ティックとワーブ Ⅲ

「あら、イツキ様ではありませんか」


 一方、全く表情を変えず、そそくさと清潔な布巾でアンゼリセの口元を拭いながら――オルレアもそこでようやく背後の馬鹿騒ぎに興味を示した。


「あら、意外な挑戦者。あの子面白いわよね、色々」


 どうやらヴェルミーはイツキのことを知っているらしい。駆け出し冒険者はだいたいこの酒場の常連なので、見知っていてもおかしくはないのだが。


「…………あやつ、普段は何をしているのじゃ?」

「よく野良パーティを組んで低階層の探索体験チュートリアルに参加してるけど」


 イツキと鎧姿、二人が対峙すると、周囲は盛り上がりと緊張感に満たされる。


「あいつが噂の《破天荒》か……」「《ピカッ! 発光人まぶしんちゅ》じゃなかったっけ?」

「《鍛冶屋殺し》って聞いたぞ」「《一階層全焼男フロアバーナー》だろ?」


「すでにろくでもねえ二つ名がついておる……」


 つーか《一階層全焼男フロアバーナー》ってなんだ。


「ねえねえ、アンゼリセ様、どっちが勝つと思う? イツキちゃんか、鎧ちゃんか」


 ヴェルミーの問いに、アンゼリセはむむむ、と唸った。

 こと身体能力に関して、見た目は当てにならない。スキルによる各種補正は、生まれ持った種族差・体格差を凌駕するからだ。


 だからこそ、挑戦者達は外見の厳つさに臆さずにあの鎧姿に挑んでいって玉砕したとも言える。


「私は、イツキ様が勝つと思います」


 オルレアが小さく手を上げて、答えた。


「ほう、その心は?」

「あちらの方は存じ上げませんが、イツキ様はお話したことがありますので、知り合いを応援しよう、と思いまして」

「オルレアらしいの」


 さて、実際のところ……。

 アンゼリセはイツキの《技能樹スキルツリー》を知っている。

 その中で直接筋力に影響するのは《業炎剣カルマイド》の第一アビリティのみだが、その補正量は伝説級スキルだけあってかなり大きい。


 しかしあの鎧姿は、他の力自慢を蹴散らした所から見て分かる通り、【特化型】だろう、身に纏う全身鎧が見た目通りの重さを持っているのならば、着たまま動くだけでも相当の筋力値を要求されることは明白である。


 まだまだギルド併設の酒場でたむろするレベルの探索者だとしても、《怪力》、《剛腕》、《全力攻撃》あたりのスキルは揃えていてもおかしくない……スキルの補正量を比べあって釣り合いが取れれば、結局は膂力と重量、体格差がモノを言うわけで。


「まあ、鎧姿の方じゃろうな」


 ただ単純に腕力だけを比べ合う勝負であれば、まだイツキでは勝てまい……アンゼリセはそう判断した。


「あら、なら私もイツキちゃんに賭けようかしら」

「賭け金はどうするのじゃ」

「アンゼリセ様が勝ったら今日は私の奢り、私が勝ったらアンゼリセ様にはちょっとしたお願いを聞いてもらおうかしら」

「今日はどっちにしても代金はオルレア持ちなんじゃが……」

「では、次回の《技能樹》調整の費用を割り引いていただけると」

「ちゃっかりしておるわ、よかろう、受けて立とうではないか」


 本人たちの預かり知らぬところで賭けが成立したが、それは周囲のギャラリーも同じだ、適当にたったいくつかの賭けにそれぞれが大雑把に乗っかって、今や熱気は最高潮だ。


「よろしくな」

「…………」


 肘を立てながら言うイツキに、鎧姿は応えず、自身もまた肘を立てる。

 両者の手のひらがガッチリと組み合った、次の瞬間。








 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!







「あががががががががががががががががっががががががが!」


 凄まじい音がして、鎧姿が大きく身震いした。

 いや、何かこう、震えていると言うよりは、全身が明滅して光がほとばしっていると言うか。


「ワーブ!? おいこら! 何してんだてめぇ!」


 小人族の男が慌ててイツキを押しのけようとしたが、彼もまたイツキに触れた瞬間。





 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!





