十九

 「お待ちしておりました」伍大商会の素っ気ない受付の女が、軽く微笑んで挨拶をした。

 いつものように、女が洋靴を鳴らして階段を上り、応接間を開けると、既に渋谷と中津川の二人が隆吉を待っていた。

 

 「倉本さん、通訳が決まったようだね、順調なようでなによりです」


 商売人らしく、渋谷が愛想よく言った。

 

 「ええ、お陰様で、後は船長や航海士が居てくれたら、大助かりなんですが、これがなかなか伝手がないもので」


 隆吉は穏やかに言っているが、内心では微かな焦りもあった。

 それを察知し、中津川は少しにやけると、話し始めた。

 

 「だろうな、腕の良い連中は殆ど軍に雇われているもんだ、それで君が困っていると思ってな、私の知人を紹介したくて来てもらったんだ」


 「知人ですか、一体どんな方なんで」


 「うむ、そいつとは軍で出会ってな、元は海軍だったが、今は因島という処で漁師をしている、名は浦上うらがみ正臣まさおみといって、若いが航海の腕は天下一品だ、ただな…荒くれ者過ぎて、殆どの奴は手が付けられん、しかし元盗賊の君には、お似合いだと思ってな」


 「因島…浦上、軍人が手を焼くほどの人物ときたか…」と言って、隆吉は一瞬目を瞑ると、心の何処にあるとも云えぬ、極小の違和感を感じたが、それを見ぬことにすると、「そいつは面白そうだ、是非紹介してください」と、返事をした。

 

 二人のやり取りを聞いていた渋谷が、「これで、揃ったね」と静かに声を上げ、ずらっと並んだ酒棚から、一番上等なウヰスキーを手に取ると、テーブルに置かれた三つのグラスに少しだけ注ぎ入れた。


 「お二人さん、成功を祈って、一杯しようじゃないか」


 渋谷がそう言うと、三人は軽く目礼し、鼻先で甘く香るウヰスキーをぐいっと一気に呑みきった。

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