52.大嫌いな自分とドス黒い気持ち
「あいつの嫁が死んだ時、あいつは王都から結構離れたところまで遠征に行ってたんだ。まあ、その時は俺らと同じ騎士団に属していたから、逆らえる命令でもなかったんだがな」
そう言って、ダイナンさんはハイドさんの過去を話し始めた。ダイナンさんの話によると、ハイドさんの奥さんが亡くなったのを知ったのは、亡くなってから何週間も後のことだったらしい。
「まあ、子供は知っての通り無事で、街の人が代わりに育ててくれてたんだがな。……日記にも書いてあっただろうが、あいつはもともと家には帰ってなかった。けれども、家族がどうでもよかったわけじゃねえ。家族のために仕事を頑張ろうとしすぎて、逆に家族を蔑ろにしてしまったタイプだ」
だから、ハイドさんが受けたショックは相当のものだったらしい。
そりゃそうだ。大好きな人が、自分のいない間にいなくなってしまったのだから。
その後、日記を見つけ、奥さんの希望通り、子供の名前をエイルと名付けた。日記を読んで、奥さんからの思いを知って、余計に取り乱したらしい。ダイナンさんも、もっと帰ってあげればよかった、話を聞いてあげればよかったと、名前ぐらい一緒に考えてあげればよかったと、後悔する言葉を何度も聞いたという。
「心配になって俺がハイドの家に行った時もよ、あいつは泣いてる赤ん坊を別の部屋に置いて、一人でずっとうじうじしてやがった。流石に一発殴ったがな。辛いのはわかるが、赤ん坊にとってハイドはただ一人の父親だ。流石に見ていられなかった。けどハイドは、自分には育てる資格は無いと俺に泣きついた。こんな自分だと、子供ですら不幸にしてしまうと」
確かに、ハイドさんのしたことは父親として許されないことかもしれなかった。けれども、俺はハイドさんの気持ちが痛いほどわかってしまった。愛する人を大切にすらできなかった後悔が、子供を育てる自信すら無くさせたのだ。
「なんど説得しても無駄だったよ。だから俺は、赤ん坊……、エイルを俺の子供として育てると言った。半分最後の脅しでもあったが、あいつはムカつくことに了承しやがった。だから、あいつがこの先嫁を失った事を乗り越えられたとしても、絶対返さねえって条件を付けた。いくら辛いからって、それでエイルの人生を振り回したくなかったからな」
それから、ハイドさんは家のものをほとんど片付けて、今の単独で行動する王直轄の騎士団に志願したらしい。その時のハイドさんは、誰かと一緒にいることすら拒んだという。そこから暫く、ハイドさんは全てを忘れるように、仕事に打ち込んだという。
「まっ、流石に気持ちが落ち着いたあたりで、父親と言わない条件付きで、エイルと会うことは許したがな。というか、あいつは会うことすら拒んだが、無理やり会わせた。ちゃんと向き合って欲しかったっていうのもあるが」
それから何年も経ち、全てが日常となってきた頃、ハイドさんは俺と出会った。俺としては感謝しかない思い出ばかりだったが、ダイナンさんからしてみれば、過剰に心配しすぎたり、遠回りしたり、ハラハラしっぱなしだったと言う。
「俺は言ったんだ。変に子供に出来なかったことを重ねるのはやめとけって。でも、面倒見るって決めたのなら、しっかり責任を持てよって。叱ったこともあるんだぜ? エイルがいると、ラキじゃなくてエイルばかり気を取らて、ラキの事を見ていなかった時もあったからな。お前も薄々気づいてただろ」
「うん……」
「けどよ。今日だってそうだろ? エイルに誘われても、お前の事チラッと見てただろ? ハイドにとって、お前が一番って事、俺も見てて思うから安心しろ。……まあ、話が逸れたが、ハイドがおまえに似てるっていう話だっけか」
ダイナンさんが、俺の頭をガシガシと撫でた。
「悩み方、おまえとそっくりだろ? でも、それが悪い事ばっかりじゃねえ。うじうじ悩んでる分、相手に共感もできんのか、俺の気づいてないとこまで相手の事に気付くとこもそっくりだ。俺はハイドみたいに、おまえの気持ちをすぐにはわかってやれなかった。俺がハイドより先におまえに会っていたら、おまえを傷付けて国を滅ぼしちまったんじゃねえかなって思う時もある。おまえもそうだろ? 傷付けてきた相手の事すら思いやって、だからこそ解決できたこともある。たまに考えすぎて相手の気持ちそっちのけの時もあるが、そこも含めてそっくりだ!」
