第3話 生身に秘密
「ボン・ヴォヤージュとならず、時計城線の巡礼者となる黒い靄と化した魂魄に、密流くんやオレがなる可能性はありますか」
「僕に訊いてどうするの。ならない可能性は考えないの?」
密流くんは、ゴールドパスをボーダータンクトップの内側にしまった。
彼は、上目遣いで、秘密だよと口元に指を立てる。
狙われる財産のようだと感じた。
宝は、そもそも、隠したから宝となるのではないか。
そのことを弄っても身の安全には繋がらないと、黒い靄から目を逸らした。
「先程は、三時でしたね」
転ぶ少し前に腕時計で確認した。
劇場のもぎりをバイトでして、初めて買ったブルーのイグザスという時計を大切にしている。
いつでも身に着ける程だ。
「オレもまほろば大学で講義もないですし、部活も二度と行けない程終わりましたし、それで帰り道だったのですよ。雨の中転げました」
「うりゅ。お兄さんが、ある人に似ていて近付いたんだ」
「高塔家は、家族が多い方ですから、ドッペルゲンガーかも知れませんね」
まさか、お母さんではないよね。
オレは一応長男で、高塔家には、次男の
それと、オレを一番慕っている柴犬、
弟妹には、あんちゃんは女々しいとか、女っぽいとか、沢山言われてきた。
もう四時頃かと相方イグザスで確認をすると、アナログの針が走り回っていた。
「腕時計が、猛り狂ってしまいました」
「ああ、もうホームでは時間なんて分からないよ」
イグザスは、忙しそうなので、休んでいてと撫でた。
「それで、三時は過ぎて四時にもなっているかと思います」
「十六時頃だろうね」
「今からだと、零時を待つことになりますが、お腹が空いたりしませんか」
先程と同じ質問をする。
密流くんが、ボーダータンクトップを捲って、グレーのボートネックの上からお腹を擦った。
お腹の空き具合を話し合っているのだろうか。
「僕はね、生身の体を売られてしまったんだ」
「生身……?」
「そう、本体がないんだ」
オレは、唾を飲み込むと、我ながら大きな音に吃驚した。
まだ、中学生なのに、怖い体験をさせられたのか。
考えたくないが、美しすぎる少年を自分のものにしたい輩はいるはずだ。
「密流くんは、自覚がないかも知れないけれども、相当な美少年ですよ。確かに、辛い過去があるかも知れませんが、生身の体を売るとは不思議ですね。ご両親にでしょうか」
大方の中学校の入学式では、クラスの生徒や担任の先生に心が弾み、多くは家族との記念写真に忙しく、肩幅も余る制服に袖を通した姿に微笑ましく笑い合っただろう。
小学生と少し違うだけで、背伸びをしても届かないのは変わらない桜と校庭で話もしたのだろうか。
その枝の花も四季の息吹により散り行くと葉桜となり、春は終わりを告げて、陽射しが教室に忍び込む初夏となるものだ。
夏に乗り入れるには、雨の洗礼を受けなければならない。
「中学生の頃、オレは、どうだったか考えていました。それ程不幸せでもなかったと思います。でも、小学校へ残してしまった弟妹と離れたことは、失点でした。家族は、大切にした方がいいですよ」
「説教するなら、駅から出る?」
「……オレからの真心のつもりです」
むくれた密流くんが、そっぽを向いた。
取りなすべきか考えあぐねていると、彼の方から覗き込みにきた。
「高塔さんも僕と同じになるかもね」
「そこも生身の体説を出すのですか」
密流くんは、青い傘を持ちながら家出をし、オレと翆雨の出逢いをしてくれた。
壊れたオレを立ち上がらせてくれたのは、この小悪魔だ。
だから、彼の辛いことには付き合おうと思った。
「生身の体がない話を本当だとしましょう」
密流くんは、インコが楽しいときのヘッドバンキングみたいに、激しく首肯してくる。
小さくホントウと繰り返しているのも聞こえた。
「状況や理由など、もう少し詳しく教えて欲しいと思います」
「さっきのゴールドパスが僕本体で、肢体や表情に言葉も操っている。お姉さんの
「時……。城……」
オレは、顎を擦って引っ掛かりを繋ごうとしていた。
「時の方がいる城が、まさか
「うりゅ」
自分で秘密と口にしてはっとした。
オレの高塔秘の秘と密流くんの密、出逢う前から縁があったと感じられてならない。
その旨を告げるかどうか迷ったが、喉の奥に仕舞い込んだ。
家出美少年密流くんは、無駄に懐く仔犬だから。
「時計城線は殆どが各駅停車なんだけど、終着駅付近で二駅は下車できないらしいよ」
「そこは、大切でしょう。深掘りしましょうか」
再びヘッドバンキングで首肯される。
「特別な事情があるとしか思えないよ。僕は、そこで魂魄となるかが関係していると思うんだ」
「オレができることは、祈りだけですね。――旅にしくじった者の魂魄を鎮魂し、我らが黒い靄とならぬように」
◇◇◇
十六時から零時まで、ホームの椅子に腰掛けて飲食も一切なしだ。
時々密流くんが踊るので、拍手をすると喜んでいた。
芸達者な仔犬だ。
オレは、くったりと電車を待った。
お腹は空いていたが、手に入らないと分かったから、口にしなかった。
「きた! 高塔さんきたよ」
グデングデン、グデングデンと、具合の悪そうな音を立てて、光が迫ってくる。
停車するのも古めかしく、ギイイと叫んでいた。
オレの知る十両編成の電車ではなかったようだ。
たったの二両で、二人が乗り込むにはもっと暗闇の方へ行かなければならない。
「高塔さん、走って」
「お、おお」
動力車が真っ青に塗られていて、よくあるラインは引かれていない。
車体を確認していたとき、おかしな点に気が付いた。
「これ、『**城』へ行くそうです。伏字になっていますが、大丈夫ですか?」
「僕は、自由が欲しいんだ。構わないで乗り込もうよ」
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