《焼肉食べ放題》 Ⅲ
「すいません、めっちゃ寒いんですけど……」
「黙っとれ、《
《
アンゼリセのやり方は、特にレトロで古典的だ。直接肌に触れて、自らの魔力で《
もとより古い神殿なので、隙間風も多いのだろう。それでも《
「ふうむ、イツキ……じゃったか? そなた、《
こうして触れれば明白だ、この青年は一番最初の【発芽】の工程すら終えていない。畑に種を植えることを《
にわかに信じがたい話ではある――【迷宮都市】を治めるこの国にはそのような制度はないが、例えば奴隷階級であったとか、
「っす。俺、色々あってつい最近こっちに来たんで、素人っす。言葉が通じるだけ奇跡っていうか」
「《
得意げに胸を張るアンゼリセに、イツキはへー、とよくわかってなさそうに口を開けた。
「へー、ちっこいのにすごいっすね」
「そなたがさっきから雑な敬語を垂れ流してる相手が誰だかいまいちわかっとらんようじゃなあ!」
「や、マジでとりあえずここに行けばなんとかなるぐらいのことしか教えてもらわなかったもんで……」
「後で教えてやるから死ぬほど驚くが良いわ! それよりほれ、まずはそなたの《
よく見れば、背には薄いが明確な傷跡が残っている。一つではない……複数、それなりに長い時間をかけて、重ねられていったものだろう。
皮膚の色が傷跡を境目に違うのは、火傷の痕か? 深い擦過傷で皮膚が歪んだ痕、引きつった皮の痕…………偶発的に負ったものではない、何らかの悪意によって、傷つけられたのだろうということが、長く人を見てきたアンゼリセには、読み取れた。
礼儀もなっていなければ、敬意のカケラもない小僧であるが、これを見て何も思わぬほど、アンゼリセは情を捨てたつもりはなかった。
(せめてそなたが一歩踏み出すための力を、わらわが与えよう、己の力で未来を切り開くための…………)
薄く、薄く魔力を流し、《
外部から、何かしらの要因があれば、反応はすぐだ、ましてこの歳まで《
「あっ、あっ、ぞわぞわする、くすぐったい」
「我慢せい、いい歳こいた男がくねくねするんじゃないわ」
「くねっくねっ」
「じゃあかしい!」
後頭部を殴った。ぽかりといい音がした。
「……見つけた」
イツキ・アカツキの《
「幸運に感謝するが良い、そなたの最初のスキルは《急成長》じゃ」
「《急成長》?」
「読んで字のごとく、《
もちろん、ただ便利なだけではなく、ある
だが、今は何の力もないイツキ青年にはこの上なく有用だ。他の同年代の若者達が幼子の頃から育て上げてきた《
「へー……戦えるようにもなりますかね」
「どんなスキルが発現するか次第じゃがな」
肝心なのはこの次、《急成長》から萌芽する新たなスキルの方だ。
この次に《料理》スキルとかがでてきてしまったら、さすがのアンゼリセもちょっと待てと言ってしまうかも知れない。
「できれば剣とかがいいんすよね、使い慣れてるし、ファンタジーの王道というか」
「ふぁんたじぃ? とやらはわからんが、それならば《片手剣》やら《両手剣》スキルが発現することを祈ると良い。使い慣れてるということは……今まで剣に触れたことはあるかの?」
「ちっと剣術習ってたぐらいっすかねえ」
「だったら可能性は十分ある、《
まあそうそう思い通りに行かないのが、面白いところであり、難しいところでもあるのだが……。
「幸い、まだ【
木々が陽光や水を糧として育つように、《
「………………………………ん?」
故に、技能樹の根に魔力を注ぎ、さらなる反応を呼び起こそうとした時――――。
アンゼリセは、
長きに渡り《
枝葉はどれほど伸びるのか、その枝は花を咲かせるのか、枝から枝へ派生するのか――絶対ではないものの、指標としては十分であるはずだった。
そのアンゼリセをからしてみても――――。
