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一限の授業は寝不足の大学生たちにとって天敵だ。放課後の大学生は友人と遊び、サークルや合コンに行き、バイトで金を稼ぐ。そんなことをしていては夜遅くまで起きることになり、下手したら朝までオールをすることになるらしい。


つまり、何が言いたいかと言うと、早起きが途端にできなくなるのである。高校までは学校で優等生だった彼らが大学に入った途端に遅刻や欠席が増えるのは少しだけ教育的制度の問題がありそうだが、大学とはそれだけ快楽を与えられ続けるのである。


最も、三年生になったら地獄のような就活が始まるのだがな。


さて、今日は経済学科の一年生が全員集結する(予定の)講義だ。デカい講堂で俺はいつものベストポジションである一番前に行く。後ろでべちゃくちゃしゃべっている奴らの中に潜り込んでエネルギーを消費するほど酔狂ではない。


一番前に座ると、俺はスマホを取り出す。すると、普段はほとんど見ていないLINEにメッセージが入っていた。月乃からだった。


『先~生!宿題終わらせました!偉いでしょう?褒めて~♡』


『おお~偉い偉い。よく頑張ったなぁ』


既読が付く。早過ぎだろ。


『でしょ~?頑張ったご褒美が欲しいな♡』


『金がかからないものなら』


『それじゃあ家に来る頻度を増やしてほしいなぁ』


『…普通に遊びに行くのは不味いだろ』


『酷い!こんなに氷真のことを愛してるのに!』


『先生を付けましょう。先生を』


『てへ☆』


なんてあざかわメッセージを送ってくるんだろうか。余計なお世話だが、月乃の同級生並びに同じ学校の男子に同情する。あんな小悪魔が近くにいたら勘違いする男子が続出するだろう。


「随分、仲が良いのね」


「いや、あっちが一方的に絡んできてな…正直疲れる…」


「…そういう割には随分楽しそうじゃない?」


「いやいや…って、うお!?」


俺の両隣にはいつの間にか座っていたのか朝霞と柳瀬川がいた。しかも、二人ともメッチャ機嫌が悪い。ジトっと俺を見てくるが、何かしてしまったのだろうか。


「俺もいるぞ~」


「嵐山?」


後ろから、声をかけられて振り返るといい笑顔をした嵐山がいた。そして、笑顔のまま俺に告げてきた。


「俺からの連絡を無視するとはいい度胸じゃねぇか」


「ごめんごめん。全く気が付かなかったわ」


ヒュポ


ん?スマホに何か通知が届いた。そこには『何か言ったか?』と嵐山からのメッセージが届いていた。


「スマホからいい音がしたな?」


「この腹黒王子が…!」


「人のメッセージを無視しておいて何言ってんだお前…」


「その節は申し訳ありませんでした」


嵐山は滅茶苦茶いい笑顔で俺にスマホの画面を見せてきた。俺は今、既読してしまったので、全く気が付かなかったというのは嘘になる。意図的に無視していた俺は成すすべもなく平謝りをした。悔しすぎるわ。


それにしてもLINEを無視したら、嫌われるかと思ったが、全然そうでもないらしい。変な奴だなぁ。


「まぁ仕方ねぇか。彼女ができて浮かれてたんなら百歩譲ってやるよ」


「は?」


空気が凍てつく。具体的に言うと両隣からのプレッシャーが凄い。PPが一瞬で枯れてしまいそうである。


「それにしても手が早いな。奥手そうに見えて結構ガツガツ行くタイプか。能ある鷹は爪を隠すと言うがお前はやっぱりそういうタイプだよな」


「ちょっと待て!俺に彼女はいないぞ?」


「ん?そのLINEの相手は女だろ?」


「俺の生徒だよ。昨日から家庭教師を始めて、その関係で連絡先を交換したんだわ」


「生徒と連絡先を交換って…色々アウトじゃねぇの?」


「俺もそう思っていたけど、仕方ないじゃん…交換しなかったらって脅されて…」


「一体何があったんだよ…おもしれぇ奴だな~」


カラカラと笑っているが、それどころじゃなかった。『LINEを教えてくれなかったら、さっき私とくっついたことをパパに言っちゃおうかなぁ』と月乃に言われてしまい俺に拒否権はなかった。


何も悪いことしてないのに、なんで俺が悪いことになっちまうんだ…


「ん、んん~。ヒョウが犯罪行為に走っていなくてよかったわ」


「そ、そうね。そこだけは同意するわ」


「俺ってそんなに信用ないの?」


「「ないわ(よ)」」


( ;∀;)ピエン


まさか仲良く揃って言われるとは思わなかった。二人とも仲が悪いはずなのにここまで意気投合しているということは俺は本当に信用がないのだろう。


ちくしょう!俺が何をしたって言うんだ…!


