41.悪者と許すこと
「私がラキを引き取ったのは、下心があったのは事実です。ただしそれは、決してディーレを復活させるためではありません。クレアの魔法の一部しか使えないラキを調べることで、何か新たな真実が明らかになるのではと思ったからです。……勿論、根本的な理由は親の研究を国に認めさせるためでしたが。ただ……」
ゾルオ先生は、俺を見た。
「……こんなことをしていて信じて貰えるとは思えませんが、私自身と重ねていたのも事実です。突然親がいなくなってしまって親からの愛情を受けられなかった私と、親から愛情を与えられていなかったラキと。だから、私がまだ両親がいた頃与えられていた愛情を、ラキにも与えたかったのです」
その言葉に、胸が大きく鳴る。ゾルオ先生は、初めから俺を利用するために優しくしてくれたわけではなかった。その事実に、動揺を隠せなかった。
そんな様子をハイドさんが見たからなのか、俺をそっと引き寄せた。
「ラキ君。気軽に信じてはいけないからね」
「う、うん……」
そんな俺達を見て、ゾルオ先生は申し訳なさそうに俺を見る。そして、ゆっくり口を開いた。
「……それから暫くして、シュリさんとエイル君二人も魔法が使えることが判明しました。魔法を使える人間が3人いるという事実から、様々な文献を調べました。庶民で人気のある物語からヒントを得て、そこからタリーさん、そして、タリーさんのおばあさまのスティ様にたどり着きました」
「彼女から、今回私たちが公表したのと同じ真実を聞いたのですね」
「その通りです……」
これは、俺達の予想通りだった。
「何故、お父さん……。ううん、ゾルオ先生は、ディーレを復活させようとしたの?」
「……私は、ラキにそんな事実を教えることはできませんでした。だから、手紙の存在は隠し、国に協力を求めようとしました。……案の定、根拠もない情報を信じては貰えませんでしたが。他の研究仲間に相談しても、ラキを地下牢に閉じ込めて証明するしかないと言われ、更に、真実となればラキを殺す方法を探さなければならないとまで言われました」
ハイドさんが俺を抱きしめる腕が強まった。きっと、ハイドさんは心配してくれているのだろう。だから、俺はハイドさんを安心させるために言った。
「ハイドさん、心配しないで。今はそんな事にはなってないし、それに、俺がディーレと同じって言われちゃったら仕方ないよ」
「ラキ君……」
「仕方なくはありません! ハイドと言いましたね! あなただって気持ちはわかるでしょう! ラキがそんな目に合うなんて、おかしすぎます!」
突然、感情的になったゾルオ先生に、俺はまた少し動揺してしまった。何故、そんなにもゾルオ先生は怒っているのだろうか。
「……それで? それが何故ディーレを復活させることに繋がったのですか?」
ハイドさんは、冷静にゾルオ先生に尋ねた。動揺する俺とは反対に、ハイドさんがゾルオ先生を見る目は、まだ俺でも怖いほど、冷めきっていた。
「私は、ラキを酷い目に合わせたくはなかった。どんな時も、まっすぐ、疑いも持たずに私を慕ってくれるラキが、気付けば可愛くて、愛おしくて、本当の自分の子供のような存在になっていました。ラキは、私のために文字を覚えるとも言ってくれるような子でした。勿論、真実を知られたくは無くて、教えませんでしたが。……私は一人で調べました。けれども、解決策は見つかりませんでした」
「……ラキ君、これ以上は聞かなくてもいい」
「で、でも……」
ハイドさんは、何故か怒っていた。ハイドさんは、ゾルオ先生の意図がわかったのだろうか。俺は、ゾルオ先生からの思いが、未だに理解できないというのに。
「俺、大丈夫だよ。俺の存在が受け入れられるわけではないのは、わかってるから」
「そうでは、無くてね……」
「ゾルオ先生、気にせずに続きを話して。俺、ちゃんと知りたいから」
俺がそう言えば、ゾルオ先生は懐かしそうな目で俺を見た。ハイドさんはそれ以上何も言わなかった。俺を抱きしめる腕は、何故か震えていたけれども。
「……ありがとうございます。ラキ。ここからは、私の言い訳程度に聞いてください。私は、何もしなければラキはディーレのようになって、世界を滅ぼしてしまうかもしれないと考えました。優しいラキは、そんな事は望まない。けれども事実を伝えても、ラキはきっと苦しむ。その頃には、私は国を、いや、この世界にある者全てを恨んでいました。両親だけでなく、ラキまで苦しめるこの世界は、もういらない。もういっそのことディーレによって滅べば良いと思いました。だから……」
「だから……、だからラキ君を使って復活させたと……」
