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大学に入ること=もう勉強しなくて良いという価値観が蔓延している(文系のみ)。テストも緩いし、課題を出したら単位はしっかり貰える。まさに人生におけるモラトリアムと言えるだろう。
合格が決まると、大学までしっかり勉強してきた日陰者たちは心機一転陰キャからの脱却をはかり、四月になったらリア充になろうと必死になる。言い換えれば、四月の大学というのは男女に関わらず、出会いが育める最高の時間なのである。それは先輩だろうが全く変わらない。
何が言いたいかと言うと四月は連絡先交換が容易なのである。普段はガードが高く、話すことなんてできない美女やイケメンは四月だからという理由で交換してくれることがある。まさに高校まで日陰者として生きて来た人にとっては最高の春になるだろう。
ただ、実際に連絡先を交換してから話をするなんてことはあるのだろうかという疑問は残る。考えても見て欲しい。高校まで陰キャだった彼らが殿上人である生粋の『リア充』と楽しくおしゃべりができるのか。ましてや関係をすすめることができるのか。
俺は無理だと思う。モテない人間は連絡先を交換したから「あっちから話してくれるはず」と待ちの姿勢をとる。そして、それを期待して待つのだが、全く連絡がこない。当たり前だが、美男美女が陰キャを相手にすることなんてあるわけがない。
彼らは遥か高みで自分と同レベルかそれ以上の人間たちと関わっているのだ。わざわざ下層の人間にお恵みを与えるほど酔狂な人間はいない。
例外は姉さんくらいだ。だからこそ、男子たちが皆、「行ける!」と勘違いしてしまう。
その結果、地獄どころか煉獄に堕としてしまうのだからなんとも言えないけど…
さて、今日は休日だ。姉さんは大学の同級生と遊ぶ約束があるとのことで朝から出て行ったので、今は一人だった。何かと人と関わる一週間だったから、一人の時間がとれてとても嬉しい。学校の勉強と月乃のための問題作成に時間を充てられる…と思ったのも束の間。LINEにメッセージが届いた。
『今日、暇かしら?遊びに行かない?』
『勉強教えて。数学が全く分からない』
なんでやねん
柳瀬川からは遊びの誘い。朝霞は数学がヤバいので助けてくれとの連絡だった。俺は上記の『もどき』にも劣るほど最下層にいる人間だ。殿上人の二人とは関わるわけにはいかない。
『御免、今日は用事がある。嵐山でも誘ってくれ』
これでよし。『今日は用事がある』というのは最高の逃げ言葉だ。これを聞いて追及できる人間はいない。総理大臣でも無理だと思う。
「これでボッチホリデイを満喫できるな」
万難は排した。後はこの貴重な時間を有意義に使おう。俺は机に向かった。
・
・
・
二時間後、
「ん、少し休むか」
ひとまず、俺が解かせた回答を分析して、授業プリントと今後の計画を考えた。受験生にとって時間は有限だ。だからこそ効率よく最大限の時間、勉強するということが求められる。
「もう少し考え「ピンポーン」…はい?」
姉さんが通販でも頼んだのだろうか。俺は机の上を軽く片付けて、玄関に行く。
「は~い、お疲れ様…は?」
「き、来ちゃった♡」
舌を出して、ピースを決める朝霞がいた。しかも、キラキラの笑顔付き。肩までかかった髪をシュシュでまとめていて、ポニーテールにしていた。普段の勝気な朝霞とは全く違って可愛さを全開にした姿だった。
とりあえず、俺は無言でドアを閉めた。
「なんで無言で閉めるのよ!」
「知らない人がいたら、無視しろって言われてるんだ」
「私だって認識したじゃない!」
「俺の知ってる朝霞はそんな可愛いポーズで人に媚びるようなことはしない!俺を萌え殺す気ですか、コンチクショウ!」
「!ふ、ふ~ん。私が可愛すぎて見惚れちゃったのね。ふ~ん」
声に動揺が走り、ドアノブを引く手の力が弱まった。
「朝霞が可愛いのは周知の事実だろ?」
「あ、あんたはね~!とにかく開けなさい!このたらし!」
「はいはい…」
あんまりうるさくして苦情が入ったら不味い。俺は渋々、ドアを開けた。
たらしはやめろ。
「こんちは…」
そこには仏頂面の朝霞がいた。いつも通りの姿を見て、ようやく俺も落ち着いた。
「さっきの『来ちゃった♡』をしていた人間とは思えないな…」
「ッ、気の迷いよ!忘れて!」
「嫌よ♡」
「キショ」
「すいません…」
朝霞と同じようなことをしただけなのに、スンと真顔になって告げられた。
ひとまず朝霞を部屋に入れた。リビングには姉さんの私物が溢れているから、俺の部屋に通すことにした。予想外の来客だが、何ももてなさないというのは流石に可哀そうだ。といっても来客用に何かを用意してあるわけではないので、コーヒーを入れた。
「…何してんの?」
「ッ」
