39.神様と幸せ
血土の前でトラスの森に来るように伝える作戦は、想像以上にあっさり上手くいった。
最初は、国王も騎士団も学者も皆動揺していた。
俺が裏で再生して目にすることのなかった真っ赤な本物の血土があって、更には噂の“銀髪の神様”が立っているのだから。
けれども目の前で再生し、クレアとマイタンが残したものを知りたければトラスの森に来いと言えば、大半の人間が宝物でも見つけに行くような、期待に満ちた表情をしていた。
国王を含む全員が俺に跪いていたのだが、後でハイドさんが教えてくれたことによると、国王が跪くのは俺が神と信じ切っているかららしい。
想像以上に、作戦は上手くいっているという。
トラスの森は、先に調査に入られないように道を事前に塞いだ。
岩の扉も念のため閉じておいたが、シュリ発案の計画もあり、岩の扉は恐らく使わない。
俺は、トラスの森の入り口の前で深呼吸する。
そろそろ、皆が、国王を含む集団が来る頃だ。
遠くから、足音が聞こえる。
先頭に、ダイナンさん率いる騎士団。
その後に、馬車が数台。
ゾルオを含む学者と、国王、シュリとエイルが乗っているという。
一際豪華な馬車の隣には、ハイドさんが馬車を守るように付き添っていた。
今日は、ハイドさんは傍にいない。
一人でやらなくてはいけないのだ。
大丈夫、皆を守るためだ。
そして、クレアとマイタンの意思を繋ぐため。
真実を伝えるため。
全員が馬車を降りて近づいてくるのが見えると、俺は草木を分け、大きな道を作った。
まるで森を切り裂くような魔法に、皆が息を吞むのが聞こえる。
その様子を確認すると、俺は何も言わず、作った道を歩き出す。
そうすれば、ざわめきながらも、皆ぞろぞろと俺について来た。
そして、岩の前に着くと、ディーレの封印と同じ結晶の存在に皆動揺した。
この結晶はシュリとエイルに事前に作り直してもらったものではあるが、その結晶の封印を再び解く。
そして、俺は岩を真っ二つに割り、外にいる全員が刻まれた文字を見ることができるように、ゆっくりと開いた。
これは、シュリが考えた演出だ。
「ゾルオ」
俺は名前を呼ぶ。
「は、はい! なんでしょうか……」
ゾルオは、まさか呼ばれるともおもっていなかったのだろう。
恐る恐る集団の中から出て来た。
見た目も何も、俺の知ってるゾルオと変わりなかった。
けれども、もう全く怖くはない。
「古語を読めるだろう? これを読み、そしてみなに伝えろ」
ゾルオが、以前シュリが読んでくれた文章を、そのまま読み始める。
最初は黙って聞いていた人たちも、暫くするとどういうことだとざわめき始めた。
「けれども、王は事実を捻じ曲げた」
その文が読まれたとき、現国王の顔は青く染まっていた。
けれども止めろとは言われなかった。
ハイドさんやダイナンさん曰く、ゾルオの親を殺した前の国王とは打って変わり、温厚な人らしい。
だから、ふざけるなと騒ぐこともなく、ゾルオの言葉を黙って聞いていた。
「……憎しみの無い世界で、操る者が、ディーレが幸せになる世界を作って欲しい。クレア、マイタン……。これは……、これが事実なら……」
ゾルオも最後の文章を読む頃には、声が震えていた。
ここにいるのは、国を動かす人たちだけではない。
騎士団に学者。
どれだけ口封じをしても、真実は広まるだろう。
けれども、もう一押し。
「今私は、この体の持ち主を操っている。この国が、事実を捻じ曲げたからだ」
俺が話すと、皆一斉に静まり返った。
「本来であれば、この体の持ち主に操る者の力が宿るはずだった。けれども今の状況では、ディーレの二の舞になるだろう。だから、私がこの体を操った」
「あなた様は、いったい……」
ゾルオの質問に、俺は笑って見せる。
「この世界では、私の事を神と呼ぶそうだ」
俺がそう言うと、皆跪いた。
不思議な光景だった。
ハイドさんもダイナンさんも俺に跪いているのだから、なんだか変な感覚だ。
けれども俺は、俺のやるべきことをやらなければいけない。
「私はここで、この体の持ち主に、体を返す。いいか、聞け。クレアとマイタンから引き継いだ試練を解決するのだ。そうでなければ、この国はクレアとマイタンの力を引き継いだ者がいたとしても、滅びるだろう」
今起こっていることは、神から人へ与えられた試練ということにした。
これはある意味脅しだった。
けれども半分は事実だった。
きっと、シュリもエイルも俺を封印してくれない。
