44.崩れる幸せと平和
その日は、一先ず衣服を買いに行き、その後必要な食器や日用品を買って終わった。ぶつかった女性と子供の一件のおかげでイメージアップもすることができたのか、数日もすれば俺に向けられる目線は優しいものに変わった気がする。それと、何故か行く先々でパンやら果物やらを貰うようになった。
「ラキ君が皆可愛くて仕方ないんだよ」
ハイドさんはそう言って笑うけれども、俺自身返せるものは何もないため、少しだけ申し訳なくなる。せめてシュリみたいに魔法を好きなだけ使えれば良いのにとさえ思った。
ハイドさんの家で勉強して、怪我をしない程度の剣の訓練をして、半年が経った頃、無事三ヶ月間一匹もローグが現れなくなったことをハイドさんから報告された。流石に負傷者は出てしまったが、なんとか騎士団のみで作戦を練って倒してくれていたらしい。
本来であれば、ディーレの事も、俺の魔法の事も、もっとちゃんと考えて、調べなきゃいけなかったのだと思う。けれども、ハイドさんと過ごしながら、定期的に来るシュリやエイルと遊ぶ時間が幸せすぎて、そんな事は後回しになっていた。国も、俺がいても平和な日が続いていたからか、それ以上に調べることを二の次にしていた。
それでもきっと、この国が平和なままであれば良かったのだと思う。きっと平和であれば、俺が魔法を使うこともなかったのだろうから。
平和な時間が崩れたのは、俺が12歳になった頃だった。王宮から帰って来たハイドさんは、何故か機嫌が異常に悪かった。
「ハイドさん……? どうしたの?」
「あ、ラキ君……。あはは、仕事でちょっと腹の立つことがあってね」
「腹の立つこと……?」
「仕事の話はあまりここに持ち込みたくない。それよりも、楽しいことを話そう? そっちの方が気がまぎれるよ」
けれども、その理由は暫くしてすぐに明らかになった。ハイドさんのいない間に、数名の騎士がやってきたのだ。
「ラキ様、私達と一緒に来て頂けないでしょうか」
「えっ、でも……」
「ハイドには話を通しておりますので……」
そう言って、騎士の人達は俺を王宮へと連れて行った。案内されたのは、大きな机と沢山の椅子が並ぶ部屋だった。そこには、国王やダイナンさん、ゾルオ先生、それに沢山の騎士がいた。異様に空気が重く、こちらまで息苦しくなりそうな空間だった。
「陛下、連れてきました」
「ご苦労」
その瞬間、ハイドさんがバッと立ち上がって、少し泣きそうな顔でこちらを見た。
「何故、ラキ君が……」
「ハイド。お前が彼を可愛いがっているのは知っている。だが、国の危機なのだ。操る者の力を持つ彼本人の意見を聞いてみたい」
俺は、国王の近くの席に案内された。国王は、俺の様子をじっと見つめる。
「ラキと言ったか」
「は、はい……」
「私も、こんな幼い子供に酷なことを頼もうとしているということはわかっている。だが、同時に多くの血を流したくない。……国の一部が、隣国から攻撃されているのだ。頼む、操る者の力を貸して欲しい」
隣国から攻撃されているという状況を、俺はすぐに理解することができなかった。それ程までに、この国は平和だった。けれども、俺が力を貸す、つまり、俺が魔法を使うという事は、同時にローグを生み出すことでもあった。
俺は、ハイドさんをチラリと見る。ハイドさんは拳を握りしめて震えていた。ダイナンさんも俯いて、目を閉じていたいる。
と、ゾルオ先生が口を開いた。
「陛下、お言葉ですが、やはりそれだけ魔法を使うとなると、ローグの危険性が……」
「今回操る者の力をあえて使ってもらうことで、ローグ生成に関する調査もできるという話だっただろう。学者の間でもその意見は一致していたはずだが、何故そんなにも、おまえともあろう者がこだわる」
「しかし……」
