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大学の授業、特に大人数が集まる授業においては映画館のような劇場型の教室になっていることが多い。一番前の方に座るのが一人が好きな陰キャ、ただし成績はそんなに良くない。逆に後ろに行くにつれて馬鹿そうな陽キャが座っているのだが、彼らの成績はとても良い…と姉さんが言っていた。
なぜそんな情報をくれるのか分からないけど、好都合な情報を教えてくれた。俺は堂々と一番前の方に座り、しっかりと成績をとる。成績優秀者には学校から特待生として金をくれるのだ。今の俺はとにもかくにも金だ。勉強するだけで金が貰えるならやらない手はない。そもそも勉強は好きな方だしな。
「ねぇ、アレが」
「ああ、入試でエロ本を持ち込んだ猛者だ」
「危ないやつだから近寄らないでおこう」
全部聞こえてるよ~
大学の教室は教授の声が通りやすいように音響がしっかりしている。逆に言えば、生徒たちの声も割と聞こえやすいということだ。しかも階段状になっているから、一番前の席に座ると、滅茶苦茶注目される。まぁ、嫌な奴だと認識されれば授業で支障をきたすが、近寄りがたいやつならそんなに問題はない。
むしろ、この状況は好都合だ。同じ学部で積極的に絡んでくる人間がいなくなる。そうなれば、ボッチのキャンパスライフを送れる。
「おっ、いたいた。なんで、こんなに前の席に座ってんだよ」
「あ?」
俺の席の真後ろに陣取ってきたのは昨日、ゼミで一緒だったイケメンだ。
「なんで、俺の近くに座るんだよ。え~と、山田」
「嵐山な!何でって友達だろ?」
「え?そうなの?」
「心底意外そうな顔をされると流石の俺でも傷つくぞ?」
じとっと見られるが、まさか出会って一日で友達認定されると思わなかった。大学という環境はゼミではそこそこ仲良くしつつ、他の場面では、挨拶すらしないのではなかったのだろうか。現に、昨日ゼミで一緒だったやつとちらっと目が合ったが、眼を逸らされた。
「悪いな。友達を作る予定がなかったんだ。予定外すぎて声も出なかった」
「何をしに大学に来てるんだよ…」
「勉強のためだが?学生の本分だろ?」
「そんな曇りなき眼で言われたら何も言えねぇよ」
文句を言いながら、俺の後ろの席を陣取る。学年一のイケメンである嵐山が俺の傍に座ったせいで、俺たちの注目度があがった。というか嵐山がいるせいで、こっちに来ようとする女がいた。まだ大学内でのカースト制は定まっていない。
俺は例外的にピラミッドから一抜けしたが、彼女たちは最高にカッコいいイケメン彼氏を手に入れてカーストトップに立ちたいのだろう。殊勝なことだ。ぜひ、そのまま嵐山を連れて行ってほしい。俺は君たちの恋路は応援するぜ!
「ねぇ、嵐山君。隣に座っていいかな?」
さっそく嵐山を狙う女豹第一号が来た。ニコニコと愛想の良い笑顔を嵐山に向けている。しかも、見た目は結構可愛い。イケメン美女でお似合いだから、そのままくっついて、フェードアウトしてほしい。なお、その間一瞬だけ名前も知らない彼女が俺を見ていたが、とても嵐山に見せられない表情をしていた。
まぁ裏表の激しそうな人だが、嵐山の前ではずっと猫を被り続けるだろう。さて、我らが嵐山の反応は、
「嫌だけど?」
「え?」「は?」
俺と名前も知らない彼女、ネームレスと名付けようか。ネームレスさんと目が合うが、すぐににこやかな笑顔を嵐山にもう一度向ける。
「え、え~と、聞き間違いかな?」
「いや、言った通りだよ。邪魔だからさっさと離れてくれないかな?」
「酷い!私は嵐山君と仲良くなりたかっただけなのに…!なんでそんな酷いことを言うの…!」
ネームレスさんが泣き出した。中々大きい声だったので、周りの人間にも聞こえて、より一層俺たちは注目された。流石にやりすぎだと思った俺は止めに入ろうと思ったが、
「はいはい、泣き落としで周りを味方に付ける女の常套手段ね。くっだらねぇ。ふぁ~」
「ッ」
嵐山があくびをしながら、ネームレスさんを見た。すると、ネームレスさんはドキッとして、すぐに嵐山の方を見ていた。俺は普通に心配して損した。それにしても、よく嵐山は気付けたな。イケメンだから、あの手の女たちが寄ってくるのだろうか。
「俺の友人を無視するようなやつと仲良くなれるわけがないだろ?」
「嵐山君は騙されているの!そいつは受験でエロ本を持ってくるようなキチガイだよ?そんな人種と嵐山君が釣り合うわけないじゃん!」
猫を被るのをやめたらしい。というか、俺を共通の敵とすることで、味方に付けようとするなんて、ネームレスさんは只者じゃない。少なくとも面の皮の厚さなら俺の知り合いの中でもトップに入るぐらいだ。
俺としては嵐山に近付かれてもあまりメリットがないので、心の中で応援する。
「そもそも俺に釣り合う人間なんているわけないじゃん。馬鹿なの?」
「え?」
「実家は太く、入試の成績は首席。高校時代はサッカーで全国大会にも出たし、自分で言うのもなんだが、告白関連で三桁は軽く超えてるんだわ」
おいコラ。それは全男子を敵に回したぞ?
