51.抑えられない不安と嫉妬
ハイドさんと話してから暫くして、誰かが死ぬ夢の頻度も減っていった。
それは時間が解決してくれたのか、それとも気晴らしが利いたのかはわからない。
ハイドさんやシュリの言う通り、どうにもならない事は案外楽しいことをやっていると、薄まってくるのかもしれない。
けれども同時に、別の夢を見るようになった。
ハイドさんがエイルと暮らすと言って、俺のもとを去っていく夢だ。
そうして目が覚めた後は、俺は自分に呆れて毎回笑ってしまう。
わかってる。
ハイドさんがまたエイルと暮らすことになっても、俺を置いていくことはしない。
それに、ハイドさんがエイルと暮らすと言っても、本当の血のつながりのある家族なのだとしたら、何もおかしいことではない。
そう言い聞かせているはずなのに、今日もまた同じ夢を見る。
「ん……。ラキ君……? また、悪い夢でも見たのかい?」
「えっと、うん……。あはは……」
俺が起きると、こうしてハイドさんは起きて、俺を気にしてくれる。
ハイドさんは、きっとまだ、誰かが死ぬ夢を見てると思っている。
けれども、流石に本当の事を言えるはずもなかった。
「大丈夫。最近はまたすぐ眠れるから、ハイドさんも気にせず寝て」
「そう? まあ明日は皆と森に行く約束の日だからね。だから……」
「楽しいことを考えよう、でしょ? もうわかってるよ」
そう言って、俺は布団に入る。
明日はシュリとエイル、ダイナンさんも来るらしい。
エイルやダイナンさんと会うのは、なんだかんだ久しぶりだった。
ダイナンさんの怪我は、順調に治ってきているらしい。
ハイドさん曰く、動きたくて仕方ないということで、今回森に行くのはダイナンさんの気晴らしにもなっているという。
次の日向かった森は、シュリと行ったところとは別の場所だった。
前みたいに広く開けた場所はなかったけれども、川が流れていて、少し休憩するスペースぐらいはあるような場所だった。
俺は、エイルを見る。
やっぱりエイルはハイドさんに似ているようにしか見えなかった。
髪の色だけでなく、顔の作りも、性格も。
あの日記に書いてあった通り、エイルは真面目で賢かった。
エイルは何も知らない。
ダイナンさんと自分が似ていないことを、本気で悩んでいたくらいだった。
けれどもダイナンさんはきっと知っていのだろう。
俺にハイドさんの子供の話を教えてくれたぐらいだ。
だから、今日聞けるなら聞いてみようと思っていた。
自分では抱えきれないことだったけれども、これだけはハイドさんに相談する事なんてできなかった。
俺はダイナンさんをチラリと見る。
ダイナンさんの見た目は、腕だけとはいえ痛々しくて、相談以前に申し訳なくなる。
「ダイナンさん、その、怪我……」
「おう! 順調に回復してきてるぜ! もうこの固定してるやつも取りたいぐらいなんだがな! 医者やら色んな奴らに止められるからよう」
「父上、お医者様も言っているではないですか。そんなことしたら悪化して、それこそ一生剣を握れなくなると」
このような掛け合いを見るのも久しぶりだった。
「ダイナンさん、その……、ごめんね」
「おまえのせいじゃねえって! それに、怪我は男の勲章だ!」
そう言って笑うダイナンさんを見て、俺も安心する。
どれだけ皆に言われても、やっぱりダイナンさんが自身が実際に俺に不満を抱いていないのを見ると安心した。
俺は、木陰に座って皆の様子を眺めた。
水の音と木のせせらぎが混ざり合って心地良い。
幸せな時間。
なのに、ハイドさんとエイルが話していると、胸がチクリと傷んだ。
こんなんじゃ駄目だ。
またローグを生んでしまう。
けれども感情が抑えきれなくて、自分じゃどうしようもない。
ダイナンさんに相談したくても、一つの所に集まっているから聞くタイミングが無かった。
こっそり聞いてもいいのだけれど、ダイナンさんは声がそれなりに大きいから、皆に聞かれてしまう可能性もある。
そうだ、と、俺はエイルに声をかけた。
「エイル。そう言えば、さっきハイドさんと剣の手合わせをしたいと言っていなかったっけ」
「ああ。そのために今日も剣を持ってきているんだ」
「だって、ハイドさん」
「えっと、かまわないけど……」
ハイドさんは俺をチラリと見つつも、目をキラキラさせるエイルを見た。
ハイドさんに似ているエイルでも、そこだけはダイナンさんに似ている気がして、思わず笑ってしまった。
そして、俺は知っている。
きっと、ハイドさんはエイルの頼みを断れない。
