40.記憶と証明
ハイドさん曰く、国はやはり大混乱となっているらしい。
貴族達はやはりクレアとマイタンが記したことを偽物だと言って認めようとはしなかったが、下位貴族や平民もいる騎士団、真実を追い求める学者、そして学校の生徒達へと噂は広まっているという。
シュリやエイルも、積極的に広めてくれているらしい。
「上位貴族達は、あの手この手で現状維持に走ろうとするだろうけどね。一方で階級を持たない人達にも広まっているから、国王陛下も頭を悩ませているみたいだ。しかも神から伝えられたとなると、既に一部の上位貴族たちは、自分がどういう立場でいれば良いか、考えているようだよ」
そう言って話すハイドさんと、俺は王宮の客間の窓から外を眺めていた。
ハイドさんは、俺の世話役兼監視役として任命されているという。
ただ今は、俺が魔法を使わなかったら本当にローグが生まれなくなるのか試すということで、良くも悪くも何もすることが無かった。
けれども、今日は一人、来客がある。
研究という名のもと、ハイドさんがゾルオを呼んでくれていた。
俺が会いたいとお願いしたからだ。
ゾルオはあの日、泣いていた。
ゾルオはまだ、国が滅ぶことを願っているのだろうか。
出来れば、思っていない事を願う。
お昼過ぎ、部屋がノックされた。
どうぞと言えば、ゾルオが恭しくお辞儀をし、入って来た。
「本日は、一対一でお話しする機会を頂きありがとうございます」
「あ、あの! そんな丁寧に対応してもらわなくても……」
「いえ、私がそうしたいのです。神は私の心を救って頂いたので……。その神が入っていたお体の持ち主を、無下にすることなどできません」
この調子で、ゾルオは俺を神と同等の扱いで接してきていて、慣れない。
始めは俺を油断させるためかとも思ったが、嘘をついているようには見えなかった。
それは、ハイドさんも同じ見解だった。
「それで、本日呼ばれた理由というのは……」
俺は、ハイドさんの顔をチラリと見る。
ハイドさんは、大丈夫だよと俺の肩に手を置いた。
「あの……。俺が神様から操られていた時の事なんですけど……」
俺が時間を巻き戻してここにいるという事実はまだ伏せている。
神という存在との辻褄が合わなくなるためだ。
だから、今日は敢えて別の聞き方で探ってみることにした。
「神様、ゾルオ……、先生を、避けているような感じがあって……」
そう言えば、何か思うところでもあったのか、ゾルオは大きく目を見開いた。
そして、何故か悲しげに笑う。
「神は、きっとご存じだったのでしょう。私が、神を、クレアとマイタンを嫌っていたことを……」
「クレアとマイタンの伝説の知識に関して、上に出る者はいないと言われるあなたが、ですか?」
ハイドさんが、ゾルオの過去を知らないふりして尋ねる。
「はい。嫌いだからこそ、学者として調べていたのです。伝説なんて嘘っぱちだ。クレアとマイタンなんて、国が権威を主張するために作り上げたものだと証明するために。なので、シュリさんとエイル君が魔法を使えるとわかった時は愕然としましたが……」
ゾルオは、窓越しに空を見上げた。
「まさか、嫌っていた神と、クレアとマイタンの残したものによって、真実が明かされるとは思ってもいませんでしたよ」
「……何故、そんなにも嫌っていたのでしょう」
ハイドさんからの質問に、ゾルオはふっと笑った。
「あなたは、既にご存じなのではないのですか? 国王の下で働くあなたの事ですから、既に調査済でしょう。私の両親のことを……」
「……直接手をくだしたわけではありませんが、無実の方を、その時は本当に申し訳ございません」
「謝らないでください。どちらにせよ、直接手をくだした方も、前国王の命令には逆らえなかったはずです。……私は、一部の貴族が嘘だと言いたいクレアとマイタンの残した真実を、しっかり真実として広めるつもりですよ。そして、いつか私の親の研究を、広めたいと思っています。きっと、それが国のためになるはずですから……」
ゾルオは、ずっと空を見ていた。
両親の事を思っているのだろうか。
