45.悪魔と炎

作戦は単純だった。

隣国の兵士達がいる野営地に乗り込んで、俺の魔法で脅す。

戦う必要はなくて、ただ怖がらせて、この国を侵略するのは危険だという情報を相手に持ち帰って貰えればいい。


時間は無く、すぐに出発する事となった。

敵の兵士の一部が、この国の一部に既にいるからだ。

ダイナンさん、ハイドさん含む騎士団の人達は、敵の野営地から何十分か離れた所に潜む。

といっても少人数で、あくまで俺を敵のいる場所に送り届けるための最低限に抑えている。


ちなみに、ハイドさんがやたら心配して、勝手に付いて来そうで怖かったので、ダイナンさんにしっかりと監視を頼んでおいた。

本当は王都に留守番しておいて欲しかったのだが、そこはまあ、妥協点とした。


「いいかい? 本当に危ない事はしてはいけないからね」

「だから俺は、何があっても死なないんだって……」


一人で敵地に向かう直前もそんな感じだった。

12歳になった今でも、ハイドさんはかなり過保護だ。


「ダイナンさん。ハイドさんを頼んだよ! ほんと作戦に影響しかねないから……」

「ラキも言うようになったなあ! 任せろ!」


ダイナンさんは親指をぐっと立てる。

それを確認して、俺は敵地へと向かった。

場所は、視察の人から聞いていたので、だいたいわかっていた。


敵の居場所はすぐにわかった。

今は夜。

焚き火の炎が赤々と目立つように周囲を照らしていた。

そこから聞こえる、二人の笑い声。

俺は、そっと木の影に隠れる。


「想像以上に楽勝だな。奴ら攻撃一つしてこねえ!」

「このまま俺達だけで侵略しちゃいますか! こんな平和ボケした奴ら、余裕で行けそうですよ!」


そう言って話す隣国の兵士達の周りには、いくつかのテントも張ってあった。

報告によると、数十人はいるらしい。


「流石に王都はそんなことねえだろ! それに、この国にはおっかねえ悪魔が眠っているって噂だ」

「そんな御伽噺、今時誰も信じないっすよ!」

「いやでも、その噂のおかげで、この国は誰も攻めようとしなかったみたいだぜ? 俺達以外はな!」


兵士達は、完全に気が抜けているように見えた。

俺は、敢えて音を出してそこへ向かった。


「なんだあ? 誰かいるのか?」


一人が、何か棒のようなものを持とうとする。

けれども、俺の姿を見た瞬間、直ぐに安心したようにそれを置いた。


「なんだ子供か。こんな時間に迷子か?」

「もしかしたら襲撃した村から逃げ延びた子かもしれないっすね」

「だな。大半は爆弾や銃の試し撃ちで死んだと思うが、運良く生き延びたのかもな! いや、ここにたどり着いちまうぐらいだから、運は悪いか」


その言葉に、俺は怒りを隠せなかった。

この人達は沢山の人を殺したというのだろうか。

いったい何故。

理解はできないし、許せる事でもなかった。


一人の男が俺に近づこうとする。

瞬間、俺は魔法を使った。


「なんだ!?」


俺は蔓で相手を拘束し、地面に叩き付ける。

殺そうとは思わなかった。

けれども二度とこの国の人達に手を出せないように脅さなければとも思った。

蔓と木をうねらせると、もう一人は立てないのか尻もちを付きながら後ずさっていた。


「ば、化物だ!!」


一人が叫ぶ。


「な、何をやっている! 仲間を呼べ!」


拘束された男がそう言えば、もう一人は慌てて走って行き、鐘を鳴らした。

ぞろぞろと沢山の兵士達が慌てて出てくる。

俺が蔓やら木やらを動かしていると、何人もが悲鳴を上げた。


「何をしている! 銃を撃て!」


誰か偉そうな人がそう叫ぶと、皆、銃と呼んだ棒上のものを俺に向けた。

パン、と音がする。

瞬間、いくつもの何かが、俺に向かって飛んでくる。


「き、効かない、だと……!?」


俺は、目の前で落ちた小さな何かを拾う。

これを、高速で飛ばしてきたのだろうか。

後ろを見ると、外れたいくつかが木にめり込んでいた。

俺には効かないけど、確かに人に当たったら危険な武器だ。


何人もが俺を怯えた顔で見ている。

あと一押し。

俺は、魔法を使って焚き火の炎を浮かせた。


「ま、まさか、これが噂の悪魔とでも言うのか!?」


後ずさりする人達に向けて、炎を飛ばす。

流石に、人を燃やす気は無い。

それだと流石に死んでしまうからだ。

殺さず、あくまでちょっと驚かす、はずだった。


『荷物は燃やしちまえ。その方が相手のダメージになるはずだ』


ダイナンさんの言葉を思い出し、俺はまず燃えやすそうなテントを燃やした。

火を広げ、その火を使って荷物が置いてありそうな所に炎を飛ばす。


「ヤバい、逃げろ!! そこには大量の爆弾が……」


瞬間、ドン、と大きな音がした。

当たりが真っ白になって、何も見えない。

風のシールドが、俺を何からから守っていた。


視界が見えるようになった時、広がった光景に俺は目を見開いた。


「なに……、これ……」


一瞬のうちに、あったもの全てが無くなっていた。

燃えていた荷物も、テントも。

いや、残骸はあるのかもしれない。

木は何本も折れ、少し離れた所に血を流して傷だらけになった沢山の人が倒れていた。


俺はその一人に近付く。

けれども、揺すっても揺すっても、目を開けることはなかった。


「う、そ……」


息をしていなかった。

どの人も、どの人も。

死んでいた。

一瞬のうちに、皆が死んだ。


ガサッ


と、何か動く音がした。

俺はそこに向かって走る。

遠くにポツリと倒れていた人が一人、動いていた。


俺が近付いて来たことがわかると、倒れていた男は、近くにあった木の破片を持って、俺に突き付けてきた。


「く、来るな!」


俺は、大きく深呼吸する。

やるべき事を、やらないと。


「……自分の国に帰って言え。この国を敵に回すと、ただでは済まないぞ、と」

「……っ、ひいっ……! あ、悪魔……!」


その男は、まだある程度動けたのか、フラフラしながらも立ち上がった。

そして、慌てて逃げていく。


「悪魔……、か……」


俺は、ぼんやりと広がる光景を眺めた。

これだけ人がいるのに、他に動く人はいなかった。

皆、さっきまで動いていた人達だった。

人ってこんなに簡単に、一瞬にして死んでしまうのだろうか。

こんなに簡単に、いなくなってしまうものなのだろうか。


もし、ハイドさんやダイナンさんがここに来ていたら。

俺は、ぞっとして体を震わせた。

一瞬だった。

一瞬で、皆死んだ。

絶対、皆がここにいたとしたら、俺は皆を守ることができなかった。

皆こんな風になっていたのだろうか。

俺以外、皆死んじゃうのだろうか。


込み上げて来る吐気。

死体の顔が、ハイドさんやダイナンさん、知った皆の顔に見えた。


ずっと、俺が守ればいいと思っていた。

そしたら皆死なない。

そう思っていたのに、こんな武器があるのだったら、絶対に皆を守れない。


俺は逃げるように、帰路についた。

早くハイドさんに会いたかった。

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