガッシュガッシュと喋っている間に、密流くんもオレもシートから放り出された。


「ふうおお、反対に走り出しましたが」


 這いつくばる二人は、横になっていたから落とされたのだろう。

 密流くんと手を繋ごうと必死だった。


「だから、ダイヤが自由なんだよ」


 指先が触れそうになったのに、引っ込められた。


「あ、意地悪するのですね。猫さんしっぺするよ」

「どういうの?」


 痛いのを知っている。

 弟妹が悪さをしたら、叱られるのはオレの当番だったからだ。


「やるの?」

「どうぞ」


 遠慮しなくていいな。

 少しはオレが上下関係の上にきてもいいだろう。

 掌を丸めて招き猫のようにした。


「しーっぺ。猫さんしっぺ」


 バッシン!


「……ってえよ!」

「痛くはないよ。猫さんしっぺ」


 いーって密流くんに歯を剥き出した。

 大人げなくて結構だ。


「電車の走る方向が変わったけれども、どちらのシートがいいですか」

「お膝の上だにゃ」


 オレは、黙って進行方向を向くシートに座った。

 密流くんが、反対に座るのか観察していたら、ごろごろ鳴いて近付いてくるではないか。


「猫さんしっぺの準備ができました」


 猫の手にする。


「ごめんにゃにゃい……」

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