47.気晴らしとどうにもならない事
「……そうですか。これを、敵国が……」
ゾルオ先生が、火を出す装置を手に取り、付けたり消したりしながら言った。
「国からあなたに情報が行くと思いますが、前もって教えておこうと思いまして」
「ご配慮感謝いたします。でも、そうですか……。両親が発明したものと類似したものが、人殺しの道具に……」
そう言うゾルオ先生は悲しそうな顔をしていた。
遠征から帰って来て数日後、ゾルオ先生はハイドさんの家に来てきた。俺の状況を確認するため、というのが建前だった。
「使い方次第だと思いますよ。国も、クレアとマイタンの事実が明らかになった今、きっとこの技術を研究して、生活を豊かにするための道具にも、人を殺すための武器にも使うでしょう」
「……なんだか、複雑な気持ちです」
そんな二人の会話を、俺はぼんやりと聞いていた。あの日から、あまり眠れていなかった。
「あの、ラキは……」
ゾルオ先生は、俺の方をチラリと見る。俺は、とりあえず笑い返した。
別にもうわかっている。人はそもそも死ぬものだ。きっと、考えたって仕方のない事なのだ。
けれども何度もあの日のことが夢に出てきては目が冷めた。夢の中で、ハイドさんが、皆が、何度も死んでいた。夢の中ですら、一度も守れなかった。
「……ラキ。私にできることがあったら教えてくださいね」
「できる事……」
俺は、回らない頭で必死に考える。
どうしたら、あんな突然の事からも守れるだろうか。もしかしたら、もう少し工夫すればできることがあるかもしれない。けれども、俺の魔法は許可がでなければ自由に使ってはいけない。俺の勝手な判断で色々と試す事は禁じられていた。
「いつ俺は、自由に魔法を使う事ができるようになる?」
「ラキ……?」
「今のままじゃ、皆を守りきれない」
「……そのためには、まず魔法を使って、ローグの出方やエリアなど確認していく必要がありますが……。ハイドとしては、どう思われます?」
ゾルオ先生は、ハイドさんをちチラリと見た。ハイドさんも、困ったように笑っていた。
「ラキ君の気が少しでも紛れるなら、良いと思いますよ。どっちにしろ、いつかは行わなければいけないことではあるので……」
「……そういうことでしたら、後はラキがよろしければ、色々試してみましょうか。その前に、もしかしたら思い出すのは辛いかもしれませんが、先日どれだけ魔法を使ったか聞いてもよろしいですか? 現在はローグの出現がリセットされているはずですから、使った魔法の量でどれぐらいのローグがどの範囲に出るのか、目星も付くはずです。出現の条件がわかれば、それに合わせて対策を考えられるでしょうから」
「うん。ありがとう……」
話している間も、あの日の事を思い出しはしたが、まだゾルオ先生と話している間だけは気が紛れた。意外と、あの日は魔法を使っていなかった。寧ろ神様のフリをした時の方が使っていたぐらいだ。
だから、きっとローグは出ても少しだろうという仮説をゾルオ先生はたてた。神様のフリをした時ですら、ぽつりぽつりと数か所ローグが出たくらいだった。
「それでは、私はそろそろ行きますね。ラキ。ちゃんと寝るのですよ。あなたが健康でいることが、一番の幸せの近道なのですから」
「うん。わかった。ありがとう」
俺は、とりあえずそう言って、ゾルオ先生を見送った。俺も、寝れるものならちゃんと寝たい。体調を崩して無意味な魔法を使ってしまうことは避けたかった。けれども寝なければと思えば思うほど、目が冴えてしまう。
遠征に行ってる時は、場所が慣れていないからだと言っておいたが、寝不足なのをゾルオ先生にもバレてしまったぐらいだ。ハイドさんにもバレている気がする。
「ラキ君」
と、ハイドさんが俺を呼んだ。俺は恐る恐るハイドさんを見る。ハイドさんにも何か言われるだろうか。
「……今度、久しぶりに皆で近くの森にでもでかけようか。いい気晴らしになるよ」
「気晴らし?」
「そう。どうにもならない事を考えちゃうときはね、案外楽しいことをしていると、気付いたら上手く飲み込めている時もあるんだよ」
「どうにもならない事……」
ハイドさんは、あの日泣きついたのもあって、俺の気持ちをわかってる。だからハイドさんにだけは、どうにかなると言って欲しかった。
何度もハイドさんが死ぬ夢を見た。気晴らしなんて、そんな事で解決したい事ではなかった。ハイドさんが死ぬことを考えると、それだけで気分が悪くなる。
けれども、それを言うとハイドさんを困らせてしまう。もう今まで何度も落ち込んで、ハイドさんを困らせて来たのは自覚している。
「……うん。ありがとう。楽しみにしてる」
俺は、なんとか作れる限りの笑顔で答えた。
