二十五
遠く青空に気球広告を眺め、出航の式典が宙海丸の低い汽笛のヴォーという音を合図に始まった。
夜通しの捜索も虚しく出航は間近に迫り、とうとうホーサーが外されると無情にも宙海丸は大海原へ出航した。
「倉本さん、ハジマリマシタネ、トテモ楽しみです、コレから何が起こるのか」
何も知らないジョセフが呑気に話して来、隆吉は拍子抜けしたが気を入れ直すと背筋を伸ばし凛とした表情になって「そうだね、私も何が起こるか楽しみだよ」そう答えた。
出航後、隆吉達は数日かけ船内を探して回るが渋谷と生物兵器は一向に見つからない。
中津川と事前に決めていた作戦がただの絵空事と分かれば、それを完全に無視して動いても問題ないが、浦上に怪しまれる。その事があって隆吉は公に動けはしなかったのだ。
とはいえ、しらみつぶしに全体を探し回りそれでも見つからなかった事が隆吉の直感を呼び覚ました。
「船長、順調かい」隆吉は操舵室のドアを開け、訝しそうに話しかけると「どうだろうね、雲行きは怪しくみえる、今夜あたり嵐が来るんじゃないか」浦上はタバコをふかしただ海を見つめ答えた。
「そうか、何もなければいいな」そう言って隆吉は操舵室を出ると、とぽりと独り言が湧いて出た「浦上の他に渋谷を匿う事が出来る者はいない、居るとすれば船長室か」隆吉がぼそっと呟くと、さっきまで快晴だった空に雲が増え遥か水平線の彼方が黒く染まっていた。
可笑しくも、怪しくもある、虚ろな現実の出来事に誘われるように隆吉は船長室へ向かっていた。
船長室の頑丈そうな鉄製のドアを前にして、少しの間を置いて、スッとドアノブに手を掛けようとしたその時「何か用事かい」浦上が背後から話しかけて来た。
「ああ、本当に嵐が来そうだったから大丈夫なのか聞きたくてね」ドアノブからさっと手を引き、隆吉が咄嗟に返事をすると、浦上は目を細め「分からんな、天に聞いてくれ嵐に備えて俺は少し休むとするよ」そう云って船長室のドアをバタっと閉めた。
暫くして、隆吉の気配が消えると浦上はベッドの下に隠れていた渋谷に話しかけた「渋谷さん、もう限界だな、今日嵐に乗じて奴らは動くぜ、生憎嵐が来れば俺は操舵室から離れられん悪いが一人でどうにかしてくださいよ」渋谷は「ああ、どうにか頑張るよ」とベッドの下からそう答えた。
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