《温水洗浄付きWC》 Ⅱ
【迷宮都市】には様々な
物流ギルドに鍛冶ギルド、木工ギルドにパン屋ギルド、食肉ギルドに牧場ギルド。
要するに仕事をする連中が外圧に屈しないために相互互助をする寄り集まったものがそう呼ばれるわけだが、一般的にただ『ギルド』といえばそれは探索者ギルドを指す。
すなわち、迷宮に挑み、魔物を倒し、宝を、名誉を、自己研鑽を、浪漫を求める者達。
あらゆる『依頼』が探索者ギルドに集まり、探索者達はその中から身の丈に合ったものを選び迷宮に挑む。
彼らが迷宮で得た素材や宝は市場で換金され、街に金が巡り、需要と供給が生まれ、彼らを支えるための仕事が生まれ、仕事があるならと人が集まり、やがて定住者が増えて、発展を繰り返す……これが世界各地にある【迷宮都市】が生まれ栄える理由である。
「さあさあ、誰かいないのか!? この戦士を打ち倒せるツワモノは!」
そんな探索者ギルド本部は、五階建てのそこそこ大規模な建物だ。
『依頼』の受付カウンターの他に、探索に必要な物品を販売する商店、武器防具を整備するための鍛冶屋など、様々な組合が出店を構えており、一種の複合商業施設の体を成している。アンゼリセとオルレアは、その併設施設である酒場のカウンターに並んで座っていた。
「挑戦費用はたった千ディオール! 勝てば十万ディオール相当のルビーが手に入る! どう考えてもお得だぞ!」
その中央、大きな机と椅子を陣取る、二人の探索者が居る。
声たかだかに周囲の冒険者達を焚き付けるのは、見た目幼いアンゼリセよりもなお小さい、身長100cm程度の
「道具や魔法の使用は禁止、肉体の力だけで競う! ただそれだけの簡単な勝負だ!」
恐らく十代後半から二十代前半くらいか?
「それとも勇気がないか? 負け越しのまま引き下がれるのか? どうなんだ、探索者共!」
酒場での力比べなど珍しいものではなく、それに金が絡むのもよくあることだ。
しかし、焚き付けられた探索者たちは顔を見合わせ、あるいはそらし、動かない。
(まあ、無理もなかろうの)
アンゼリセは
「………………」
なにせ、彼が『挑戦者』達に呼びかけ挑ませようとしているのは、座っていてもなお
直立すれば間違いなく2mを軽く超える体躯。そんな鎧姿の傍らに転がる、腕や手を抑え、苦しげにうめいている男達が、先んじて挑んだ『挑戦者』達の成れの果てというわけだ。
皆、力自慢といった風体で、見たところ筋力値を補正するスキルも多く身につけていそうだったが、鎧姿はそれらを一方的に蹂躙出来る強さを持っているらしい。
十万ディオールのルビーを掛け金にするだけの自信はある、ということか。
(あのルビーが本物かどうかもわからんがの)
確証がほしいなら《鑑定》スキルで真贋を判定せねば……まあ探索者が酒の席でやる賭け事など『騙される方が悪い』という話ではあるのだが。
「……はあ、名だたる【ランペット宝樹迷宮都市】の探索者がどれほどのものかと期待して見れば、とんだ臆病者揃いだな! これじゃあ俺たちの財布が膨らんだまま終わっちまう!」
そこまで言われてようやく、我もと言う者がでてきて、対面に座り、
「おっと、勇者が現れたぞ! 皆盛大な拍手を! さあ、彼は宝を手に入れることができるかな!?」
そう焚き付けられ、お互い腕を握り……鎧姿は肘から先は装甲を外している……要するに腕相撲というやつだ。
(……まー、無理じゃろうなあ)
「ごめんなさいね、いつもいつも騒がしくて」
そんな喧騒を眺めていたら、カウンターの向こうから声がかかる。
「酒場の賑わいがなくなったら、迷宮都市は終わりじゃろ」