朝霞が俺のベッドで寝ていた。しかも枕に顔を押し付けて。そして、顔を真っ赤にしてプルプルしていた。
「お湯は…?」
「電子ケトルで保温してあったんだよ」
「そう。便利な世の中ね」
「それで何してたん?」
「ね、寝不足だったから。別にあんたのベッドで寝たかったわけじゃないわよ?」
「まぁそうか」
それ以外に理由なんてないか。それにしてもいきなり俺の部屋に来て、ベッドに寝るのは警戒心が薄すぎる。一応、注意はしておくか。
「彼氏がいるのに、別の男のベッドに寝るのはやめた方がいいぞ?」
「…なんで彼氏の話が出てくるのよ…私に彼氏なんていないわ」
「そうか。それは失礼した」
先輩は?と聞こうとしたが、朝霞は両手で自分の身体を隠しながら、これ以上その話に触れてほしくなさそうだった。仕方がない。
「で、何が分からないんだ?」
「え?」
「『え?』じゃねぇよ。数学が分からないからわざわざ家にまで来たんだろ?俺もまだ終わらせてないから一緒にやるぞ」
「あ、うん」
鞄からレジュメを取り出して、見せてきた。
「ここから全く意味不明で」
「最初の最初じゃん…さては、講義中に寝たな?」
「し、仕方ないじゃん!私、文系だし数学は苦手だし…正直、何を言っているのか全く分からなかった…」
「ああ、確かに心地よい喋り方だったよな」
高校や予備校の先生は分かりやすい授業を心掛けているが、大学の教授はそうではない。大学の教授は研究をすることが第一で生徒たちに教えるのは二の次だ。だから、分かりやすいなどということは期待してはいけない、と姉さんに言われた。
「それじゃあ一個ずつやっていきますか。後、そんなところに座ってないで、こっちに来いよ」
「う、うん」
デスクの椅子に座らせると俺の椅子がない。流石に立ったまま勉強するのはしんどい。
「リビングから椅子をとってくる」
「あ、氷真」
「ん?」
「その、ありがとう。せっかくの休日なのに…」
レジュメで顔を半分顔を隠しながら、俺を見つめてくる。
「…幼馴染だからな。困ったときはお互い様だろ?」
「…うん」
━━━
そこからは真面目に課題に取り組んだ。数学が理解できないというわりには基礎はなっていた。大学数学は当たり前だが、高校数学を土台にしていた。それができないときついと思ったのだが、そんなことはなかった。
「終わったぁ~」
「お疲れさん」
時間にして三時間くらいか。これで課題に関してはなんの問題もないはずだ。後は、修文院大学のウェブサイトに答えを打てば送信すれば終わりだ。ただ、これってできる人間に問題を解かせて、答えを配れば全員、100点が取れるようになるんじゃないかと思った。
まぁ気にしても仕方ないか…
そろそろ帰ってくる姉さんのために夕飯を作らなきゃいけない。申し訳ないが、朝霞には帰ってもらおう。
「朝霞、悪いがそろそろ時間だ」
「…」
「朝霞?」
「いや(ボソ」
「は?」
「帰りたくない…」
「子供みたいなことを言うなって…」
とはいっても無理やり追い出すようなことはできない。どうしたもんかと考えていると机から顔を上げた。そして、ゆっくりとこっちに向き直って、俺の肩に頭をぽふっと当ててきた。
「ねぇ、私たちやり直せないかな…その、元の恋人関係に戻れないかなって…」
ドクン
やり直す?元の恋人関係に戻る?何を言ってるんだ。はは~ん、朝霞なりのブラックジョークだな。
「はは、そんなことを言うもんじゃないよ。今日は大変だったもんな。疲れてるんだよ」
「ッ」
朝霞は俺の肩から頭を離すと、俺の肩を両手で抑えてきた。
「冗談じゃない!私は氷真ともう一度やり直したいの!」
ドクン
朝霞の瞳から涙が浮かび上がっていた。その表情を見ると、朝霞との楽しかったはずの思い出が走馬灯のように思い出され、色々な感情がミキサーにかけられたみたいにごちゃごちゃになって俺の思考に混ざる。
「悪いことは言わないから早く帰りな」
「ねぇ、お願い、私の話を聞いてよ…お願い…」
ドクン
朝霞が涙を流しながら、何かを訴えてくる。それを見ると、俺の心が急速に冷えていくのを感じた。さっきまでの感情は黒で塗りつぶされた。そして、俺は朝霞の肩を掴むとグイっと離した。
「氷真…?」
朝霞の泣き腫れた顔を見る。中学の頃よりも大人になった。そして、綺麗になった。けれど、今は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「俺を見捨てたくせに、今更やり直したいなんて言うなよ」
ああ、やってしまった…
膨れ上がった感情をコントロールできなくて、抱いてはいけない感情を朝霞にぶつけてしまった。
無能だから朝霞に見限られ、奪われた。
それなのに、俺は今、『
俺は本当に最低だ。心の底からそう思うよ。
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