48.怪我と隠し事

 次に目が覚めた時には、日陰だった場所にまっすぐ日が当たっていた。その太陽の光とは違う、頬に当たる温もりに俺はハッとして慌てて起き上がる。


「シュリ、ごめん! あれ……」

「ん……、おはようラキ……。私も寝てしまっていたわ……」


 きっと、あれから数時間は寝てしまっていたのだろう。流石に平和なこの国でも、何か盗られていないか不安になる。

 と、チラリと木の陰から、こちらを覗くシュリの護衛として見覚えのある人と目が合った。その人は、しーっと口に人差し指を当て、俺に笑いかけた。流石に護衛はいたかと、俺はホッとする。きっと、シュリの事だから、抜け出すのは常習犯なのだろう。


「そろそろ帰らなくていい? 皆が心配するよ」


 俺は何も気づかないフリをしてそう言った。


「そうね。流石に誰かに気付かれるわ」


 そう言ってシュリは立ち上がろうとした。と、シュリは立ち上がろうとする姿勢のまま、プルプルと震えていた。


「どうしたの?」

「……足が痺れてしまったわ。もう少し待ってくれないかしら」

「あっ、ごめん……」

「気にしないでいいわ! 私がそうさせたのよ! それより、よく眠れた?」


 シュリの言葉に、俺はハッとする。こんなに眠れたのは、何日ぶりだろうか。


「おかげさまで、熟睡できたみたい。本当に、ありがとう」

「良かったわ! 確かに、少し顔色が良くなったもの!」


 シュリは、そう言って笑う。そして、まだ少しふらつきながらも立ち上がった。


「最後にもう一つ行きたいところがあるのだけど、良いかしら? 私のお気に入りのお菓子屋さん。私がこっそり抜け出している時に、いつも行くお店なの。私が貴族という事も、きっと気付いていないわ!」

「いいね、行こうか」


 恐らくあえて気付いていないフリをしている気がするけれど、それは言わないでおこう。俺はまた、シュリに連れられて街へと向かった。


 そのお菓子屋さんは、高級な菓子屋を想像していたけれども、実際は一般市民でも買えるような素朴なお店だった。シュリ曰く、そういう店に入る事が、抜け出す醍醐味というやつらしい。


「あら、シュリちゃん! 今日はお友達と来たのね!」

「そうよ! いつものクッキーを二袋くれないかしら!」

「はいよ。ちょっと待っててね」


 そう言って、店員のおばさんはクッキーの入った袋を、シュリと俺に一つずつ渡してくれた。ふと、その店員のおばさんと目が合う。


「あら」


 おばさんは、恐らく俺に気付いたのだろう。髪の色ぐらいじゃ、流石に限度がある。けれどもそのおばさんは、気付かないフリをしていてくれた。


「そこの僕も、是非うちの自慢のクッキーを沢山食べてね」

「ありがとう! このクッキー、凄くきれいだね!」


 クッキーは、赤いジャムの乗ったものや、お花のような可愛い形をしたもの、恐らくチョコレートが入ったもの等、色々なものが入っていた。袋の中からでも、良い匂いがする。


「見た目だけじゃなく味も美味しいから、期待しててよ!」


 そう言うおばさんに手を振り、俺とシュリは店を出た。と、一瞬聞き慣れた声が、わずかにした気がした。俺は、周りを見渡す。


「ラキ? どうしたの?」

「いや、ちょっと……」

「いやあ、助かるぜ! 片手が使えねえってだけで、不便しかねえ!」


 俺は、声の方を見た。そこには、片方の腕を包帯で巻いて首からつるしている。ダイナンさんがいた。更に、荷物をいくつか持っているエイルとハイドさんもいる。


「ラキ、どうしたの……? あっ……」


 俺は、シュリのほうを見る。シュリは、顔を青くしていた。


「シュリは……」

「は、早くハイドさんの家に戻りましょう! 買ったクッキー食べないと!」


 そう言って、シュリは3人がいる方とは逆の方向に向かって、俺の手をぐいぐいと引っ張っていった。シュリもダイナンさんの怪我の事は知っていたのだろう。そして、エイルも、ハイドさんも。俺だけが、知らなかった。