「うぼばばばばばばばばばばばばっばばばばばばばば!」


 同じ結末を辿った。数秒間、光の放出は続いたが、イツキが手を離すと途端に光が止み、代わりにぐったりと突っ伏した小人族と鎧姿だけが残った。


 二人が動かなくなったことを確認したイツキは、腕を組んで静かに頷いて。


「――――――勝った」

「なにしとんのじゃそなたは!!!!」


 履いていたスリッパを脱いで片手に持ったアンゼリセは、そのままスナップを効かせてイツキの後頭部に勢いよく叩きつけた。

 スパァン、という小気味の良い音が高らかに酒場に響いた。


「痛ぇ! あ、アンさん、ちっす」

「ちっすじゃないわ! なんじゃ今の!」

「いや、なんか俺、電気溜め込むようになっちゃったんすよね」


 伝説級レジェンダリー固有種オリジンスキル《雷帝竜らいていりゅうインデュラ》の第一アビリティ【雷帝竜の堅鱗けんりん】。


 確か【防御補正】に【雷撃吸収】、そして……【帯電体質】だったか。


「触ったら痺れるとは思ってたけどまさかここまでとは……」

「制御できねえなら腕相撲なんかするんじゃないわい!」

「いやあ、痺れさせたら楽に勝てるかなと思って……」

「より質が悪いではないか!」


 そんなどうでもいいやり取りの傍ら。

 直接腕を組んだ鎧姿よりダメージが少なかったのか、小人族の男はふらふらと立ちがって、ギラリとイツキを睨んだ。


「テメェ……堂々とイカサマかましやがって……」


 しかしイツキはどこ吹く風で、びっと男を指さした。


「何いってんだ、俺はイカサマなんてしてないぜ?」

「ンだとコラ」

使からな! これは俺の――――――」

「俺の?」


 周囲が続きを待つ中、イツキはじっくり間を溜めて、言い切った。


「――――――生態だ」

 


 ◆



 結果として勝負はイツキの勝ちとなった。賭け事の勝敗で揉めた際は、店主のヴェルミーが沙汰を下すことになっているので、誰もその決定には逆らえない。逆らったらこの酒場に集うひよっこ共が百人束になっても敵わないからである。


「ま、初見にしちゃやりすぎだし、ここらが落としどころでしょ」


 ということである。確かに、魔法も道具も使っていない、という意味ではルール違反ではないなかったのだし。


「貴様、覚えてろよ……!」

「びびびびびびび……」

「いつでもかかってきな。相手になってやるぜ」

「腕相撲はもうしねえよ!」


 電気が鎧を伝ったせいか、ダメージの大きそうな巨漢を、なんと小人族の男は強引に担いで連れて行った。

 いや、担いだ、というよりはもうほとんど上に乗せて引きずる形ではあるのだが、それを見た探索者達は金を巻き上げられた者達も含めて『おお……』と感心の声を漏らした程だった。


