《焼肉食べ放題》 Ⅳ

 イツキとアンゼリセは、向かい合って座っていた。 

 詰めれば四人は座れそうな(恐らく)革張りのソファで、テーブルの中央には網と、下からそれを炙る装置がついている。


 天井からは大きな筒のようなものがせり出し、ごうごうと音を立てて空気を吸い込んでいる。

 室内にはこの席と、カウンター以外の設備がなく、いくつか扉があるものの、それらは木板で打ち付けられて開きはしないだろう。


「……………………」

「……………………」


 黙りこくる二人に、2m近い身長と、重戦士もかくやという肩幅を持つ、巨漢の男が近づいてきた。

 目元に皺が寄りすぎて瞳が全く見えない、何に怒ってるの? ねえ? と思わず問いかけたくなるような表情をしているが、それと比較すればデフォルメされたデザインの牛が刺繍された大きな前掛けがあまり可愛すぎて、どうリアクションを取っていいかもわからない。


「わくわくカルビコースがお二人様でよろしいですね」


 重低音のバリトンボイスが放たれ、イツキが応じた。


「あ、はい」

「当店百二十分制の食べ放題のみとなっております、ラストオーダーは三十分前です」

「うっす」

「小学生以下のお子様は半額となっております」

「わらわは子供ではないが!?」

「注文はそちらのタブレットからお願いします」


 男……多分店主なのだろう、彼が指し示す先には、少なくともアンゼリセは一度としてみたことのない、光る板があった。

 なんじゃこれ……。

 しかしイツキはためらいなくそれを手にとると、表面に指を這わせながら、


「あ、このコースだと中落ちカルビ頼めないのか……これ上のコースに変更ってできます?」

「すいません、熟練度Lv3からになります」

「そっかー、あ、ドリンクバーは?」

「すいません、ドリンクバーは別スキルとの複合になりまして……水はセルフサービスで飲み放題です」

「あ、了解っす。じゃあとりあえずわくわくカルビとタン塩、ロース、塩ハラミ二人前、サンチュとカクテキ、ライス大盛り一つ……あ、アンさんはライス食べる?」

「らいすってなんじゃ……」

「あー……こっちって米ないのかな。えーっとこれぐらいの白い粒が密集した食べ物というか」

「全然想像つかんのじゃが………」


 うじ虫の塊かなにかか? と思ったが流石に口にはしなかった。

 というか、ここはなにか、食事処なのか……?

 なぜこやつはあの妙な板をすいすいと使っている……?


「食べやすい冷製コーンスープがオススメです」

「じゃあ二つそれで、あとフォークとスプーンもいいですか」

「かしこまりました」


 注文を受けて、店長がカウンターの奥へと引っ込んでいく。


「……………………のう、イツキとやら」

「あ、ちょっとまって、水取ってくるから」

「他にもっと言う事があるじゃろ!?」


 どこここ! 何これ!


「何しれっと馴染んどるんじゃ!?」

「いや、なんかこっちのほうが馴染みあるから……」


 立ち上がってどこにいったのかと思えば、カウンターのそばにあるよくわからんなにかをなにかして、水と氷の入ったカップを二つ持ってきた。


「…………氷って、お主どこからこんなもの」


 水は冷やせば氷になる。よって《氷結魔法》に類するスキルの持ち主は酒場や飯処では必須の人員だ。何せ常温では溶けてしまうので、その場で作る必要がある。


「そこ押せばめっちゃでてきますよ」

「んなわけあるかぁ! これいくらするんじゃ!?」


 氷を作るには専門職がいる、つまり人件費がかかるので氷の入ったキンキンに冷えた飲み物は相場より若干高いのが通例なのだ。まして濁りもくすみもない綺麗な水などアンゼリセの感覚ではちょっとした食事より高くつくものだ。


「ただで飲み放題っすけど」

「んなわけあるかぁ!」


 同じセリフを二度叫び、アンゼリセが更に追求しようとしたところで。


「おまたせしました、わくわくカルビ、タン塩、ロース、塩ハラミ二人前です、すぐにライスお持ちします」


 店長が割り込むように、大皿をテーブルに置いた。

 どこか食欲をそそる香りのタレがかかった、赤身の生肉だった。円形のものもあるし、平たいものもあるが……アンゼリセはこんな料理は見たことなかった。


 それが鶏であれ豚であれ、家畜の肉はもっと薄いピンク色をしているものだ、こんな血色に満ちた生々しい赤色の肉など見たことがない。


(……生肉? このまま食えと? 違う、この中央の網で肉を炙り、焼く……のか? 焼き肉…………食べ、放題………)


 つまり。

 肉を焼いて、食うスキル?


 じゅうううううううう……。


 アンゼリセの思考を、香りと音が遮った。イツキが金属製の器具で肉をつかみ、網の上に乗せたのだ。

 訝しんでいたアンゼリセの理性を両断するほど、それは食欲に直に訴えかける刺激だった。


 視覚が、嗅覚が、聴覚が、これをと言っている。


「いや、そんな、まさか、こんなたわけたスキルがあっていいはず…………」

「お、もういい感じじゃん、アンさん、食べて食べて」


 アンゼリセの取皿に、火が通り茶色くなった肉が置かれた。どうすれば良い? そう思った矢先、店長が横からぬっと、見覚えのある使い慣れた器具……フォークを差し出してきた。

 突き刺して、恐る恐る口に入れる。


 ……そこから先の記憶が、アンゼリセ・ランペットはふわふわと曖昧になっていた。

 ただ、ほんのりとおぼえているのは……。







「タン塩はレモン絞ったほうが美味いっすよ」

「肉をタレにつけてそっちの野菜……サンチュで包むんすよ、んで一気に」

「口の中がこってりしてきたらカクテキでさっぱりするといいっすよ」

「塩ハラミはそのまま言っちゃって大丈夫っす……あ、店員さん、ライスをおにぎりにできます? あと韓国のり追加で」

「やっぱ焼肉には米ですって、そう、たっぷりタレつけて……そのままおにぎりをガブッと……」






「……わらわは、何を……?」


 ただひたすら、欲に任せるまま食い物を貪った。百年余の神生じんせいでも初めての体験だった、こんなの知りたくなかった、知っちゃったらもう……!


「すいません、お勘定おねがいしまーす」


 アンゼリセが陶酔状態になった横で、同じぐらいの肉を平らげたはずのイツキが元気よく声を上げた。


「…………会計……?」


 そうだ、夢中になっていたせいで忘れていたが、二人がかりでちょっとした豪遊ぐらいは食べた……気がする。記憶が曖昧だが。


 ……………これいくらぐらいになるのじゃ……?

 その答えは、店長の口から語られた。アンゼリセからすれば、それは信じられない価格だった。


「お会計、わくわくカルビコースが大人一名、小学生一名、あわせて5,250になります」


 5000ディオール、一食に払うにしては豪勢だが、これほど喰い、さらにはしこたま水を飲み、その金額はありえない、破格と言って良い。

 だが、ぴたり、とイツキがポケットに手を入れた姿勢のまま止まった。


「……ディオール?」

「はい、当店はディオール払いになります」

「……円って使えません?」

「申し訳ありませんが」


 ぎぎぎ、とイツキの首がゆっくりアンゼリセを見た。


「アンさん、あの」

「……………………」


 全額払った。

 スキルに金を取られるのは、アンゼリセにとっても初めての経験だった。

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