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幼馴染と聞けば、甘い関係を想像するかもしれない。毎朝、起こしてくれたり、一緒に登校したり、学校でそれをからかわれてそれを意識してしまったり…。逆に、近所故に全く会話をしないということもあるかもしれない。
そういう意味では俺は恵まれていたのだろう。幼馴染は可愛かったし、性格も良かったし、何よりお互いを想い合っていたという実感があった。サッカーで県大会に出場できた時に、勇気を出して告白し、俺は朝霞と付き合うことができた。夏祭りやプール、映画館に至るまでデートと言える定番のものはすべて一緒に行った。
朝霞に誇れるものが欲しくて、苦手な勉強もできるようにした。あの時間は何にも代えがたい時間だった。一生続くのだと思った。
けれど、俺は朝霞に見捨てられた。いや、この言い方では朝霞が悪者みたいだ。俺は自分の選択を間違えた。そのせいで朝霞には迷惑をかけたし、今も罪悪感を感じている。別れたのも嫌われたのも当然だと思う。
だから、この状況にはとても困惑している。なぜか帰りの電車で仲良く手綱を握って並んでいる。少なくとも俺は中学で縁を切った。気まずいから高校三年間、絶対に顔を合わせないように気を付けていたのに、まさか大学の最寄り駅で再会するとは。縁とは分からないものだ。
「なんで、あんなところにいたんだ、朝霞?」
「…名字」
「朝霞?」
少しだけ暗い顔をしたが、すぐにいつもの調子を取り戻した。
「んん、私も同じ大学に合格したの。おばさんから聞かなかったの?」
「あ~、そんなこと言ってたかも」
「後、同じ学科だから」
「マジか」
大学入学が決まると、俺はすぐに引っ越しの準備を始めた。それが意外と大変で母さんの言っていることを結構流していた。思い出してみれば、そんなことを言っていた気がする。
ただ、俺の知っている朝霞はとてもじゃないが、頭がよろしくなかった。うちの大学は世間的にはそこそこレベルの高い大学だ。それなりの勉強では、受かることができないはずだ。俺が知らない高校三年間で滅茶苦茶努力をしたのだろう。
「お疲れさん」
「なにそれ?馬鹿にしてる?」
「いや、素直な賞賛」
「そっ、ありがとう」
そっけない態度をとっているが、手で耳にかかっている髪を触る。照れ臭くなると行う仕草だ。数年ぶりに会ったがこの辺りは変わらないらしい。
それにしても気まずい。俺は朝霞に話すことなんてもう何もないのに、あっちから関わってくる。電車の中という逃げ場のない空間が俺と朝霞の間に気まずい空気が流れる。
「ゼミ…」
「ん?」
「ゼミはどこにしたの?」
「ああ、俺は花園教授のゼミだよ。経済史の」
「それは何?若くて美人な教授だから選んだとか?」
「いやいや、単に美波さんの評価のためだよ。どうしても一緒のところに入ってくれって頼まれたからさ」
「ふ~ん、ま、それならいいけど」
なぜ朝霞に俺のゼミのことについて追及されてなければならないのかはなはだ疑問である。何もしていないのに悪いことをした気分になる。
「あんたが花園教授のゼミにいるなら私も移るわ」
「は?」
「一番人気のゼミに面接で通ったけど、色々面倒そうなのよね。毎回のように飲み会とかやってられないっつ~の」
大学生になったら飲み会に参加する。未成年でも関係ない。なぜなら大学生だから。そんなことを高校の時のクラスメイトが言っていた気がする。道理で難関校に受かった大学生たちのIQが一気に落ちるわけだ。鍛えた頭脳を酒で台無しにすると思えば、色々納得してしまうのが悲しいところだ。
「じゃなくて、なんで俺のゼミに移ってくるんだ?」
「え?もしかして、定員?」
「そんなことはないが…」
「じゃあ問題ないじゃない」
どうして柳瀬川といい、朝霞といい俺に近付いてくるのだろう。俺はお前たちにとって不要な人間なはずだ。
「俺のことが嫌いなんだろ?あの時はっきり言ったじゃないか」
「ッそれは…!」