アンゼリセがそう返すと、酒場の店主であり、かつては探索者としても名を馳せた女――ヴェルミー・チッカートが苦笑しながら、手にしていた大皿を二つ、並べて置いた。
「ランペット風ラビットシチューおまちどう様……ふふ、久しぶりじゃない、アンゼリセ様ったら、滅多に顔を出さなくなっちゃって」
グツグツ煮立つシチューは、目の前に置かれてすぐにがっつくと間違いなく火傷するので、少し冷めるまで待つのが作法というものだ。
「オルレアが誘ってくれたから、たまには顔を出そうと思っての」
「そうなの? じゃあオルレアに感謝しなきゃ。一杯奢ってあげるわ」
「恐縮です」
苦笑するオルレアの前に香草の風味がつけられた炭酸水が置かれ、背後の喧騒を尻目に、三人の見目麗しい女が会話に花を咲かせる。その一区画だけは、街中のお洒落なカフェテラスかどこかのようだった。
「アンゼリセ様は、最近の迷宮事情はご存知?」
ヴェルミーが早速切り出すと、呆れたようにアンゼリセは肩をすくめる。
「【猛る王虎】と【銀翼の雀】、それに【白鯨の背鰭】と【藍色の火鎚】、四クランが合同で七十階層の攻略に乗り出すんじゃろ」
どれも並ぶ名前は、【ランペット宝樹迷宮都市】において知らぬものが居ない、十本の指に入る最上位クラン。
「あら、さすがにご存知だったのね」
「ロックの奴がわざわざ挨拶にきたからの」
【猛る王虎】のリーダー、ロック・ローク……つまり探索者ヒエラルキー最上位の名を口にすると、ヴェルミーは苦笑して、空のコップに酒を注ぎ始めた。多分自分の分だろう。
「もう二年以上、七十階層を越えられていないから……焦りもでたんでしょうけれど」
「そんなに、ですか?」
それなりにキャリアの長い探索者であれば周知の事実でも、探索者一年目を終えたばかりのオルレアには初耳だったらしい。
「わらわがいうのも何じゃが……最上層はどうも【
【
それで――二年。
「途方も無い話ですね……私はまだ十階層より先には進めておりません」
「一年目でそこまで行ってりゃ大したものよ、むしろ焦りすぎないで頂戴ね? 先を急ごうとして帰ってこない子達がどれほど多いか」
「心得ております、お気遣いありがとうございます」
新人の冒険心を諌め忠告する先人。
そんな人の子達のやり取りは、アンゼリセにとって何度も見てきたものだ。
「他に居ないか! 挑戦者は!」
ふと、手元を眺める。
大きな肉がゴロゴロ入った、香りと湯気の立つブラウンシチュー。
昔はよくここに来て、食べていた……ヴェルミーの父が酒場を開いた時から、何一つ変わらない。
「………………」
何度見ても、
(わらわは……)
「っしゃあ! 次は俺が相手だぜ!」
(この先どれほど……)
「勇敢な戦士がまだ居たようだ! 大きな拍手を!」
(人の子達を……)
『『『うおおおおお!』』』
(見送って……)
「やったれ兄ちゃん!」
「仇を取ってくれぇー!」
「目にもの見せてやれー!」
「
目尻にたまり始めていた何かが吹っ飛ぶぐらいやかましかった、振り返れば先程の腕相撲チャレンジが更に盛り上がっているらしい。
机の下に転がって腕を抑えている男たちの数が増えているのを察するに、鎧姿はあの後も連勝を重ねていたようだが……。
「さあ勇者よ、名前を聞いておこう!」
小人族の男が新たな挑戦者に問いかけると、彼は堂々と名乗った。
「俺はイツキ・アカツキ! お前を倒し今日の夕飯をちょっと豪勢にする者だ!」
ぶふぉあっ。
思わず吹き出してしまい、ヴェルミーが嫌そうな顔をした。神を敬え。
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