けれども、その直後から何故かハイドさんは忙しくなったのか、それが実現する様子は無かった。頻繁に出かけているけれども、その理由を仕事だということ以外、教えてくれない。それが、隣国に侵略されたときに似ている気がして、また不安になる。ハイドさんは、危険な場所に出かけてはいないのだろうか。
「今日も少し遅くなるかもしれない。遅かったら先に寝てなさい」
「うん。できるだけ早く帰ってきてね」
「勿論。なるべく早く終わらせてくるよ」
そう言って、ハイドさんはでかけて行った。その間、俺は勉強をしたり、剣の練習をする。けれども、寝不足のせいもあってか、あまり身が入らなかった。
と、ノックの音がした。ノックということは、きっとハイドさんではないのだろう。また知らない騎士ではないだろうか。俺は、恐る恐るドアから顔を出す。
「ラキ! 遊びに来たわよ!」
聞き馴染みのある声に、俺は安堵する。その声の持ち主は、着ていたフードを外した。
シュリだ。他に誰も見えないが、一人で来たのだろうか。
「あの、他の人は……」
「一人よ!」
「えっ、でも、護衛とか……」
「こっそり抜け出してきたわ! 私だって、騎士見習いやってきたし、魔法も使えるもの! ある程度自分の身は守れるわ! 護衛がいても煩わしいもの!」
それで周りの人は大丈夫なのかとも思ったが、それ以上にシュリらしいと思ってしまい、俺は思わず笑う。俺が笑うと、何故かシュリも満足そうに笑った。
「ハイドさんはお仕事かしら?」
「うん。今日は遅くなるかもって」
「なら都合がいいわ! 二人でデートしましょ! 聞いてはいたけれども、目のクマが本当に酷いわ! 寝れてないんでしょ? とりあえず沢山疲れたら、ぐっすり寝れるわよ!」
「え!? えっと……。うん、ありがとう。行こう」
「やった! 嬉しいわ!」
そう言って、シュリは満面の笑みを浮かべる。一方で、俺は少しだけ戸惑った。デートというものは、恋人同士に使うものではなかっただろうか。けれども、シュリを見る限り、特に何も考えていなさそうな気がする。恐らく二人で遊びに行く感覚で使っているのだろう。きっとただ、俺の事を聞いたシュリが心配して来てくれた、それだけだ。
「街でもいいのだけれど、近くの森にでも行くのはどうかしら? 森と言っても、王都の近くは整備されてて、ちょっと開けた場所もあるのよ! そこでゆっくりしましょう!」
「いいね。ご飯も何か持っていく?」
「いいわね! ピクニックなんて久しぶりよ! そうだ、ラキ! ちゃんと変装はするのよ! 私たち、どうしても目立っちゃうんだから!」
俺はカツラとフードを被る。髪の色を変えるとはいえ、俺の顔も結構知られていた。だから、街から森に移動するまでは、フードを被って行くことにした。
森に入ったのは、あの隣国の件以来だった。その森は、人が歩きやすいように整備されていて、俺の知っている森とは全然違った。けれども、あの全てが吹き飛んだ日のことを思い出さずにはいられない。俺の心臓が、異様に鳴りだす。
「ラキ! 見て! ウサギがいるわ!」
と、俺はシュリの言葉に顔を上げた。ウサギは、俺達に気付いたのか慌てて逃げていく。
「可愛いわよね! リスもいないかしら? ふふっ、小鳥は沢山いるわ!」
「本当だ……。全然気づいてなかった……」
「戦っている間はそれどころじゃないものね! あ、目的地に着いたわ!」
と、視界が突然開けた。思わず眩しくて、目を細める。目の前には、花畑が広がっていた。シュリは、その花畑に向かって駆けだしていく。
「ね! 綺麗でしょ! 私、この王都で一番好きな場所なの!」
色とりどりの花に、蝶も沢山飛んでいた。こんなに綺麗な場所を見たことは、今まであっただろうか。
「本当に、綺麗……」
「そうでしょ! ラキにも教えたかったの!」
と、お腹が急に鳴る。最近食欲もあまりなかったが、急にお腹が空いてきた。
「シュリ、ちょっとお腹が空いちゃって……。ちょっと早いけど、何か食べない?」
「いいわね! 私もお腹が空いたわ! 食べましょう!」
木陰でご飯を食べて、暫く花畑を見ていると、なんだか心地よくてうとうとしてしまった。それを見たからか、シュリは俺の体を引き寄せる。俺の頭を、シュリの膝に乗せた。
「寝たいなら、眠るといいわ。だってこんなにも心地良いもの」
シュリが、俺の頭を撫でてくれる。シュリの手はハイドさんよりも小さくて、しかも女の子だから少し緊張してしまった。けれども、眠気には勝てなくて、気付いたら意識を手放していた。
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