「それなのに、なんで俺に近付いてくるのか意味が分からん。あっ、もしかして、罪悪感からか?それなら、全く気にする必要はないぞ?別れたのも、俺が愛想を尽かされたのも全部自業自得だし、それを気に負う必要はない。せっかく努力して入った大学なんだから、俺なんかに構わず青春しろよ」
「やめて!」
電車内に悲痛な声が響き渡る。目の前で寝たふりをしていたおっさんが飛び起きてどこかへ移動してしまった。周りも気にしていない風だが、野次馬根性を丸出しにして俺たちを見ていた。
「私が悪いの…だからそんな風に言わないで…!」
「朝霞?」
口を押えて泣き始めてしまった。俺はというと次で降りるところだ。電車越しにホームも見えて来たし、すぐに降りなければならない。俺はとりあえず、ハンカチを取り出して、朝霞に渡す。
「まぁ、何があったか知らんけど、俺は何も気にしていないし、関わるつもりもない。俺を見かけたから、引くに引けなくなって話しかけてくれたんだよな。そんで嫌なことを思い出させちまったんだよな。ごめん」
「ち、違うわ!私は!」
朝霞は口は悪く、素直じゃないがいい奴なのは保証する。俺を見つけたのは偶然だろうけど、声をかけてきたのは生来の性格の良さだろう。
「あ、そのハンカチは返さなくていいからな?電車で泣いていると目立つだろうから、もう泣くなよ?じゃあな」
「待って!」
「アデュー」
ホームドアが閉まると、朝霞が何か言っているようだったが、何も聞こえない。もし地元から通っていたら、まだあの地獄の時間が続いていたと思うと、姉さんには感謝だ。俺はとりあえず敬礼を決めて、朝霞が見えなくなるまで見送った。
姉さんには申し訳ないが、ゼミを移動させてもらおう。
柳瀬川、そして、朝霞までいたら俺のメンタルに悪いし、何よりも二人に悪い。俺は誰にも迷惑をかけずに、できるだけ人に関わらないで生きていたいのだ。彼女達には特に迷惑をかけてしまっている。俺が消えるぐらいで心労を和らげることができるなら、それはいいことだ。
姉さんに迷惑をかけることになってしまうが、金で解決しよう。金は便利だ。女の人は常に金がなくて困っているらしい。自分を綺麗に見せるために、自分の身体を売ってまでお金を作っている人間がいるのだから、相当なものだ。
それほどまでに金を愛するのが女という存在だ。姉さんも例外ではないだろう。金さえ渡せば許してもらえるはずだが、どれだけ必要になるのだろうか。とりあえず、早くバイトをしなければならない。
「生きてるだけで、誰かの負担になるなら、俺はなんで生きてるんだろうな」
ポツリと言葉漏れてしまったが、誰も気が付くことはなかった。
━━━
「なんであんたが罪悪感を感じるのよ…!」
先ほどの氷真の顔を思い出す。最後まで自責の念に押しつぶされてしまいそうな氷真の表情を見て自分の罪を思い知った。
私が氷真と同じ大学に受かったのは一重に謝りたかったから。そして、できることなら昔の関係に戻りたかったから。
元々勉強はとても苦手だったし、定期テストも氷真に教えてもらって乗り越えていたくらいだ。そして、氷真がいなくなった私が行ける高校なんてよく言って中の下だ。進学校と言えば聞こえが良いが、その内情は「なんちゃって進学校」だった。勉強を真面目にやっている人間なんてほとんどいなかった。
私は高校三年間をすべて勉強に費やした。おかげでボッチで青春を過ごすことになったが、私が犯した罪に比べればなんてことはなかった。
それでも、氷真の第一志望であった国立大学には共通試験で足切りを喰らってしまった。当然だ。基本スペックが違いすぎる。中学まで本気の努力をしてこなかった人間が国立の、特に上位の大学になんて受かるわけがない。だからこそ、氷真と同じキャンパスに通えることは神様からの恵みだと思った。
おそらくこれを逃したら氷真と関係性を元に戻すことなんて不可能だ。私はハンカチをぎゅっと握りしめる。大切な人を捨てた私に天国なんてあるわけがない。地獄への片道切符が相応しい。
「どれだけ傷ついたとしても、氷真と向き合うって決めたでしょ…!こんなところで泣いてる場合じゃない!」
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