第3話 影の取引
真夜中、シュンは滝川から渡された紙に書かれた住所へ向かっていた。住所は、都心の繁華街の裏通りにある雑居ビルだった。通りは薄暗く、人通りも少ない。霧が立ち込め、街灯の光もぼんやりとしている。シュンはビルの入り口に立ち、深呼吸をしてからドアを開けた。
ビルの中は雑然としており、まるで時が止まったかのような薄汚れた雰囲気が漂っていた。シュンは階段を上り、指定された部屋の前で立ち止まる。ドアには「堂島商会」と小さなプレートが貼られているが、何を商っているのかは見当がつかない。
シュンはドアをノックする。しばらくして、ゆっくりとドアが開いた。現れたのは、中年の男だった。髪は乱れ、無精髭を生やした堂島は、シュンをじろりと一瞥いちべつすると、「何の用だ?」と低い声で問いかけてきた。
「カナ・タカミツの件で話がしたい」とシュンが告げると、堂島の表情が一瞬硬くなったが、すぐに無表情に戻った。
「入れ」と彼は短く言い、シュンを部屋の中に招き入れた。
部屋の中は薄暗く、無秩序に積まれた書類やパソコンのモニターがちらほらと見える。堂島はそのまま奥の机に腰を下ろし、シュンに椅子を勧めた。机の上には煙草の吸い殻が散らばっており、どこか不穏な空気が漂っている。
「カナの婚約者だそうだな。で、何を知りたい?」
堂島はじっとシュンを見つめた。彼の視線には何か重いものが含まれているように感じた。
「彼女が失踪した。彼女が調べていた『プロジェクトA』についても何か知っているはずだ。滝川さんから、あなたがカナと接触していたと聞いたんです。彼女はどこにいるんですか?」
堂島はしばらく沈黙を保ち、考え込んでいるようだった。その後、煙草に火をつけ、大きく一息吸い込んだ。
「カナは、危険なものに手を出しすぎたんだ。テクノクリア社の『プロジェクトA』については、少しは聞いている。だが、俺が知っているのは表面のことだけだ。彼女が掴んだ核心には、俺も関与していない」
「本当にそれだけですか?」
シュンは焦りながら問い詰める。
「俺に嘘をついても、何も得られないぞ」と堂島は冷静に答えた。「だが、一つ言っておく。彼女が最後に俺に会いに来た時、何か手に入れたらしい。それが『プロジェクトA』に関する決定的な証拠だったようだが、詳細は聞かされなかった。」
シュンは堂島の言葉に焦りを感じた。カナがその「決定的な証拠」を手に入れていたのなら、なぜ彼女は姿を消したのだろう?彼女は自ら身を隠したのか、それとも何者かによって強制的に連れ去られたのか?
「彼女はその証拠をどこに隠したかわかりますか?」
シュンが尋ねると、堂島は煙草を灰皿に押し付け、目を細めた。
「それが分かっていたら、俺もこんな所でくすぶっていないさ。だが、一つだけ手がかりを教えてやる。カナは、ある場所に頻繁に通っていた。それがどこかはわからないが、彼女はそこで何かを得ていたようだ。そこを探るしかない。」
シュンは堂島からそれ以上の情報を引き出せないと感じ、少し苛立ちを覚えた。しかし、その「ある場所」という手がかりは貴重だった。カナが最後に何を手に入れ、どこに通っていたのかを突き止めれば、彼女の行方が分かるかもしれない。
「その場所について、少しでも手がかりがあれば教えてください」
シュンが懇願すると、堂島はしばらく考え込んだ。
「彼女が最後に俺に会ったのは、一か月前だ。その前後に、どこかの美術館の話をしていたような気がする。俺には何のことかわからなかったが、それが手がかりになるかもしれん。もっとも、何も保証はできないがな」
「美術館…?」
シュンはその情報に驚いたが、それが唯一の手がかりである以上、無視するわけにはいかない。
堂島は立ち上がり、無言のままドアの方を指さした。それは「これ以上話すことはない」という意味だった。
シュンはその場を立ち去り、ビルの外に出ると、冷たい夜風が彼の肌を刺すように吹きつけた。美術館という手がかりが意味するものはまだ不明だが、次に進むべき道は見えてきた。
カナがその美術館で何を見つけたのか、そしてその場所が彼女の失踪にどう繋がっているのか――それを解明しなければならない。
翌朝、シュンは町の美術館を一つ一つ回り始めた。彼はすでに危険な道を歩き始めていることを自覚していたが、カナを見つけ出すまで、決して諦めるつもりはなかった。
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