 その理由がわかった気がして、動悸がする。ハイドさんの家に戻っても、それは治まらなかった。


 怪我の度合いはどうなのだろうか。元気には見えたけれど、ちゃんと治るものなのだろうか。

 昨夜見た夢を思い出す。怪我したのは、きっとローグが原因だ。1歩違ったら死んでたのではと思うと、息が苦しくなった。


「……シュリは、ダイナンさんが怪我した事、知ってたんだね」


 俺がそう問い掛ければ、シュリは少し気まずそうに答えた。


「……ええ。知ってたわ」

「なんで怪我したの? もしかして……、んっ!?」


 突然、シュリが俺の口にクッキーを入れた。甘い味が、口全体に広まる。


「またマイナスな事考えてるでしょ? 甘いものでも食べながら話しましょ」

「う、うん……」


 俺は、クッキーを一口かじる。確かに美味しいのは間違いなかった。けれども、それ以上にダイナンさんの怪我が気になって仕方がなかった。


「いい? ラキの想像通り、確かにダイナンさんの怪我はローグと戦ってのものよ。でも、全治数カ月程度の怪我で、問題なく治って騎士団にも戻れるそうよ」

「そうなんだ……」


 俺は一先ずホッとした。このまま腕が使えないとか、今までの生活ができないとか、そんな悪い可能性も想像していた。


「前から負傷者は出てたという話は聞いてたでしょ? それが今回はダイナンさんだっただけよ。……隠していたのは、顔見知りな分、ラキは責任感じ過ぎちゃうでしよ? だから黙っておこうということにしたの」

「そう……、かもしれない」


 シュリの言葉に、何も言えなかった。特に最近沈んでいたから、余計言えなかったのだろうと思う。皆の気遣いも含めて不甲斐なさを感じ、申し訳なくなる。そんな俺の様子を見てか、シュリは大きなため息をついた。


「いい? 国はローグが出ることを覚悟してラキに頼んだんでしょ? だから、ローグが出たの。私が言うことではないと思うけれど、ラキのおかげで隣国との戦争ではなくてローグと戦ってできた怪我だけで済んだのよ。ダイナンさんもそう言うわ」


 俺はハッとする。確かにその通りだった。ダイナンさんが怪我をしたのを見て動揺してしまったが、俺が魔法を使わなかったらあのバクダンが皆を殺していたのだ。それに、俺が魔法を使うのも、皆を守るためと決めたからではないか。


「うん、そうだね。ありがとう。シュリの言葉のおかげで、ちょっと気持ちが楽になった」

「そう? 嬉しいわ!」


 シュリは、満面の笑みを浮かべた。その笑顔に、俺もなんだか嬉しくなる。ちゃんと寝れたからか、頭も少しスッキリしていた。きっとハイドさんも、ローグが現れた対応と、怪我をしたダイナンさんの手伝いで忙しかったのだろう。

 と、シュリがもう一つ、俺の口の中にクッキーを入れる。


「甘いものを食べながら話すと、気持ちも少しマシでしょ? 私も、嫌な事があると美味しいお菓子を食べるの! そしたら少し幸せになって、そして前向きになれるのよ!」

「そう……、かも。でも、一番はシュリのおかげな気がするけど……」


 甘いお菓子を食べると、幸せを感じられるのは、確かに間違いない。けれども、それ以上にシュリの言葉はなんだか前向きになれた。俺が真実を知った時も、混乱する俺を、俺には無い考えで叱ってくれたのはシュリだった。

 そう言うと、シュリは珍しく照れたのか、顔を赤くしてそっぽを向いた。シュリはわかりやすくて、ハイドさんとは別の意味でなんだか安心した。


「そんなに褒めても、これ以上クッキーはあげないわよ!」

「あはは、お礼に俺の分上げるよ」

「それはいいの! 私がラキにプレゼントしたかったんだから!」


 シュリがそう言うから、俺は大人しくクッキーを貰うことにした。クッキーを食べている俺を見て、またシュリは笑う。


「少しは、ハイドさんに勝てたかしら」

「えっ、ハイドさん……?」

「なんでもないわ! そろそろ帰らなきゃ! ハイドさんにもよろしくね!」


 そう言って、シュリは去っていった。まるで嵐のようだった。だからこそ、いなくなった瞬間寂しさに襲われる。


「こんなんじゃ駄目だな。こんなんじゃ……」


 シュリの言う通り、俺がいつも落ち込むからダイナンさんの怪我すら教えてもらえなかったのだろう。ハイドさんが帰ってきたら、ダイナンさんの怪我について知ったことを言おう。その上で、俺が自分を過剰に責めていないことを言おう。

そう思っていた。

 けれどもその日、ハイドさんと話すタイミングは無かった。正確には、一度ハイドさんは帰って来たけれども、すぐに出て行ってしまった。でも多分、本来は帰ってこなくて良かったところを、わざわざ帰ってきてくれたのだろう。


 本当の意味で強くならなくちゃ。少しの事で気持ちが揺らぐことのないように。


 そう思いながら、その日は眠りについた。

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