42.愛情とエゴ
その後、ハイドさんはゾルオ先生の拘束を解き、巻き戻ってから今までの事を話した。俺が巻き戻っていたこと、ゾルオ先生が嘘を付けないように真実を先に見つけようとしたこと。そして、見つけた真実が隠されないように、神を装って真実を公表した事。
ハイドさんも、真実を話すことはためらわなかった。きっと、流石にハイドさんもゾルオ先生が嘘をついているとは思わなかったのだろう。
「……そうですか。それでは、ラキは本当に巻き戻って……」
「ええ。なので、私達はラキ君から聞いた巻き戻る前の情報を元に動いていました。ある意味あなたのおかげで、真実を国中に公表することができましたがね」
ハイドさんの言葉がとげとげしいのは、恐らく気のせいではないだろう。ゾルオ先生に向ける視線も、冷たいままだった。
「……わかりました。私も問題解決に、全面的に協力しましょう。言葉ではなく行動で示す。それが、信頼の回復には一番でしょうから」
けれども、ゾルオ先生は穏やかに言った。
「……定期的に、監視はさせて頂きます」
「ええ、勿論。言われたものは全てお見せしますし、結果も示してみせましょう。それに、必要最低限しか、ラキには近づきません」
「えっ、そこまでしなくても……」
俺の言葉に、ゾルオ先生は首を振る。
「いえ。これはあくまで私のけじめでもありますから。それに、結果でも出さないと、彼が認めてくれないでしょう」
そう言って、ゾルオ先生がチラリとハイドさんを見た。ハイドさんは、態度を崩す様子はない。
「それでは、まずは国に真実を認めさせることから始めましょうか。真実を証明することが、学者の仕事ですから」
そう言って、ゾルオ先生は立ち上がり、部屋を出ようとする。
「ゾルオ先生!」
俺は、思わず呼び止めた。
「あの、ありがとう!」
「まだ御礼を言うのは早いですよ。それに、御礼を言いたいのはこちらの方ですから」
ゾルオ先生は俺に跪き、そして手を取る。
「私は、国に両親の研究を認めさせるために頑張ってきました。クレアとマイタンが神でないことを証明するために。ラキは、クレアとマイタン、そしてディーレが人であることを証明できる存在となる。ある意味、あなたは私にとっての神様ですから」
そう言って、ゾルオ先生部屋を去った。ドアが閉まった瞬間、ハイドさんは大きくため息をつく。
「あ、あの……。ハイドさん……? 俺……」
俺がハイドさんの顔を覗き込もうとした瞬間、俺はハイドさんに強く抱きしめられた。
「ごめんね。私は、やっぱりゾルオ先生を許せそうにない。ラキ君が許すと言っても」
「えっと……」
「こんなに感情的になるつもりは無かったんだ。けど、私はラキ君があの過去で苦しんできたのは知っていたからね。それを、愛情という言葉で片付けられるのは、とても腹立たしかったんだ……」
俺は何も言わず、ハイドさんの服を掴み、抱きついた。ハイドさんがこんなに怒ってくれるのに、こんな気持ちは不謹慎かもしれない。でも、俺のためにハイドさんがここまで怒ってくれた事が、どうしようもなく嬉しかった。
「ハイドさん、ありがとう。俺の代わりに怒ってくれて」
「ラキ君……」
いつものように、ハイドさんは俺を撫でてくれる。それが、心地良くて俺は目を閉じた。
「ラキ君、これだけは覚えておいて。愛情というのは、相手が幸せを受け取って初めて成り立つものだからね。相手の気持ちを置いてけぼりにした感情は、愛情とは呼ばないよ。ただのエゴだ」
「俺が幸せを受け取る……」
それならば、俺が今幸せを感じているのは、ハイドさんのおかげだろうか。ハイドさんが俺に沢山愛情をくれているからだろうか。
「ハイドさん」
「ん?」
「俺に、本当の愛情を与えてくれてありがとう」
そう言えば、ハイドさんは嬉しそうに笑った。
俺もつられて笑った。
それから一か月もしないうちに、国はクレアとマイタンが記した内容を、この国の事実として認めた。クレアとマイタンの伝説に関しての第一人者であるゾルオ先生が、必死に動き回ってくれた事が大きかったらしい。
だからといって今の国の体制が大きく変わるわけではなかったが、少なくとも操る者である俺が普通に生きていける世界が議論されることとなったらしい。ディーレに関しても、俺をヒントに探っていくこととなった。
俺はといえば、基本的に魔法は禁止。今後生まれるローグに関しては、騎士団が倒し、本当にローグが現れないか様子を見ることは継続する。同時に、今の騎士団の戦力の底上げと拡大も進めるという。
そしてもう一つ嬉しいことが一つ。ずっと王宮に閉じ込められていた俺も、ようやく外に出ることができるようになった。正確には、住処をハイドさんの家に移すこととなった。ゾルオ先生が、閉じ込めていては逆に健康に悪く、健康に害があると無意識に魔法を使ってしまう可能性があると訴えてくれたからだ。実際、俺が熱を出した時に無意識に魔法を使ってしまったことはゾルオ先生にしか伝えなかったが、ゾルオ先生がそれっぽい理屈で示してくれたらしい。
「……それを聞くと、ゾルオ先生に感謝しないとだね」
「それくらい当然です。ラキ君に酷いこといっぱいしたんだから、それぐらいやってもらわないと」
今でも、ハイドさんはゾルオ先生に相変わらず冷たい。けれども、それとこれとは別なのか、定期的に情報交換はしているようだ。なんだかんだ、ハイドさんもゾルオ先生を信頼しているのではないかと見えることもある。
「それにしても、ハイドさんの家、楽しみだな」
「あはは、本当に何にも無いよ。……ほとんど家に帰ってなかったから」
ハイドさんの家は、お城からすぐ近くにある一軒の家だった。中に入ると、確かに俺が家族と過ごしていた家よりは大きかったが、誰も生活していないかのように何もなく、机も棚も埃を被っていた。けれども、豪華なお城よりもハイドさんと一緒に住むという感じがして、なんだかワクワクした。
「……ラキ君が来るなら掃除でもしとけばよかったかな。ちょっと埃っぽいね」
「俺、掃除するよ! これから俺も住むんだし!」
「ありがとう。でも、その前に色々と買い揃えないとね。国からラキ君に使うためのお金も貰えてるから、好きなものを買えるよ」
俺を監視することが仕事となったハイドさんは、今も仕事として俺といるらしい。嬉しい仕事だとハイドさんは笑っていたし、俺も、ハイドさんがなかなか仕事で帰ってこない日もあると聞いていたから、嬉しい誤算だった。
「ちなみに、ラキ君専用の部屋もあるよ。私の部屋の隣だ」
「ほんとに!?」
「行ってみる?」
「うん!」
俺は2階にある1室に案内された。そこには、机が1つあるだけの、本当に何もない部屋だった。けれども、ハイドさんの家に俺の居場所ができたみたいで、なんだか嬉しかった。
「これからいろいろ揃えて行こうね」
「うん! ハイドさんの部屋は?」
「こっちだよ」
そう言って、ハイドさんは隣の部屋を開けた。流石にハイドさんの色々な私物が置いてあったけれども、それも最低限だった。
「ほとんど帰ってないからね。報告書を書いている時とかはここにいると思うけど、好きな時に入ってきていいよ」
「わかった! あの部屋は?」
俺は、残りの1部屋を指差した。
「あそこは寝室。二人でも十分に寝れるベッドがあるからね。ラキ君さえよければ、もう暫く一緒に寝てくれるかい?」
「いいの!? 俺もハイドさんと一緒に寝たい!」
宮殿の客間でも、ハイドさんと一緒に寝ていた。それに慣れすぎて、今日から一人で寝てと言われると流石に寂しい。
「あはは。何歳までそんな事言ってくれるかなあ」
「どういうこと?」
「そのうちわかるよ。その時には、新しいラキ君用のベッド買おうね」
「う、うん……?」
俺はハイドさんの言葉に疑問を感じながらも、寝室の扉を開けた。そこもやっぱり何にもなくて、大きなベッドが一つ置いてあるだけだった。
「さて、今日は最低限の必要品だけ買って来ようか。明日はシュリさんとエイルも遊びに来るから、明日に備えよう」
「そうだね!」
明日は久々に二人に会える。あの作戦から、久しく会っていなかった。
魔法を使えるもの同士、年の近いもの同士交流させる。それもゾルオ先生の配慮の一つでもあった。
こんな幸せな時間がいつまでも続けば良いのに。そう願ってやまなかった。
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