彼が、ディーレを復活させた人物と同じだとは思えなかった。
「……ゾルオ先生は、国の事を恨まなかったんですか? その……、ディーレを使って滅ぼしてやりたい、とか……」
俺は、ゾルオに尋ねた。
ゾルオは、驚いた顔をして俺を見る。
「いえ、確かに国の事を恨まなかったかと言われれば、嘘になります。確かに、真実を知った時、沢山恨みました。けれども滅ぼしてやりたい、とまでは……。神があなたに、何か告げられたのですか?」
俺も、ゾルオを見た。
ゾルオは、まっすぐ俺を見ていた。
ゾルオ先生は、巻き戻る前に俺に嘘をついた人だ。
だから、今の言葉もまた嘘なのかもしれない。
けれども、やっぱり嘘をついているようには見えなくて、少し混乱する。
ゾルオは、ただ親の研究を認めさせたい、それだけを願っているようにしか見えなかった。
俺と会わなかったから、何か変わったのだろうか。
俺と出会ってから、ゾルオの歯車が狂う何かがあったのだろうか。
巻き戻る前のゾルオと話したい。
俺は、気づいたら、そう願ってしまっていた。
と、突然ゾルオの体が光に包まれた。
それは、魔法を使った感覚にも似ていて、けれども俺ですら、何が起こったかわからなかった。
「これは……」
光が収まっても、ゾルオは暫くぼんやりとしていた。
「ラキ君、ゾルオ先生に何か魔法をかけた?」
「えっと、そんなつもりはなかったけど、ただ……」
と、その瞬間、ゾルオが床に座り込んだ。
じっと自分の手を見つめて、口を開けては閉じていた。
「この……、記憶は……」
その瞬間、ハイドさんは俺を引っ張り、ドアの傍へと連れて行った。
ハイドさんはドアを塞ぐように立ち、剣に手をかける。
「ラキ君。巻き戻る前のハイドさんと話したいって願った?」
「えっ、うん……。あっ……」
まさかとは思った。
けれども、クレアとマイタンの残した文にもあった。
魔法は、生き物にも有効だと。
クレアは、俺達を未来に作った。
もし俺が、ゾルオの記憶を、巻き戻る前のものに無意識に作り替えたとしたら。
「ど、どうしよう……。俺……」
「ち、違うのです……! ラキ、なんで……。あなたは、あなたはこの記憶を覚えていると言うのですか……!」
俺は、ハイドさんにぎゅっとしがみついた。
ゾルオは、今の記憶と前の記憶、2つを持っているようだった。
けれども、俺の名前を呼ぶ声は、巻き戻る前のゾルオとまったく同じだった。
「知って、いるのですね……。私はなんてことを……。何故、そんな……。時間が巻き戻ったとでも言うのですか……!」
「言いなさい。あなたはディーレを復活させた。……ラキ君を騙して。それは事実か」
ハイドさんは、強い口調でゾルオに問いかける。
ゾルオは、辛そうに、苦しそうに顔を歪めた。
「はい、その通りです……。私はラキを、ラキを騙しました……。私は……」
抵抗もしようとしないゾルオに、ハイドさんはゆっくりと近づいた。
そして、ゾルオが動けないように、縄で椅子に括り付ける。
その間、ゾルオは一つも抵抗はしなかった。
ただずっと、涙を流し続けていた。
「理由を言いなさい。私としては、ラキにした事を考えると今すぐにでも殺したいぐらいですがね。恐らく彼が望みはしないでしょうから」
ハイドさんは、俺をチラリと見る。
動けそうにもないゾルオに、俺も恐る恐る近づいた。
「言い訳にもならないような、馬鹿げた話しかできません……」
「教えて。俺も、あなたがどんな思いで生きて来たかなんて。知らなかったから」
俺は、ゾルオを見る。
こんな弱々しいゾルオを見たのは初めてだった。
俺にとってゾルオは、無条件に助けてくれるような、そんな人だったから。
「初めから、国を滅ぼすために引き取ったわけじゃなかったの? ……お父さん」
「……お父さんと、呼ばれる資格はもう私にはありません。ただ、ただ私が愚かだっただけなので……」
そう言って、ゾルオは巻き戻る前の日の事を話し始めた。
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