「そんな俺とお前みたいな女が釣り合うと思ってんのか?」
ネームレスさんはぐうの音も出ないように見えたが、嘘泣きをするだけのメンタルを持つのだ。すぐに気を取り直して、攻撃を仕掛けた。
「そ、それなら、なんでその男と一緒にいるの!?とてもじゃないけど、嵐山君に釣り合うなんて思えない!」
俺もそう思う。その選定基準でいくとすぐに切られるのが俺のような気がする。
「自己紹介であんな馬鹿なことを言える奴は中々いないぞ?友人にしなきゃ一生後悔するくらいに面白そうなことをやりそうな人間なのになんで
「俺は珍獣か?」
「そうだけど?俺はお前を逃がす気はないぞ?」
「うへ…俺のことを好き過ぎだろ」
「まぁな。一目惚れに近いかもしれないな」
「そういうことを言うなよ!誤解されるだろうが!」
後ろの方からひそひそ話が聞こえてくる。嵐山がもし、アッチの人だったら、俺はすぐにでも逃げ出さなければならない。
「あ、そういうわけなんで俺の隣に座らないでくれ。じゃあな」
「~ッ!訴えてやる!私に暴言を吐いたことを後悔させてあげるんだから!」
そういってネームレスさんは後ろの席に向かった…と思いきや、そのまま教室を出て行ってしまった。まだ授業のガイダンスだというのにもうサボりかと関心してしまう。
そして、入れ替わるように教授がやってきた。それなりに騒いでいた学生たちも皆静かになって、スマホをいじる。文系の授業なんてぶっちゃけ真面目に受けなくても問題ない。基本的にレポートとテストさえ受ければ、単位なんて簡単に手に入る。
…というのが文系が理系に文カスと呼ばれる所以なのだが、ただ、ここは経済学部。経済学部というのは文系の皮を被った理系の授業だ。今も後ろでべちゃくちゃ喋っている生粋の文系たちは授業でついてこれなくなったらどうするのだろうか。気にしても仕方がない。俺は成績上位に入って金を手に入れなければならないから、本気で授業を受ける。
「なぁ、氷真。サッカーサークルに入ろうぜ?」
後ろから背中を人差し指ですすっと触ってきながら俺に言って来た。
「授業に集中したいんだけど…」
「どうでもいいだろ?経済学なんて社会に出たら何も役に立たねぇよ」
「そんな態度で単位を落としても知らねぇぞ?」
「俺首席だから」
「そういや、そうだったな…!」
なんで後ろから俺を妨害してくるこいつが首席なんだろうか。世界っていうのは本当に残酷に作られている。集中できないのは辛い。仕方がないので、嵐山の質問に答えることにした。
「はぁ…なんで、サッカーなんだよ」
「サッカーはきついか?それならフットサルはどうだ?」
「いや、そうじゃねぇよ。そもそもなんで俺をサッカーに誘うんだよって聞いてんだよ」
「なんでって、サッカー経験者だろ?お前うまかったもんな」
「は?」
俺は自己紹介でもサッカーの話に触れていない。柳瀬川には昔サッカーをやっていたって言う話をしたが、昨日の今日で俺のことをそこまで細かく教えるというのもあまり考えられない。ということは、俺たちはどこかで会ったことがあるのか。
「うわ…まぁミジンコサイズの脳の容量しかない氷真に覚えてろって言う方が不可能か。ごめんな?」
「いちいち腹が立つな。アレか?お前は腹黒王子か?」
「それより、一緒に入ろうぜ~」
「俺の話を無視するんじゃねぇよ。それにサッカーはもう無理だ。熱が湧かない」
「ちぇ、氷真がやらないなら俺もいいや。でも、気が変わったらやろうぜ?」
「いつかな」
「やらない奴の常套句じゃねぇか…まぁいいか。俺、今日の授業はここまでだから帰るわ。また、明日な」
「おう」
そういって嵐山は軽い足取りで教室を出て行った。色々な奴に声をかけられて、それに対応していた。流石イケメン。俺とは住んでる世界が違いすぎる。俺はまだ、午後に授業があるから残らないといけない。