ハイドさんは仕方ないと、エイルの持ってきていた練習用の剣を持った。
「私もやりたいわ! あれからまた少し上手くなったのよ!」
「シュリも相当訓練してるからね。ラキはどうする?」
エイルの言葉に、俺は首を振った。
「俺はあと少し休憩する。ちょっと眠くなってきちゃって」
「そうか。それなら僕たちは、向こうに行っているよ」
あまり眠れていなかった話を、多分エイルも知っている。
だから、すぐに察してくれたのか、3人は俺が静かに寝れるように少し離れたところに行ってくれた。
俺は、ダイナンさんをチラリと見る。
「なんだ、ラキ。俺と話したい事でもあんのか?」
こう見えてなんだかんだ察しの良いところは、流石騎士団長というところだろうか。
本当は、ダイナンさんも一緒に行きたがることを想像して、怪我を理由に止めようと思っていたのだが、逆に俺の意図にも気づかれていたようだ。
「うん。あの……。ハイドさんと、エイルの事だけど……」
そう言った時、ダイナンさんの目が一瞬動揺したことを、俺は見逃さなかった。
「……ハイドとエイルがどうした?」
「あの二人、実は本当の親子?」
「……どうしてそう思った」
「ハイドさんの奥さんの日記に書いてあった」
「たまたま……、あいつの嫁が考えた名前が、俺の息子に付けた名前と同じだっただけだ。……って言っても、勘付いちまったんだから、意味ねえか」
ダイナンさんは、大きく息を吐く。
「そうだ。エイルはハイドの子供だ。訳あって俺の息子として育てている。ハイドには言ったのか?」
「ううん。流石に日記勝手に読んじゃったって言えなくて。勿論、エイルにも言ってないよ」
「そうか……」
ダイナンさんは、暫くの間何かを考え込んでいた。
その間、俺はハイドとエイルを見る。
あの二人は本当に似ていて、親子だと言われたらきっと皆がそうだと言うだろう。
それが、どうしようもなく眩しくて羨ましかった。
「ラキ」
と、暫くしてダイナンさんは口を開いた。
「色々と聞く前に、頼む。絶対に、エイルには言わないでくれ。俺も俺の嫁も、エイルの事を本当の息子と思っている。ハイドにも、後からどう頼まれようが、あいつの元に戻さねえって言ってんだ。それだけ、責任もって育ててる。まあ、エイルが戻りたいって言ったら別だが……」
そう言うダイナンさんは、エイルの方を愛おしそうに見ていた。
今のダイナンさんは、騎士団長ではなく父親の顔をしていた。
「安心して。言わない。それに、エイルは、真実を知っても戻りたいって言わないと思う。エイル、ダイナンさんと自分が似てない事悩んでたけど、俺の魔法を見たときの反応がダイナンさんそっくりって言ったら凄く喜んで、安心してたんだ。エイルはダイナンさんの息子でいたいと思ってるし、ダイナンさんの息子であることに誇りを持ってると思う。ハイドさんの剣を学びたがってるのも、きっかけはダイナンさんみたいに強くなりたいだし、エイルの根底にあるものは全部ダイナンさんなんだ」
「そうか……。あいつ、そんな事言ってたのか……」
ふと、ダイナンさんを見ると、申し訳なさそうな、けれども少し嬉しそうな顔でエイルを見ていた。
本当にエイルの事を息子だと思って育てているのだろう。
「……ありがとな、ラキ。それで、それを俺に話したっつうことは、心の中に引っかかるもんでもあんのか?」
ダイナンさんの言葉に、俺は膝を抱えてうずくまった。
「うん……。思うこと自体おかしいことはわかってる。けど、俺とハイドさんはただの他人でしょ。だから、エイルが羨ましくなっちゃって。そんな事ないのに、大切にしてくれてるのはわかってるのに、いつかハイドさんがエイルのもとに行っちゃうんじゃないかって思って……」
「おまえにとって、ハイドはもう父親みたいなもんだもんなあ。父親っつうか、ただ一人の親って言ったらいいのか」
きっと、こんな事で悩んでなんかいけない。
こんな事で悩めば悩むほど、ローグも生むし、そもそも心配かけてしまう。
けれども、どうしてもこの不安や嫉妬が、抑えられなかった。
「そうだなあ。確かに、あの二人が並ぶと、俺も悔しいほどそっくりだ。けどな、さっきのラキの言葉を借りるとすれば、そっくりなのは、おまえら二人だぜ?」
そう言って、ダイナンさんは笑う。
「ハイドからエイルを引き取った経緯を教えてやろうか」
ダイナンさんは、そう言ってハイドさんの過去を話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます