43.お花と子供

「ラキ、久しぶりね!」


 そう言ってシュリが駆け寄ってくる。それすら久しぶりで、遠い昔のことに感じるのは、俺の周りの環境が劇的に変わったからだろうか。本来は親しくないはずのシュリとエイルとは、王宮では会えなかった。


「おー、ハイドの家に来んのも久しぶりだなあ! 10年ぶりぐらいか?」

「僕は初めてですね! ハイドおじさんはいつも来てくれるので」


 今日はダイナンさんも一緒だ。久しぶりに全員揃った感じがあり、なんだか懐かしい。


「それにしてもよ! ゾルオ先生凄いわよ! 私以上に真実を広めてるわ!」

「国に認めさせたのもゾルオ先生と聞きました。ここまで来ると、逆に色々と勘ぐってしまいますが……」


 エイルの言葉に、俺とハイドさんは顔を見合わせる。あの事は、まだ誰にも話すタイミングが無かった。

 ハイドさんがニコリと笑う。俺は嫌な予感がして逃げようとしたが、ハイドさんにしっかりと止められてしまった。

 案の定、ハイドさんにゾルオ先生との事を、全て話されてしまった。俺がなんて言ったかまで事細かに話すものだから、流石に恥ずかしくなってしまう。


「……なるほど。もうラキらしいというか、なんというか」

「ハイドさんが1発殴ったって言わなかったら、私が殴りに行ってたわよ! まあ、怒らないのがラキの良い所かもしれないけど……」

「と、いうのが客観的な考えだからね」

「は、はい……」


 シュリとエイルに呆れた顔をされて、俺は思わず目を逸らした。だって、ゾルオ先生は俺の事を考えてくれていたのは間違いない。結果、あんな事になってしまったけど、今が幸せだから余計に、もうどうでも良かった。


「まあ、ラキがこんな性格じゃなかったら、もう国は滅んでたかもしれねえがな! あんま溜め込み過ぎて、爆発すんじゃねえぞ! それこそ俺でも対処できねえ!」


 ダイナンさんにそう言われて、俺は頷いた。今でも不思議な感覚だ。俺が幸せに生きる事が、国を守ることになるなんて。


「それでは、時間も無いしそろそろ買い物に行こうか。ラキ君、もしかしたら辛いこともあるかもしれないけど、私達が守るからね」

「まあ、大半の奴はラキを怒らせちまったらやべえって噂になってるだろうからな! 喧嘩ふっかけてくるやつなんかいねえって!」

「それはそれでちょっと……」


 実際、王都に住んでいる人はクレアとマイタンの伝説を強く信じていて、しかもシュリとエイルの魔法を目にした人も大半だという。クレアとマイタンの再来ということで、大体的なイベントがあり、シュリとエイルが魔法を披露したからだ。

更に銀髪の神様という存在も広まっていたから、俺の存在も知られている。

 なので、昨日はカツラとフードを被って出かけたけれども、今日はイメージアップも含めて、そのままの姿で出かけるという計画だ。


「イメージアップなんて、できるのかな……」

「そんなに気負わなくていいよ。まずは普通の子だってわかってもらえたらいいんだから」

「そうよ! 私達と楽しくしてたらいいの! いつも通りの事をすればいいのよ!」


 そう言って、シュリは俺の手を握った。引っ張られるように、俺は外に出る。人通りの多い場所に出ると、俺達は一斉に注目を浴びた。


「ほら、行くわよ!」


 シュリが俺の手を引いて、周りの様子は関係なく、ぐんぐん進んでいく。誰かととすれ違う度に、楽しげに話していたはずの会話がスッと止まるのがわかった。ちらりとそちらを見ると、向こうもこちらを見ていたのか、スッと目を逸らされる。それが、あまり良くない理由であることは、なんとなくわかってしまった。


「ほら、ラキ! あそこに食器の置いてあるお店があるわ! 必要って話よね! 見に行きましょう!」


 と、シュリがとある一つの店を指差した。それは、如何にも高そうなお店で、入るのを少し戸惑う。


「シュリ、ちょ、ちょっと待って!」

「なによ。好みじゃなかった?」

「い、いや、そうじゃなくて……!」


 と、その時だった。何か大きなものが、俺にぶつかった。瞬間、冷たい何かの液体が、俺にかかる。見ると、5歳くらいの男の子が、ぽけーとしながら俺を見つめていた。更に別の足音が、俺に向かって走ってきた。


「うちの子が、すいません! あっ……」


 走ってきた女性は、何故か俺を見て青ざめた。そして、慌てて子供を引っ張って、地面に手と頭を付けて、土下座をする。


「あ、あの……」

「も、申し訳ございません!! せ、せめてこの子の命だけは……!」


 瞬間、俺がこの国の人にどう見られていたのかを理解する。俺はどうにも、人を簡単に殺すような人間と思われているらしい。


「えっと……。俺……」

「安心して! 彼はそんな事しないわ!」


 隣にいたシュリがフォローをしてくれるも、女性の震えは止まりそうにない。ぶつかった男の子も、泣きそうな顔をしていた。どうしたら、元気つけられるだろうか。


「そうだ。ねえ、シュリ! お花沢山出せる? 植えなくていいから、種じゃなくて、もう咲いてるやつ!」

「なるほどね! まかせて!」


 シュリは魔法で、色とりどりの花を出した。その一部は風で散らばり、立ち止まって俺達を見てる人達も、感嘆の声を出す。


「きれー!」


 泣きそうになっていた男の子も、今は目をキラキラさせてそれを見ていた。俺はその一部をシュリから受け取り、二人に渡す。


「あの、これ! どうぞ! 俺は訳あって魔法使えないからシュリの魔法だけど……」

「あ、ありがとうございます……! ……!?」


 やっと顔を上げた女性は、何故か俺を見て目を見開いた。


「これが、神様……」

「あ、いえ! 俺は神様じゃなくて……」

「ママ、お花綺麗だねえ」


 そう言って女性に笑いかける息子を見て安心したのか、その女性にもようやく笑顔が零れた。


「本当にありがとうございます! あ、あの、お洋服が……」


 見ると、ジュースでも溢したのか、俺の服は一部べっとりと濡れていた。


「こんなの洗えば大丈夫だから気にしないでください!」

「でも、そういうわけには……」

「丁度これから、新しい服を買いに行く予定だったので大丈夫ですよ」


 後ろで見ていたハイドさんが近付いて、俺の代わりにそう言ってくれた。


「で、でも……! あ、そうだ! それならせめてこのパンとか……。あっ、流石にこんなのいらないですよね……」


 女性が持っていた籠から取り出したのは、真っ白の良い匂いがするパンだった。お城では食べれていたとはいえ、何度食べても美味しくて、しかもお城のよりも良い匂いがした。


「ふふっ。ラキ君、せっかくだし貰っとくかい?」

「えっ、でも、えっ……」

「い、いります……?」


 恐る恐る差し出されたパンを、俺は受け取る。そのパンはお城で出たのよりも暖かくて、思わずかぶりついた。


「美味しい……」

「……本当に、普通の子供なんですね」


 女性は、マジマジと俺を見た。


「普通の子供ですよ。ほら、ラキ君、お礼言わなきゃ」

「そうだった! お姉さん、パンありがとう! 凄く美味しい!」


 そう言うと、女性は嬉しそうに笑った。ちょっとはイメージアップできただろうか。そうであれば良いのにと、俺は願った。

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