49.日記と一番

きっとこれは夢だ。

そうわかるレベルには、もう毎日夢を見続けていた。

昨日強くなろうと思ったところなのに、またこんな夢を見るなんて、自分が嫌になる。


今日の悪夢は森の中だった。

俺が歩いていると、遠くにハイドさんとダイナンさんが歩いていた。

近づこうと思っても、思うように足が動かない。


と、突然ローグ・ベアが現れた。

ローグ・ベアは二人に襲いかかる。

何故か俺は魔法が使えなくて、二人はローグ・ベアの爪で引き裂かれてしまった。


「……っ!? はぁ……」


俺は飛び起きる。

これは夢だ。

そうわかっているのに、慣れなかった。


きっと、昨日ダイナンさんの怪我を見たからだ。

だから、今回はバクダンじゃなくて、ローグだったのだろう。


ハイドさんはまだ帰ってきていない。

だからこそ、実はローグに襲われてハイドさんにも何かあったのではないかと、悪い想像をしてしまう。

もしハイドさんが死んだら。

そう考えるだけで恐ろしかった。


まだ空は暗かった。

きっと今の状態じゃ眠れない。

でも隣にハイドさんはいないから、起きていたって何も思われないだろう。

そう思って、ベッドの外に出た。


そういえば、ここに来てからハイドさんがいない夜は初めてだった。

俺の監視が仕事でもあるハイドさんは、基本的に俺と一緒にいた。

ハイドさんは、いったい何をしているのだろう。

なんの問題が起こって忙しくしているのだろうか。

ふと、ハイドさんの部屋の前で足が止まる。


『好きな時に入ってきていいよ』


ここに来た時に、ハイドさんが言った言葉を思い出す。

違う。

ハイドさんはきっとそういう意味で言ったのではない。

けれども、知りたいという気持ちが勝って、ドアを開けてしまった。


ハイドさんの部屋は、最初に来た時よりも色々なものが揃っていた。

片付けられていないペンに、夜寒い中作業するための毛布、洗っていない何かを飲んだ後のコップ。

ハイドさんを感じるからこそ、ハイドさんがいない夜はなんだか寂しかった。


俺は、ハイドさんの机を見渡した。

ハイドさんは、いつも国から受け取ったという紙に、色々書いたり読んだりしていた。

けれども、それらしいものは一枚もなかった。


流石に、国の機密書類というやつだ。

こんな誰にでも入れる所には置きっぱなしにしないか。

そう思いながら、俺はハイドさんの引き出しを開けた。


そこには、他の仕事に関わるものとは違う、古びた日記のようなものが一つだけ置いてあった。

俺は思わず開ける。

目に入ったのは、手書きの文字。

けれども、ハイドさんとは違う人が書いた文字だった。


「なんだろう……。これ……」


俺は、最初のページを見る。

そこには、こう記されてあった。


『〇月〇日 今日、お医者様にみごもったと言われました。なかなか帰ってこれないハイドのために、後から見返せるよう我が子の様子を記そうと思います』


俺は、思わず息を飲む。

ダイナンさんは、ハイドさんのお嫁さんを亡くしたと言っていた。

子供が生まれるのと同時にと。

だとすると、これはハイドさんの奥さんの日記に違いなかった。


誰も見ていないのはわかっているのに、俺は思わず辺りを見渡した。

これは、探していたものとは別の意味で読んではいけないものな気がした。

けれども、知らないハイドさんの過去だった。

ハイドさんの事がもっとわかる気がして、知りたいと思ってしまった。


俺は、恐る恐るページをめくる。

暫くは、幸せの記録だった。

やっと帰って来たハイドさんに子供ができた事を報告できた喜び、悪阻で気持ち悪かったこと、お腹が大きくなってきた事、子供がお腹を蹴って動いていたということ。

時折、なかなか帰ってこれないハイドさんへの恨みつらみまで書かれていた。

一週間に一度、時には一か月以上帰ってこないハイドさんに対して、それでも愛情が感じられた。


『子供は誰に似るのかしら。あなたに似たら、きっと真面目で賢い子になるわ』

『先生は、後一か月ぐらいで生まれそうって。あなたとその喜びを分かち合えるのが楽しみね』