「はい。そしていっその事、私が悪者になれば良いと思ったのです。私が悪者になって私の意思としてディーレを復活させ、ラキを騙した事にして、ラキにすら恨まれてしまえばいいと。それならば、ラキは自分が世界を滅ぼす存在だとわからないまま死んでいく。そうすれば、ラキは悪者にはならず、きっと、ラキにとっても、それが一番幸せなんじゃないかと……。まさか、その記憶を持って、まるで時間が巻き戻ったかのようなことが起こるとは、思いませんでしたが……」
それを聞いて、俺の目からは気づけば涙が流れていた。
俺のためだった。俺のためにゾルオ先生はディーレを復活させて悪者になろうとしたのだ。
俺にくれた優しさは偽物ではなかった。ゾルオ先生は最低なことをしたはずなのに、何故か嬉しくて仕方なかった。
瞬間、ガン、と、大きな音がした。ハイドさんが、ゾルオ先生を殴ったと気づいたのは、縛られた椅子ごと倒れているゾルオ先生を見た後だった。ハイドさんは、今まで見たことが無いほど、怒った顔をしていた。
「……殴られるのはごもっともです。私は……」
「あなたは、ラキ君の事なんて何もわかってはいない! 愛しく思っていただなんて嘘だ!」
ハイドさんの声は低く、俺さえ震えてしまうほどだった。
「そ、そんな事は……! 私は、こんな馬鹿な事はやりましたが、ラキ君の事を思うからこそ……!」
「それが、ラキ君の事をわかってはいない証拠だ。ラキ君は……」
ハイドさんは、ゾルオ先生の胸倉を掴む。
「ラキ君は、あなたを一度も恨んだことは無い。ラキ君は、自分自身を責めていた!」
「……っ!? ラキ! それは何故……!」
何故と言われて、俺は動揺した。確かに、皆からおかしいと言われていた気がする。でも……。
「だ、だって、ゾルオ先生がそんな事思ってくれてるって知らなくて、あの、ゾルオ先生に騙されたのは、俺が馬鹿だったからかな、って……。そう言ったら皆に怒られたから、今は不運だったって思うようにしてるけど……」
そう言えば、ゾルオ先生は大きく目を見開いた。
「何故です!? 私が憎くなかったのですか!? 大切に育てるふりをして、あなたを騙したのですよ!」
「で、でも……」
「ラキ君を見てわからなかったのか! ラキ君は、本当にあなたを憎んでいない! そういう子だって、何故気付かなかったのか!」
ハイドさんは、何故か震えて今にも泣きそうだった。
「ラキ君は、ずっと自分を責め続けていた。一人で、次は騙されないように、同じことが起こらないように、頑張っていた……! あなたに植え付けられた、あなたを見ると息ができなくなるほど苦しいトラウマを持ちながら……! そのトラウマでさえ、あなたにされた事ではなく、自分がしてしまった事への後悔ばかりだった……!」
こんなに怒ったハイドさんは見たことがなかった。ゾルオ先生が言った思いも、十分に衝撃だった。それよりも、俺の事でこんなにも感情的になるハイドさんを、俺もどうしたら良いのかわからなかった。
ハイドさんが、戸惑う俺をチラリと見た。そして、また一歩ゾルオ先生に詰め寄る。
「今のラキ君を見てもわかるでしょう。ラキ君は、ここまでされても誰も責めない、それどころか、あなたの生い立ちを聞いて、巻き戻ったことを話してあなたの事を話せば、あなたが殺されてしまうのではないかと心配していました。ラキ君は、皆が呆れるほど暖かくて、優しい子だ!」
「そんな……。ラキ……。いえ、その通りです……。ハイドの言う通りです……。本当に……、なんて勝手な事を……。本当に……、申し訳ありません……」
何度も俺に謝るゾルオ先生を見た。俺は、そっとゾルオ先生の頭を撫でる。
「ゾルオ先生は……、お父さんは、俺を……、ちゃんと愛してくれていたの……?」
「……っ。はい……。はい……! 一方的な、独りよがりの愛情だったとは、思いますが……」
「じゃあ泣かないで。お父さんも、辛かったんでしょ? 俺、甘えてばっかりで、自分の事ばっかりで、お父さんの思いに気付けなくって、ごめんね。王都に来てどうすればいいかわからなかった俺を助けてくれて、いっぱい俺の事を考えてくれて、ありがとう」
「そんな、私は……。私は……」
ずっとゾルオ先生の頭を撫でている俺の傍に、ハイドさんは座った。
「ラキ君。彼をお父さんと呼ぶのなら、もっと怒ってもいいんだよ。辛かったって。苦しかったって。だって、ラキ君は……」
「ううん、もういいんだ。ハイドさんが俺の代わりに怒ってくれたから、大丈夫。それに、皆のおかげで、もう辛くないから。それに、もうゾルオ先生を、お父さんって呼ぶのはこれで最後にする。だから、許すんだ」
ゾルオ先生が、俺を守ろうとしてくれていた気持ちは、痛いほど伝わった。けれども、同時にまだ不安に思ってしまう俺もいた。きっともう、許しはしても、ゾルオ先生の事を無条件に信じられない。
「ありがとう。さよなら、お父さん」
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