(なんじゃ、この【
あらゆる枝があらゆる方向に伸びる可能性があり、枝と枝が結合する可能性があり、または他の枝を枯らす可能性があり――――とにかく、その奥行が全くつかめない。
第一階梯――根となる最初のスキルから分岐する枝は通常一、二本、多くても五本と言ったところ、その中から一つを選び、自身の基幹として据えるのが普通だ。
だというのに、この《規模》はなんだ。アンゼリセが今把握できるだけで、二十六の可能性が存在し、その先は文字通り枝葉が絡み合うように遮られて、全く把握できない。
今まで十分だと思っていたカンテラの明かりが、不意に消えてしまったかのようだ……最初の一歩目から、
「アンさん?」
「あ、ああ――――今アンさん言うたか?」
「なんか偉そうだから一応さん付けしたほうがいいと思って」
「本当に偉いんじゃ!」
どうせ《
半ばヤケクソ気味に、アンゼリセは一つのスキルを萌芽させた。
「うおお! 背中が熱い!」
焼け付くような感覚と共に、イツキの《
そうして出現したスキルこそが――――――
《焼肉食べ放題》
である。
《焼肉食べ放題》って何?
知らん、聞いたこともない。
「……………………」
アンゼリセは、《
スキルとは様々な【
例えば《下級炎魔法》であれば習熟していくにつき【
この《焼肉食べ放題》もよくわからんがスキルである以上は『鍛えた先』があるはずだ……それを探ることで詳細の端っこでもいいからつかめれば良い、と思ったのだが。
・第一階梯スキル《焼肉食べ放題》
Lv1 わくわくカルビコース
Lv2
以降詳細不明。
上限も詳細もわからんかった。
わくわくカルビコースってなんじゃ。
「あのー、アンさん?」
「………………」
「アンさん!」
「ひょわあ! なんじゃ!」
「なんじゃじゃなくて、俺のスキルはどうなったんすか?」
イツキからしたら背中にめっちゃ焼印押されたのに、そのままだんまりを食らったわけでせっつくのも無理はないだろう。
だけどこれを……その、なんていえばいい? 《剣技》とか《片手剣》とかを欲しがってた青年に『お主が得たスキルは《焼肉食べ放題》じゃとかなんて言えばいいの?
…………でもなぁー、伝えないわけにはいかんよなあー……。
「…………イツキ」
「はい」
「お主が得たスキルは……」
「はい」
「《焼肉食べ放題》じゃ………………」
「…………………………は?」
「…………………………」
駄目だ。完全に空気が沈黙してしまった。そりゃそうだ。
「………………《焼肉食べ放題》って…………なんすか?」
「わからん…………」
「どうやって…………使うんすか?」
「知らん………………」
「じゃあ使ってみるか…………」
「そうじゃな…………そうじゃな!?」
「うおおお! 《焼肉食べ放題》!」
イツキはおもむろに立ち上がり、手を伸ばし、そう叫んだ。
「馬鹿者! いきなりよくわからんスキルが使え――――ええ!?」
アンゼリセが反射的に叫んだ直後、イツキの眼前の空間に黒い渦のようなものが出現した。
「と、【
【転移門(トラベルゲート)】、離れた場所へ一瞬で移動する現象の総称であり、たしかにスキルとしてそれを有する者もいるが、それは突出した才能を有する者が長い時間鍛え上げた《
目覚めたての《
「よし、行くぜアンさん!」
「あ、ああ……待て待て待てなんでわらわの手を掴んでおるんじゃ!」
「一人じゃ怖いじゃん!」
「わらわのほうが怖いわ! ああああああ!」
アンゼリセはほとんど戦闘系のスキルを持たないゆえに、そのか細い腕はイツキの手を振りほどくことができなかった。
渦をくぐり抜けて、たどり着いた先は――――――。
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