嵐山は友達想いのいい奴だ。おそらく俺を無視した女に腹が立ってあそこまで怒ってくれたのだろう。そして、周りの人間を『お前ら』ということで牽制してくれた。そうでもなければ、あそこまで露骨な態度をとる必要はない。俺は良い出会いに恵まれたようだ。
━━━だからこそ俺は嵐山から離れなけらばならない。
「人に期待をさせて裏切るのはもう御免だ」
後ろで同級生に囲まれる嵐山を見て、余計にそう思った。俺はあんな凄いやつを喜ばせることができるような大した人間ではない。いつか失望される。このまま誰かに失望されるくらいなら、俺はすぐにでも嵐山から離れる。もう同じ失敗を繰り返したくない。
「昼ごはんでも買いに行きますかね」
うちの学校の学食は美味しいらしい。鬱屈とした気分になったから、甘い物でも食べて癒やされよう。
━━━
中学の頃、サッカーをやっていた。己の不甲斐なさで姉さんに見捨てられた俺は現実逃避のためにサッカー部に入った。なぜサッカーを選んだのかは覚えてはいない。ただ、なんでもいいから必死になれることを探していた。後は家に帰りたくないというのもあったと思う。ただでさえ、家族に嫌われているのだ。家に帰ったところで、布団の中で自分をずっと責めてしまう。だから、俺はずっとサッカーをやり続けた。
弱小サッカー部だったうちの学校では、俺みたいな人間は浮いていた。これは俺調べだが、サッカーが強いチームはどいつもこいつも謙虚で性格の良いやつが集まっている。逆に万年一回戦負けのチームにはチャラ男が集まる。「俺、サッカーやってるんだwww」みたいなやつらだ。
そいつらは基本的にクラスのカーストトップの人間たちで弱い立場の人間や本気で何かをする人間を餌にして楽しむ。そして、奴らは嫉妬深い。自分が無能だから、他人の足を引っ張るのが好きなんだと思う。なぜ、俺がそんなことを知っているかと言えば、うちの中学こそがそのような部活だったからだ。
「夜遅くまで頑張って何になるんだよwww」「サッカーは11人でやるスポーツだから一人が頑張ったって無意味www」「何必死になってるんだよwww」「ガチでやられると萎えるわ」
けれど、俺に周りの声を聞いている余裕はなかった。家族に俺の存在価値を示さなければ捨てられてしまうという強迫観念が強かった。ただ、幸運だったのは俺には朝霞がいたことだ。マネージャーとして、夜練や朝練に付き合ってくれた。
三か月もすれば、俺たちのことを面白おかしく言う人間は少なくなった。異常というのは受け入れられてしまえば、日常だ。継続してしまえば、他の人間が何かを言うことはなくなる。
結果的に万年一回戦の負けの俺たちの学校は県大会に出場を決めた。誰がどう見ても俺の功績だった。そして、成果を残すと、俺のように本気でサッカーを頑張りたいと言う人間が増えた。そして、朝霞とも付き合うことができた。
努力はすべてを変えることができるということを学んだ俺はさらに勉強にも力を入れた。朝霞にカッコいい姿を見せたいと思って、学年ペケの方から一気に、上位に食い込んだ。
勉強もスポーツも順調で、彼女もできた。俺はリア充というものになれたのだ。
けれど、俺は知らなかった。嫉妬という醜い感情がどれだけ酷いモノかを、だ。
二年の夏、俺にレギュラーを奪われ、嫉妬に狂った元エースにより、俺の足は全治一年の大けがを負った。俺はサッカーをすることができなくなり、最後の大会を迎えることなく引退した。そして、俺にけがを負わせた男に朝霞は奪われた。
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