《焼肉食べ放題》 Ⅱ


「よく経験を積んだようじゃな、オルレア。もうすぐ《守護》スキルが発芽しそうじゃ」

「本当ですか? アンゼリセ様」


 山と積まれた本に圧迫される、窓のない乱雑な部屋に、二人の少女がいる。

 一人は上半身の肌を晒し、豊かな胸元を心もとなく白い布で隠す、オルレアと呼ばれた少女。

 年の頃は十代半ば、出自がさして問われぬ【ランペット宝樹迷宮都市】においても目立つ、長く白い頭髪が特徴的な神官である。



 そのオルレアの、むき出しとなった裸の背に指を這わせるのは、彼女よりも幼い、それこそ十歳になったかならないか……程度の年齢の娘であった。


 身の丈にまったく似つかわしくない豪奢な椅子に座る、金髪の幼子。アンゼリセ・ランペットこそ、この部屋の主であり、《才能開花》スキルによって《技能樹スキルツリー》の調整・剪定を行う《技能樹スキルツリー調律師コーディネイター》である。


「探索者となって足掛け一年。最初はどうにも頼りない娘と思っておったが、蓋を開けてみれば見事なものよな」


 そんなアンゼリセであったが、見た目とは裏腹に、喋り方は尊大で、どこか老成しているような空気すら見て取れる。

 まるで孫を見るような目で、オルレアの成長を喜んでいるようだ。


「まあ、アンゼリセ様ったら……でも、嬉しいです。神官としては《守護》スキルが発現してやっと一人前ですから」


 応じるオルレアも、それを自然と受け入れており、目上の相手に対するような振る舞いを見せることから、両者の関係性はこれが正しくあることを伺わせた。


「焦らずともよいぞ、そなたの成長速度はむしろ目をみはるほど速い方じゃ。《治癒》スキルも《浄化》スキルも、下手に枝葉を広げた《賢者》共より遥かに熟練しておる。最近の探索者は汎用性や万能性を問われることも多いが、整った【幹】をどんと据えておる方が、わらわとしては好みじゃな」


 そう告げるアンゼリセの目には、オルレアの背に、まだまだどの様にでも成長するであろう未来を感じさせる【樹】が見えていた。


 《技能樹スキルツリー》、それは人の持つ才能が可視化されたものであり、『何ができるか』を決定づける、その人物そのもの、とも言える概念だ。


 内容は千差万別であるが、誰にでも、まず一番最初に、一粒の才能の種がある。

 その一つを習熟し、経験を重ねることでスキルは芽吹き、枝を伸ばし、新たな可能性を発芽させる。

 それは新たな剣技であるかもしれないし、全く縁のなかった魔法の才能であるかもしれない。


 あるいは生まれたスキルとスキル同士が結びついて、誰も聞いたこともない新たなスキルが生まれるかもしれない。

 そうした成長を積み重ねていくことで、その人物だけの《技能樹スキルツリー》が育ってていくのだ。


「他にも芽吹きそうなスキルがあるな……《下級風魔法》はともかく、少し遠くの枝にはなるが《下級光魔法》まで」


 下級、と名の付いたスキル群ではあるが、オルレアであればまず間違いなく中級、上級まで育て上げることができるだろう。

 特に《光魔法》は得たい、と思ったからといって簡単に得られるスキルではない。

 しかしオルレアは首を横に振って、きっぱりと言った。


「その二つは、私には不要です。剪定していただけますか?」

「相変わらず思い切りが良いのう。ま、そなたならそう言うと思ったがの」


 芽吹く可能性があれば、閉じる可能性もある。

 《技能樹スキルツリー》がまさしく【樹】と呼ばれるのは、その性質が植物のそれと似通っているからだ。

 多くの可能性に手を伸ばそうとすれば、より多くの栄養がいる。そして伸びた枝がそれ以上育つ保証はなく、一度成長に使ってしまった【経験EXP】は戻らない。


 何より、人は『無限に育つことはできない』、木々とていつか老いて朽ちるように、《技能樹スキルツリー》にも成長の上限はある。


 不要な枝を切り落とせば、その分、他の枝に注力する事ができる。失われた可能性の分、今ある力を、これから得るかもしれない力を、さらに強く育てることができる。


 《技能樹スキルツリー調律師コーディネイター》の仕事は、その調整を行うことだ。

 オルレアはただひたすらに、神官としての才能を伸ばすことを望んでいる。

 今までも《魅了》、《舞踊》、《幸運》といった才能の萌芽が見えたことがあったが、彼女は迷わずそれらを切り捨ててきた。


 その姿勢がブレないからこそ、一年という速度で《守護》スキルの発現に至ったのだ――どの才能を鍛え伸ばすか、決めるのは本人であるから、アンゼリセはそれ以上何も言わず、背中に触れる指に魔力を込めた。


「んっ……」


 可視化された可能性、才能、未来――――それらを丁寧に閉じて、切り離し、消滅させていく。

 体内を巡るアンゼリセの魔力がくすぐったいのだろう、何度か身動ぎし、声をこらえていたが、ものの数分で作業は終わった。


「ありがとうございました、アンゼリセ様。また来週伺います」


 作業が終わり、神官法衣を着込むと、オルレアは丁寧に一礼した。


「うむ、じゃが成長の気配を感じたらいつでも来て良いからな。そなたぐらいになってくると何をきっかけに技能樹スキルツリーが花開くかわからぬ」

「わかりました、お気遣いありがとうございます、では」


 オルレアを外まで見送れば、日はもう落ちかけた頃合いだった。

 新しい客もそうそう来はすまいし、今日の仕事はこれで終わりか……そういえば小腹が空いてきたのう、早めに夕飯にしちゃおうかのう。


 そんなことを考えた矢先だった。




「すんませーん!!!!」




 クソでかき声が、背後からアンゼリセの鼓膜をぶっ叩いた。


「探索者ギルドに行ったらここに来るように言われたんすけどー! アンゼリセ神殿ってここで合ってますかねー! なんか全然神殿っぽくないんすけどー!」

「聞こえとるわやかましいわ!」


 突如現れた声の主は、年若い青年である。オルレアと、それこそ同世代だろうか。

 肉付きはしっかりしていて、顔立ちはまあ、それなりに整っているように思える。

 だが、ざんばらに切られた髪の色が、黒というのは物珍しい。


 世界中から様々な人種が集まるこの【迷宮都市】で、多数の探索者を見てきたアンゼリセであっても、初めてだった。


「確かにここはわらわの神殿じゃが!?」


 アンゼリセ神殿、つまりアンゼリセが場所であるが、その実態は町外れにある、古びてほとんど倒壊した石造りの屋敷である。


「っす! 俺はイツキ・アカツキって言う……言います!」


 敬語が苦手なのか一瞬言い淀みつつも、イツキと名乗った青年は腰をしっかり折り曲げてすごい勢いで頭を下げた。


「ここに来れば【戦う力】を貰えると聞きました! よろしゃす!」


 探索者ギルドの紹介、といっていたので、おそらく新人の探索者なのは間違いないのだが。

 それにしてもアンゼリセのところに派遣する、ということは……。


「……………………まぁ、とりあえず入るが良い」


 厄介ごとの気配を感じながら、アンゼリセは本日の仕事納めを諦めて、来客、イツキ・アカツキを神殿へと迎え入れた。

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