《流れ人(エトランゼ)》Ⅰ


 《流れ人エトランゼ》。他国では《漂流者ドリフター》や《渡界人ワンダラー》などとも呼ばれる、異なる世界から創造神が招き入れた者たち。


「わらわが知る限り、この都市に《流れ人エトランゼ》が現れたのはイツキ、そなたで三人目じゃ」

「マジ!? 同郷人どうきょうんちゅいるの!?」

「何語じゃ今の」


 腰を浮かしかけたイツキを、座れ座れ、と手を振って促し、アンゼリセは続けた。


「一人目が現れたのは八〇年前、こやつはもう寿命を迎えておる。二人目は三〇年程前に、既にこの都市を去った。あやつは…………」


 今でも、鮮明に思い出すことができる。

 ――――深い後悔と絶望を抱えて、全てを投げ打って都市を去った、あの顔を。


「……顔立ちも、知る文化も、そなたとは似ても似つかなかった。そなたとは、また違う世界からの《流れ人エトランゼ》じゃったのだろうよ」


 それを聞くと、ちぇと舌打ちをして、イツキは再び椅子に腰を下ろし、お茶をぐいっと一気に飲み干してから、頬杖をついてふてくされた。


「知り合いもいない、お金もない、そんな中、糧を得るために迷宮に挑み、命がけで挑む魔物との孤独な戦いを続けて…………そんな可哀想な俺を仲間にしたくはないカイ!?」

「したいかどうかでいうと別にしたくはならないが……」

「これで同情を引けなかったら俺はもう終わりなんだよ!」

「同情で仲間を得ようとするのもどうかと……」

「オルレア! オルレアさん! 辛辣な言葉はやめて! 俺の心はか弱いんだから!」


 再び肩を落とし、落ち込み始めるイツキを見て、ティックは目頭を押さえた。


「……ああ、もういい、わかった」

「わかってくれたのか!?」

「違う、そういう意味じゃない。僕たちのスタンスを明確にしておきたい、という話だ」


 ティックは椅子の上に立ち上がって、手袋を脱ぐと、右手の甲が見えるようにテーブルに乗せた。

 そこにあったのは、目を凝らせば見える程度の、薄い刻印だった。


「……砂時計?」

「そうだ、クラン【砂場遊びサンドボックス】が所属者に刻む呪いの印だ」

「……呪い?」

 イツキの疑問に答えたのは、アンゼリセだった。

「【砂場遊びサンドボックス】はな、諸事情で身寄りを失った子供たちに教育を施し、探索者として育てるクランじゃ」


 その表情には明確に……不快と、居た堪れなさが滲んでいた。


「もちろん慈善事業じゃない。どれだけ雑に扱っても文句の出ない、便利な奴隷を集めてるだけのことだ。連中からしてみれば『何の価値もないゴミクズを拾って使えるようにしてやってる』ってことらしいがね」


 ティックがその言葉を引き継いで、砂時計の刻印を、軽く撫でた。現在、砂の分量はちょうど半々ぐらいか。


「この印の砂が全て落ちると死ぬ。クランにアイテムや金銭などの供物を捧げればその貢献度に応じて砂を戻してもらえる……そういう仕組みだ」

「なんだそりゃ!」


 机を揺らすほどの勢いで立ち上がったイツキを、対面にいるティックは……目を丸くして見返した。


「……なんでお前が怒るんだよ」

「いや、普通に腹立つからだけど!?」

「お前には関係のない話だろう」

「あるだろ! 明日の仲間の話だぞ!?」


 こやつ、まだパーティを組むつもりでおる……。


「……話を最後まで聞け。そういう事情もあって【砂場遊びサンドボックス】の連中は、皆必死に成果を上げようとする。クラン内での派閥争いから、足の引っ張り合いまで日常茶飯事だ。そんな奴らが周りに配慮すると思うか?」

「…………………………しないんじゃないかな!?」

「そう、だから【砂場遊びサンドボックス】の所属者は、ひどく嫌われてる。場所によっては、その名前を出すだけで石を投げられるぐらいにだ」


 ティックは再び手袋を身につけると、椅子に座り直し……カップの中身を一口だけすすった。


「……本当だ、美味しい」

「それは何よりじゃ」

「アンさんおかわり!」

「自分で注げ」

「つまり、僕らとパーティを組んだ時点で、お前も無用のリスクに晒される恐れがあるってことだ」

「なるほど…………――えっ、じゃあ、アニキ、もしかしてアタシの心配を……?」

「お前にアニキと呼ばれる筋合いはない。変わり者の《流れ人エトランゼ》と組んで注目されたくないって言ってるんだ」

「だったらアンさんにも言わなきゃよかったジャン!」

「迷宮の神に隠し事をして、後でバレたら後ろめたい事があると思われるだろ。念の為に言っておくが、言いふらしたらお前、二度と安眠できると思うなよ」

「今夜は寝かさないぜ、ってこと!?」

「この場で殺してやろうか」


 テーブルの下でちゃき、と短剣を構える音がした。本気の気配だった。


「人死には他所でやってくれ。一応シスターの前じゃぞ」


 アンゼリセが促すと、オルレアは無言で頷いて、す、と腰に吊り下げていた金属製の鎚矛(メイス)を手に持った。それが何を意味するかはわからないが、異様な圧力だけは感じる。


「で、どうするのじゃイツキ。そなたのワガママだけではどうにもならんぞ」

「ううううう………………机が冷たいよォ……」


 イツキ本人も、もはや交渉の余地がないことは薄々気づいていたのだろう、ベッタリと机に伏して泣き出してしまった。


「話はついたな……女神アンゼリセ、大変失礼しました、このお詫びはいずれ必ず。いくぞ、ワーブ…………ワーブ?」


 立ち上がり、ぴょいと椅子から飛び降りたティックの腕を、


『ま、待ってください!』


 がっと掴んだのは他ならぬ、名前を呼ばれた鎧姿……ワーブだった。


「……どうした? 僕の決定に不満があるのか?」


 その物言いは、二人の上下関係を思わせるきっぱりとした断言であり、異論は認めない、という強い意思が含まれていた。


『あ、あの、その、えっと………………お、お茶!』

「お茶?」

『ま、まだ飲めてないので……』


 そりゃあ、顔まで覆う兜を被ってるもんなあ、とおそらく全員が思った。

 女神が出してくれたお茶に手を付けずに去る……後から難癖をつけられはしないだろうが、行儀が良くないのは確かであるのも事実。

 ティックはそう判断して、憮然とした顔で椅子に座り直した。


「………………はぁ、だったら早くしろ」

『し、失礼します……』


 ワーブは鎧の胸元に手を当て、一言、


『【装備換装リプレース】』


 そう唱えた。


「うおっ、まぶしっ!」


 ちか、とほんの一瞬、ワーブの鎧が明滅すると、その場には。


「…………はふ」


 先程までがちゃがちゃと音を立てていた全身鎧はもはやどこにもなく、代わりに……見覚えのない女性が一人、ぽつんと座っていた。


「………………誰?」


 ティックとワーブ以外の三人は揃って目を丸くし、代表してイツキが尋ねると、女性は目を伏せて、そらし、おどおどとしながら、小さく呟いた。


「そ、その、ワ、ワーブ、ですぅ……」

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