第2話 見えない影

シュンは自宅に戻り、カナの失踪について改めて考えていた。彼女が「テクノクリア社」の不正に関与していたことが明らかになりつつあるが、その繋がりが彼女の失踪にどう結びつくのかはまだわからない。




 その夜、シュンのもとに奇妙な電話がかかってきた。相手は無言のまま、ただ息を潜めて聞き耳を立てているようだった。




「誰だ?」シュンが問いかけても、電話の向こうからは何も応答がない。静寂が続く中、かすかに「逃げろ…」というささやきが聞こえた瞬間、電話は切れた。




「逃げろ…?」


 シュンは電話を見つめたまま立ち尽くしていた。誰が彼に警告しているのか、その意図も不明だったが、ただならぬ事態が進行していることは明白だった。シュンは胸騒ぎを感じながらも、この警告を無視するわけにはいかないと決意を固める。




 翌日、シュンはカナが関わっていたとされる「プロジェクトA」についてさらに調査するため、彼女の古いジャーナリスト仲間である滝川たきかわに接触することにした。滝川は現在、フリーのジャーナリストとして活動しており、かつてカナと共にいくつかの企業の不正を追及していた経歴を持つ人物だ。




 シュンは滝川に連絡を取り、都内のカフェで会う約束を取り付けた。滝川は50代半ばの痩せた男性で、無精髭を生やし、疲れた目をしていた。しかし、その眼光には今も鋭さが残っている。




「お前がカナの婚約者のシュンか…」


 滝川はシュンを見るなり、ため息をついた。


「カナがいなくなったと聞いたが、まさか本当に巻き込まれているとはな…。」




「巻き込まれている?」シュンは眉をひそめた。「カナは一体何に関わっていたんですか?彼女が調べていた『プロジェクトA』とは何なんです?」




 滝川は周囲を警戒するように目を走らせた後、低い声で話し始めた。


「テクノクリア社が行っていた極秘プロジェクトだ。表向きはただの技術研究だったが、裏では大規模な環境汚染を隠蔽していた。カナはその証拠を掴みかけていたが、圧力がかかって調査は中断させられたんだ。…彼女は、それ以上追いかけるのは危険だと言われていたんだが、どうやら諦めていなかったらしい。」




「そんなことが…」シュンは驚愕した。「それで、彼女は何を見つけたんです?」




「それがわからない。俺も知らされていないが、カナは一つの決定的な証拠を握っていたようだ。だが、その証拠が何かを明かす前に、彼女は姿を消した。」




 シュンは滝川の言葉に衝撃を受けながらも、次の手を考えていた。カナが見つけたという「決定的な証拠」が何であれ、それを手に入れれば彼女を見つけ出す糸口になるかもしれない。




「カナの居場所について何か心当たりはありませんか?」


 シュンは必死に尋ねたが、滝川は首を横に振った。




「残念だが、彼女がどこにいるのかは全くわからない。だが、お前に忠告しておく。もし彼女が掴んだ情報を探るつもりなら、覚悟しておけ。相手はただの企業じゃない。奴らは、自分たちの秘密を守るためなら何でもする。…カナが姿を消したのも、そのためだ。」




 その言葉に、シュンは身震いをした。カナが追っていたものは想像以上に危険で、彼自身もその渦中に巻き込まれつつあることを実感した。




「それでも、俺は彼女を探さなければならない。カナが危険な目に遭っているのなら、俺が助け出すしかないんだ。」


 シュンは強い意志を持って答えた。




 滝川は苦笑し、少しの間沈黙した後、重々しい口調で言った。


「その覚悟があるなら、次のステップに進め。カナが最後に会っていたのは、ある情報屋だ。名前は堂島どうじま。奴は地下社会に詳しい。もしカナが何かを掴んでいたなら、堂島が知っているはずだ。」




「堂島…?」


 シュンはその名を反芻はんすうした。


「どこで彼を見つければいい?」




 滝川は一枚の紙に住所を書き、シュンに手渡した。


「この場所に行け。だが、気をつけろ。堂島は信用できる男ではない。近づきすぎると、お前も引きずり込まれるかもしれないぞ。」




 シュンはその警告を胸に刻み、紙を受け取った。堂島に会い、真相を突き止めるしかカナを助ける手がかりはない。どんな危険が待っていようとも、彼は決して引き下がるつもりはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る