「そういえば、うちのゼミに来るんだっけ。え~と」


「朝霞美桜。氷真天然たらしの幼馴染よ。これからよろしく」


「嵐山颯斗。こちらこそよろしく~」


「なんか変なルビが振ってなかった?」


「全く間違ってないわよ?」


「そうか…」


腑に落ちないが、それ以上追及しても何も答えてくれなさそうだった。


それにしてもこの空間の顔面偏差値高すぎだろ(俺を除く)。陽キャパワーで浄化されちまうわ。


そのせいでボーイミーツガールを期待する同級生たちが俺達のところ(俺を除く)に来ようとしている。花に群がる蜂よろしく、こっちに来られたら面倒だが、俺は我関せずの姿勢をとる。朝霞は嵐山と話してるし、静かにしているのは柳瀬川だけか。


隣をちらっと見ると、柳瀬川が俺をじっと見ていた。


「どうした?」


「ッ」


俺が柳瀬川を見ると、すぐに目を逸らした。けれど、スマホでフリックをして、俺の手元を見て、落ち込んでいた。それを何度か繰り返していたが、通知が届いた。柳瀬川がビクッとしていたが、俺は気にせずスマホを開く。嵐山からのグループの誘いだった。


ゼミのグループLINEだった。『花園研2024年度』と書いてある…のだが、最初、それなりの人数がいたゼミのメンバーがほとんどいなくなり、メンバーが四人だけになっている。というか俺達しかいない。


「少なくない?」


嵐山を見ると頬杖をついて呆れていた。


「お前と柳瀬川がやらかしたから、男子はほとんどいなくなったんだよ。柳瀬川がエロ本を受験会場に持ってきた変人にご執心ということで心が折れたらしい」


「はあ?意味が分からん…」


「そ、そうね。とんだ風評被害よ。全く…」


「その割には嬉しそうじゃない?」


「よ、喜んでないわよ。変なことを言わないで頂戴!」


「どうだか」


せっかく俺という共通の敵を作って仲良くやっていたのに、なんでギスギスしてんだこの二人柳瀬川・朝霞。柳瀬川が喜んでいるのだって、男が消えたからだ。高校時代からメッチャモテてたから、煩わしかったのだろう。


「ん?待てよ。女子はどうしたんだ。嵐山狙いの女がたくさんいたろ?」


「ああ、俺の個人LINEにそれっぽいのがいっぱい来たから、すべて『俺には高坂氷真しかいない』って言っておいた」


「おいおいおい!その言い方は誤解を招くだろうが!」


別の意味で俺の悪い噂が広がっている。


「は?何がだ?俺は今、お前にしか興味がないぞ?」


「天然属性まで持ってるのかよ…この腹黒天然王子が!ゼミが崩れた責任の半分はお前じゃねぇか!」


「何言ってんだ?氷真の名前を出したら、全員抜けたんだ。男子に関してだって氷真が関わってるんだから全部お前のせいだろ?」


「全部間接的にかかわってるだけに反論できねぇ…」


『記憶にございません』と言って逃げる政治家の気持ちが少しだけ理解できた。今すぐ逃げたいが、時和ちゃんとの約束があるからそれは不可能だ。


「実際にはうちに移動してくるのが何人かいるらしいから、そいつらの招待は次のゼミでだな」


「なるほど」


ゼミは必修だ。大人気のゼミを受けて、選考に落ちた奴らが倍率が割れているゼミに移動してくる。うちのゼミはその受け皿になっているということだ。悪く言えば余り物の巣窟ということだ。


時和ちゃんには申し訳ないけど…


「あ、教授が来たわよ」


一限が始まった。


講義が始まったら、俺たちは真面目に授業を聞く。今日は三限まである。高校の時は授業が50分だったからよかったものの、大学に入ったら100分だ。ぶっ通しで100分は結構しんどい。受験生を経験していたら、100分というのは短く感じる。しかし、講義となれば別だ。自分の意志で勉強するのと、他人のペースに従って勉強するのではきつさのベクトルが違う。


しかも、俺は講義に集中できていない。


その理由はLINEに登録された二人の名前だ。柳瀬川凛音と朝霞美桜の二つの名前。


実を言うと、俺は二人の連絡先を消していた。


彼氏にとって俺という存在は邪魔だろうし、無能で憐れまなければならない存在など足手纏いにしかならない。俺は彼女たちの幸せのために、縁を断ち切った。もう二度と会うことはないだろうとも思っていた。


未練はない…はずだった。だけど、その縁を取り戻せる選択肢を与えられて、すぐに拒絶することができない。二人と一緒に居た時間は幸せだった。それが偽りのモノだったとしても、あの時間は失われない。


「ま、いっか…(ボソ」


俺は二人の名前を追加した。


ゼミの連絡を取るためのものだと考えよう。そうしよう。それ以外に用途はない。二人だってそう思って追加したに違いない。それにLINEの追加でここまで重く考えているのは俺だけだ。二人はもう既に俺のいる場所から遥かに離れた場所にいる。


たまたま大学が一緒で、学部学科が一緒で、ゼミが一緒になってしまっただけだ。


間違っても・・・・・俺を追いかけて来た・・・・・・・・・なんていう気色の悪い・・・・・・・・・・勘違いをするな・・・・・・・

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