ならば、力をどうにかしないと、きっと国は滅びてしまう。
「神よ、質問を許しては頂けませんか」
国王が顔を上げ、言った。
「……許そう」
質問が来ることは想定していた。
けれども、答えられないものであれば、言えぬと一言だけ言えばいいという作戦だった。
「何故、神は我々にそのような試練をお与えになったのでしょうか」
台本にはない質問。
だから、本来は言えないと言えばいい。
けれども、ふと頭に、一つの答えが浮かんだ。
俺は、ゆっくり口を開いた。
「人がみな、人自身の手で、幸せになるためだ」
俺が封印されたら皆が不幸になる。
それは、シュリが俺に言ってくれた言葉。
きっと、伝説と言われたクレアとマイタンも、悪者にされたディーレも、皆不幸だった。
俺だって、俺に優しくしてくれた皆が、クレアとマイタンみたいな思いをするのは嫌だ。
伝説の中では、皆が幸せではなかった。
「達成できるよう、尽力いたします」
国王が頭を下げる。
良かった。
きっと、言葉は届いた。
もう一つ、伝えたい事があった。
俺はゾルオのほうを向く。
「ゾルオ」
「は、はい!」
俺を騙して笑っていたゾルオでさえ、緊張して俺に跪いているのは、不思議な感覚だ。
ゾルオは俺を、今はどんな風に見ているのだろうか。
俺は、ゾルオに笑いかける。
「私は、私が決めた者以外に自然を操ることを禁止した記憶は無い。愚かな人が、勝手にそうさせただけだ」
「あ……」
ゾルオの目が、大きく見開いた。
そして、涙を流して、そして地面に頭をつける。
「ありがとう……、ございます……」
そろそろだ。
そろそろ作戦が終わる。
「この体の者を預けたい者がいる。……ハイドよ」
俺は、ハイドさんを呼ぶ。
「はい」
「おまえが心優しい者だと私は知っている。操る者を守るのだ。おまえなら、守れるだろう」
「ありがとうございます。命に代えても、お守りします」
ハイドさんは、心から嬉しそうに笑った。
その表情に、俺も嬉しくなる。
「ハイド。こちらに来い」
「かしこまりました」
ハイドさんが、俺の傍にくる。
それだけでも、安心してなんだか力が抜けそうだ。
「それでは、見守っているぞ」
そう言って、俺は体の力を抜いて倒れこむ。
ハイドさんが俺を支えてくれる。
その瞬間、一気に緊張が解け、疲れが襲ってくる。
いっそのこと、このまま眠ってしまいたい。
ハイドさんに、ゆっくり抱きかかえられる。
俺はそのまま、眠りに落ちた。
それから気づいたら俺は王都にいて、色々と質問を受けた。
設定としては、なんとなく操られていた間の記憶はあることにはしている。
だから、魔法もある程度使えることにもして、少しだけ使ってみせた。
ただ、神様の考えは何もわからないことにした。
とにかく困ったらハイドさんにしがみついて怖がっているふりをすればいいと言われていたのでそうしていたら、その日は解放された。
「なんだかわからないけど、ハイドさんといると凄く安心するんだ」
俺がそう言えば、神の言葉もあって、二人は一緒にいた方が良いと判断したのか、ハイドさんと一緒の部屋で休むこととなった。
用意されたのは、王宮の客間で、違う意味で緊張はしてしまったが。
「ふふっ、こういう場所は初めてかい?」
「うん。お布団がすごくふかふか……」
「きっと暫く忙しいだろうからね。ゆっくり休むといいよ。明日も大変だろうけど、おかげ様でラキ君と気兼ねなく一緒に入れそうだ」
「俺、神様ちゃんとできてた?」
そう尋ねると、ハイドさんは頷いて、そしてゆっくり頭を撫でた。
「国王陛下からの質問の答え。『人がみな、人自身の手で、幸せになるためだ』って、作戦にもなかった言葉でしょ。その時、作戦関係なしにラキ君が神様に見えたよ」
「えへへ。良かった。ふと思いついたんだ」
そう言うと、ハイドさんは優しく笑った。
「凄く良い言葉だと思うよ。それに、その言葉がラキ君から聞けたのが、とても嬉しくてね。いや、もともとラキ君は出会った時から、皆の幸せを願っていたかな」
ハイドさんは明かりを消す。
「そろそろ寝なさい。明日も早いよ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ。また明日」
俺は目を閉じる。
ハイドさんの温もりを感じながら、俺は眠りについた。
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