「それに、この国の戦力は、ローグにやっと対応できるようになってきたとはいえ、まだまだ戦争のための戦力は足りていない。そうだろう? ダイナン」
ダイナンさんは、俯いていた顔をあげた。けれども顔は暗いままだった。
「……はい。普通に戦っても、皆死んじまうでしょう。情報を聞くに、見た事もない遠距離性の武器を使うとか、一瞬として全てを吹き飛ばしてくるという、まるで魔法のようなものを使ってくる、とか」
ダイナンさんはまっすぐこちらを見て、そして俺に頭を下げた。
「俺だって、ラキを戦場になんか出したくねえ。でも、今の騎士団は、盗賊やら国で起こる簡単な問題に対応できるレベルで、ようやくローグに対応できるようになったレベルだ。大勢で責められたら、俺もハイドも皆死んじまうどころか、この国の奴ら皆死んじまう。今であれば、まだ国の隅の方で、向こうが俺達の事を探ってるレベルだ。だから、ちょっと脅して追い返してくれるだけでいいんだ。頼む!」
ダイナンさんの言葉に俺は顔を上げた。騎士であるダイナンさんもハイドさんも、きっと戦いに行くのは避けられない。生きて帰ってこれる保障はない。寧ろ、生きて帰ってこられる可能性の方が低いのだ。
俺は、目を閉じて考えた。魔法を使う事で、ローグが沢山出るかもしれない。皆を傷つけるかもしれない。けれども、魔法を使わなければ、皆が死んでしまう。そんなの、答えは一つだった。
「俺、行きます」
そう言えば、何人からか安堵の声が聞こえた。当たり前だ。皆死にたくない。俺も、皆死なせたくない。
「感謝する。本当にありがとう」
「その代わり」
国王の御礼の言葉を受け取る前に、俺は条件を出す事にした。ローグですら簡単に倒せる魔法を使うのだ。きっとこれくらい余裕だろう。
「前に出るのは俺だけで。そんな作戦は、可能ですか?」
その言葉に、俺をあまり知らない騎士達はざわめいた。ハイドさんとダイナンさんは意味がわかったのか、前みたいに難しい顔をしていた。
「何故そんな事を?」
「危険な武器があるんですよね。俺、……神様に操られてた時の記憶でわかるんですけど、死なないんです。攻撃を受けても、無意識に跳ね返すというか……。報告にもあったかもしれませんが……」
「なるほど」
国王は、何かを考えるように腕を組んだ。結局今までもそうだった。魔法が使えるなら、俺が行けばきっと解決する。
「せ、せめて私だけでもラキ君と一緒に……」
「それは駄目。それだとハイドさんまで守らなきゃいけないでしょ? それだと動きにくいから」
今回は、きっと沢山動く必要が出てくる。俺は咄嗟に守れても、ハイドさんまで咄嗟に守れるとは思わない。風のバリアも、複数人を守るなら意識的にかけなければ、成り立たない。以前ハイドさんやダイナンさんにかけた風のバリアが成り立ったのは、ローグが何も考えずに人を襲い、動かなくて良かったからだ。
「わかった。私としても心苦しいが、それが最善策なのだろう。一人で行くことを許可しよう」
「ありがとうございます」
俺が言うと、国王が困ったような顔をした。
「感謝すべきは私の方だ。……許可しようなんて偉そうに言ったが、本来であればこちらが頼むべきことだ」
「いえ、俺だって皆を守りたいので」
「……凄い子だ。本当に」
国王はそう言ったが、魔法を使える俺ならきっと大丈夫だと思う。何度か戦って、神様のフリもして、もう結構慣れてきた。
「結局、ラキがいたら、全部解決しちまうんだなあ」
ダイナンさんがポソッと呟いた。けれども、今この状態でいられるのはそもそもハイドさんやダイナンさんを含む皆のおかげだ。だから皆のおかげだよ、なんて、ここでは言えないけど、後で伝えよう。そう思った。
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