「そっか……」
俺はハイドさんを見る。ハイドさんは、エイルと楽しそうに剣を交えていた。まるで、成長を喜ぶ父親みたいだった。
ふと、ハイドさんと目が合った。剣を止めて、俺の方へ歩いてくる。エイルとシュリも気付いたのか、こちらへやって来た。
「あ、父上! ラキは眠いって言ってたじゃないですか! 何邪魔してるんですか!」
「わりぃ、わりぃ! ラキと話すの久しぶりでよ!」
「だとしてもですね!」
エイルと言い合いをしているダイナンさんを横目に、俺はハイドさんを見た。ハイドさんは何も言わない。きっとハイドさんも、俺がわざとダイナンさんと二人で話すために3人を離した事もわかっている。
けれども、もし俺の思考とハイドさんが似ているのだとしたら、きっとハイドさんは何も聞かない。俺が言うまで、聞いてはいけないと思うだろう。それが今の俺にはありがたくもあり、けれども良くも悪くも、俺はハイドさんに真実を知ったことを言う機会を失ってしまうのだろうとも思った。
「もし目が覚めてしまったのなら、ラキ君もくるかい?」
「あはは、行こうかな」
俺は立ち上がる。ハイドさんの過去は、ある意味衝撃だった。けれども、ダイナンさんの言う通り、考えることが似ているからか、ハイドさんの思いは痛いほどわかった。
「ハイドおじさん! ぜひ僕とも、続きやってください!」
「あはは、エイルの体力は凄いなあ」
「鍛えてますから! いつかは父上の体力だって超えてみせます!」
そう言うエイルを見て、ハイドさんは笑う。その笑顔は、本当にエイルと剣を交えることができることが嬉しそうで、まぶしい。
ダイナンさんが言う通り、きっとハイドさんは俺の事を一番に気にしてくれている。きっと俺が剣ではなくどこか散歩にでも行きたいと言えば、一緒にでかけてくれるだろう。けれども、もしハイドさんが俺に似ているのであれば。
俺は改めて二人を見る。きっと、エイルは今でも、ハイドさんにとってかけがえのない大切な自分の子供だ。本当は一緒にいたかったはずのエイルを、身勝手に幸せを願ってダイナンさんに託すほど、愛してやまない子供。
ああ、まただ。ドロリとした感情が、心の中を襲う。最初からハイドさんの子供に生まれたかった。そんな事を思っても仕方ないのに。今だって十分に幸せなはずなのに。そんな事を思ってしまう俺が、嫌いだ。
その瞬間だった。目の前のウサギが突然立ち止まって、苦しそうに鳴き始めた。体がどんどん大きくなって、前歯と爪がどんどん大きくなっていく。
瞬間、目の前で剣を抜く音がした。ハイドさんが、ウサギを切りつけ、そしてまっすぐとどめを刺す。俺は、目の前でウサギがローグ化したことを、その時やっと理解した。
俺は、皆のほうを見る。皆、困惑したような、そして心配するような目線を向けた。
「ダイナン! ラキ君と何を……」
「ダイナンさんのせいじゃない!」
ダイナンさんを責めようとするハイドさんを、俺は静止した。ダイナンさんは、4人の中でも一番不安そうな顔をしていた。
「ダイナンさんは本当に悪くないんだ……。寧ろ、俺を励まそうとしてくれて……。なのに、俺が勝手に、変な事考えちゃって……」
ローグを作ろうとした。その事実に、俺はぞっとする。
なんでローグが出来た?俺は何を考えた?
思っていたのは、ハイドさんとエイルに向ける嫉妬。ハイドさんに対する子供じみた我儘。
なんで、この感情なの。なんで、この感情がローグを作ってしまうの。
俺は思わず駆け出していた。これ以上一緒にいて、またローグを作ってしまうのが嫌だった。何より、大切にしてくれたハイドさんに対する感情で、ローグを作ってしまった自分が、どうしようもなく嫌になった。
自分の中の嫌な感情が止まらない。ふと、足元を見て、思わず俺は足を止めた。自分の足元には、何故か血土ができていた。
「なんで……っ、なんで……!」
俺は思わずしゃがみこむ。自分の足元から広がる血土が止まらない。ローグを、血土を作ってしまう俺が大嫌いだ。けれども、もっと嫌なのは、大好きなはずのハイドさんへの、このどす黒い気持ちだった。
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