『あなたはなかなか帰ってこれないけれど、生まれる子供と一緒に、沢山の幸せをこの家に築きたい。あなたが帰ってきて、いつでも安心できるように』


次のページをめくる。

何故かそのページだけ、何かがこぼれたように汚れていた。


『あなたは、私が好きに決めていいって言ったけど、本当はあなたと一緒に決めたかったわ。だってあなたとの子だもの。名前も、二人からの贈り物にしたかったの。私が希望する名前は決めたわ。きっとあなたはこれでいいって言うのでしょうけど、次帰って来た時に相談しようと思うの』


と、その次の文を見て、俺は手を止めた。


「……どういう、こと?」


一瞬理解ができなかった。

けれども、同時に色んなことの辻褄が合った。


『子供の名前。女の子なら、××。男の子なら、エイル』


その次のページからは、何も書かれていなかった。

ここで、彼女は亡くなったのだろうか。

俺は、そっと同じ場所に日記を戻し、引き出しを締めた。

フラフラと、寝室に戻る。


ふと、エイルの言葉が蘇る。


『皆に言われるんだ。僕は父上に似ていないと。髪色も、父上が茶色で、母上が赤茶色で、親戚もみなその色だ。その中で、僕だけが金髪なんだ』


ダイナンさんは、ハイドさんの子供も、ハイドさんの奥さんが亡くなった時に、同時に亡くなったと言っていた。

けれども、ハイドさんは金髪で、エイルも金髪だった。

将来の体格も、剣の雰囲気も、全部エイルはダイナンさんというより、ハイドさんに似ていた。


ふと、ハイドさんがエイルを異常に気にしていたことを思い出す。

エイルと初めて会った時、真っ先にエイルに駆け寄っていった。

トラスの森に行く時だって、エイルがいた時だけは俺が歩くのが遅れていたのに気づかなかった。


エイルを可愛がるのは、俺よりも昔から知っていて、俺と同じでハイドさんの死んだ子供と同い年だからかと思っていた。

けれども、何かの理由で、自分の子供を死んだことにして、ダイナンさんが代わりに育てていたとしたら。


「そんなの、一生敵わないじゃん」


そう口に出して、その後何を言ってるんだと、自分で笑ってしまった。

そもそも、ハイドさんは最初から他人じゃないか。

他人であるはずのハイドさんに、これだけ手をかけてくれるだけありがたいじゃないか。

ハイドさんはいつも優しい言葉をかけてくれて、時には助けてくれて。

それだけで、十分じゃないか。


けれども、心のどこかで、ハイドさんの一番が良いというどろりとした感情が生まれていることに気付く。

ハイドさんに一番に気にかけて欲しい。

一番に俺を見て欲しい。


けれども一生、実の子であるエイルには敵わないのではないかと思ってしまう。

エイルにかけてくれる愛情を、どんなに頑張ってもきっと受け取ることができない。

エイルが、どうしようもなく羨ましくて、仕方がなかった。


と、扉が開く音がする。

ハイドさんが帰って来たのだろう。

俺は、咄嗟に寝たふりをした。


ハイドさんが階段を上がってくる音がする。

そうして、まっすぐ寝室に入って来た。

ベッドの前で、足音が止まる。


ハイドさんが、少し俺の顔にかかっている布団を取る。

そして、ほっと息を吐く音が聞こえた。

ハイドさんが、俺の頭をゆっくりと何度か撫でてくれる。

そして、ハイドさんが寝室を出て行った。


わかってる。

ハイドさんが俺を心配して、まっすぐ寝室に来てくれた事。

日記ではあんなに帰って来ていなかったハイドさんが、俺のために少しだけでも帰って来てくれた事。

ちゃんと、俺を大切にしてくれていること。

わかってる。

わかってるはずなのに。


涙がこぼれそうになって、俺は隠れるように布団をかぶりなおした。

ハイドさんは俺を大切にしてくれている。

仕事としてだけじゃなくて、ちゃんと気にかけてくれている。

だけど……。


ハイドさんの本当の子供だったら良かったのに。


どうしても、そう思ってしまう自分が嫌いだった。

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