「ルビー……ゲットだぜ」


 そして十万ディオール相当らしいルビーを手にしたイツキは、流れる様にアンゼリセの隣に座った。


「しれっと同席するのうそなた」

「俺とアンさんの仲じゃ~ん」

「馴れ馴れしいわ! 節度を持て、節度を」

「ふふ、お疲れ様でした、イツキ様」

「ようオルレア。この前はありがとな」

 苦笑するオルレアと挨拶を交わしたイツキは、そのままルビーをヴェルミーに向かって差し出した。

「ヴェル姐さん、これって本物?」

「あらいい度胸じゃない。鑑定士すっ飛ばして節約しようって?」


 ギルドには専属鑑定士が居るが、真贋判定はその品物の数%を費用として請求される決まりがある。

必ず鑑定士を通さないといけない決まりはないが、イツキのようにクラン未所属の単独(ソロ)冒険者だと何かと細かい費用がかさむものだ。


「あ、そっか。いっけね、すんません」


 もっとも、本人は節約意識云々より、何も考えてないだけだったらしい。


「ふふ、ま、面白いもの見せてもらったし、サービスしてあげる。えーっと……」


 ヴェルミーは元々腕利きの斥候、罠の感知や解除、宝箱の真贋に長ける探索者なので、宝石の真贋ぐらいは容易に判別出来ようというものだ。


「んー、本物……だわね。かなり上質。場所によってはもっと高値で引き取ってくれるかも」

「そっか、サンキュー」


 何やら神妙な顔をしてルビーをポケットに仕舞うイツキだった。


「まあよかったのではないか? そなた、ギルドの剣を溶かしてしまったんじゃろうが。それで返済できるではないか」

「いやー…………うーん…………どうしようかなぁ……」

「なーにを悩んどるんじゃ。売る先が思いつかんのなら紹介してやるぞ」


 アンゼリセは迷宮都市の古参であるから、宝石商ギルドの伝手も当然ある。

 口利きしてやれば数割増しで引き取ってもらうことも可能だろうし、それぐらいはまあしてやってもよいかなと思った矢先。


「なあ、ヴェル姐さん」


 しばし唸っていたイツキは顔を上げて、ヴェルミーに告げた。


「あら、なあに?」

「あの二人ってよくこの酒場に来る?」

「顔を見るようになったのはここ数週間の間かしら、まだ二、三回くらいしか来てないけど、素人ってわけでもなさそうだから……他所の迷宮都市から来たんだと思うけど……それがどうかした?」

「あー…………いや、悪いんだけどさ、もしあの二人が来たら、これ返しといてもらえない? 来なかったら好きにしてくれていいからさ」


 せっかく手にした大粒のルビーを、イツキはカウンターの上に置いた。

 アンゼリセも、オルレアも、ヴェルミーも、女たちは揃って眼を丸くした。


「よいのですか?」


 オルレアが全員の意見を代弁すると、イツキは腕を組み、首を大きく捻りながら言った。


「なんかさー、こういうやり方で入った大金はよくないっつーか……俺も真っ当に勝負したわけじゃないし、ズルした感じがあって」

「じゃあ最初から挑まなければよかったじゃろうが」

「そこはノリじゃん」

「そなたは考えとるのか考えてないのかどっちなんじゃ」


 まあ、彼らが連勝を続ければ続けるほど酒場の空気は冷えていっただろうから、タイミング的にはちょうどよかったとすら思うのだが。


「心につっかえができるぐらいなら投げ捨てちまえってのが師匠の教えでさ。壊した剣代は自分で稼ぐよ…………稼ぐってば…………!」

「未練たらたらではないか!」


 カウンターに置いたルビーに手を伸ばしたり引いたりを繰り返すイツキを見て、ヴェルミーは手を叩きながら笑った。


「あっはっはっはっは! わかったわかった、オッケー、おねーさんが預かっとくわー」

「頼む……! 俺の手がこいつを奪い取らないうちに……!」

「ふふっ」


 笑劇コントの一幕のようなやり取りに、オルレアは口元を抑えて小さく笑い、微笑んだ。


「……イツキ様は、素直な方なのですね」

「騙されるなオルレア、こやつ多分何も考えておらんぞ」


 謙虚、清貧、誠実をモットーとするオルレアの琴線に触れたらしいが、アンゼリセとしては余り二人に関わってほしくない。なまじパーティなど組まれた際には悩みのタネと日頃の癒やしが同時に迫ってくることになってしまう。


「……じゃが、なあ」


 アンゼリセは横目でちらりと野次馬達に目を向けた。

 遠巻きにこちらを眺めながら、ひそひそと囁きあっている。







「アイツ、汗をかくように雷を出すらしいな……」

「只者じゃねえと思ってたが、化け物だったか……」

「すげぇレアスキルなんじゃねえか? 勧誘する?」

「いや俺らまで痺れさせられても困るだろ」


 イツキの噂はさらに広がることとなり、翌日には《ビリビリ電気鰻男サンダーメン》の名が知れ渡るようになったのだった。

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