36.誰かの幸せと皆の幸せ

俺は操る者。

操る者は、魔法を使えば血土を作り、ローグを生んだ。

ディーレが今封印されているのであれば、今ローグがいるのは、間違いなく俺のせい。

俺が、災いを呼んだのだ。

皆を危険な目に合わせていたのは、襲っていたのは、俺自身だったのだ。


俺はどうすればいい。

魔法は使わなければ血土は消えた。

でも、俺は無意識に魔法を使う。

そして誰かを憎んで、ローグを作ってしまう。

俺の存在そのものが、災厄なのだ。


俺は、ハッと立ち止まる。


そうだ、俺がいなくなればいい。

俺が消えれば、全てが綺麗に終わるのだ。

最期の魔法。

これくらい許してくれるだろう。


「ラキ君!!」


ハイドさんが、皆が追ってくる。

来れないように、完全に道を塞ぐ。

これでもう、誰も来られない


「……っ!? ラキ君!! 駄目だ!!」


俺は槍とした木を振り上げた。

そして、自分の心臓を突き刺した。

はずだった。


「な……、ん、で……」


木の槍は、俺を突き刺そうとしなかった。

振り下ろしたそれは、俺の心臓の手前で止まっていた。


「なんで……!? そんな、なんで!!」


体が震えていた。

なんで死ねないの。

なんで死ぬのを、怖いと思ってしまうの。


「ラキ君!!」


瞬間、俺の体は暖かい何かに包まれた。

ハイドさんが、塞いだはずの草や木を切り、俺のところへやって来たのだ。


「ラキ君、落ち着くんだ! 君は……!」

「ハイドさん……!」


ハイドさんの声に、俺は思わずしがみついた。


「俺、死ねない……! ねえ、なんで!? 自分で死ねない!」

「死ななくていい! 死ななくていいから……! 君は、ディーレではないから!」

「でも、ローグいるよ!? 俺が無意識に出してるんだ! 俺がいなくなったら全て片付くんだ!」


ハイドさんが、俺を強く抱きしめた。

暖かくて、優しくて、だからこそすがりたくなる。


「ハイドさん、お願い! 俺を殺して! お願い! 死にたいんだ!」

「無理だよ。無理だ。できないよ。そんなこと……」

「なんで!? ハイドさん言ったじゃん! 頼っていいって! 俺死にたいんだ! 死んだら全部終わる……! 死んだら……」


本当はわかってる。

ハイドさんでも俺を殺せない。

俺の無意識の魔法が、ハイドさんの剣すら阻むのだ。


「せめて……。せめてあそこに書いてあったみたいに……、俺を地下に閉じ込めて……。お仕事でしょ……? 国を守るのが、ハイドさんのお仕事でしょ……?」


ハイドさんは、首をなかなか縦に振ってくれない。

なんで? なんで俺の我儘、聞いてくれないの?

ハイドさんじゃなくてもいい……。

誰か……。


「ダイナンさん……。ダイナンさんなら、わかるでしょ? 国のためだよ? 俺は、皆を不幸にする存在だよ?」

「……っ。俺は……。俺はそうは思えねえ……」

「なんで……。そうだ、シュリ、エイル! 二人なら、俺を封印できるよね!? そうしたら、皆幸せになれる! 俺がいなければ……!」

「ラキ、そんな事言うな……。何か方法が……」

「幸せになれるなんて嘘よ!」


シュリが叫ぶ。


「勝手な事言わないでよ! 友達を、大切な人を、その手で殺させて、幸せになれると思うの!? 私を助けてくれて、いっぱい沢山遊んだ人を閉じ込めて、それを見て泣いて過ごせと言うの!? そんなの身勝手だわ! 私たちの気持ち、何にも考えてない!」

「じゃあどうしろって言うのさ! 俺のせいで生まれたローグが、皆を殺すのを見てたらいいの!? そうだよ、俺は身勝手だよ! 俺のせいで、誰かが傷つくところを見たくないんだ! それぐらいなら、死にたいんだ!」

「じゃあ、そんな身勝手なことをした結果を教えてあげる!」


シュリは、まだハイドさんにしがみついていた俺の前に立ちはだかった。

シュリは泣きながら、けれども呆れたように笑っていた。


「あなたが聞かなかった、あの文章の続きを教えてあげる」


シュリはゆっくり、でもはっきり続きを語る。


「ローグを生んだのは、操る者が原因ではない。私達が原因だった。それが分かった時には、操る者に私達の声は届かなかった。私達は操る者を結晶の中に閉じ込めた。生きながら眠る事ができる、魔法の影響を受けない場所だ。私達は操る者を助ける方法を探したかった。けれども王は、事実を捻じ曲げた。この国に操る者が戻って来たとして、また過ちを繰り返すだろう」


シュリが、大きく呼吸をする。

シュリは、まっすぐ俺を見た。


「私達の魔法が生きる物全てに影響するというのなら、生み出す私の魔法で、私達と同じ三人の魔術師をこの世界に作ろう。平和になった世界に生まれるよう、私は祈った。この魔法が成功したのかは、私にはわからない。けれども、もし未来にまた私達が生まれたのなら、憎しみの生まれない世界で、操る者が、ディーレが幸せになる世界を作って欲しい。クレア、マイタン」


シュリは、まだ意味を理解しきれていない俺に、また一歩近づく。

そして、俺の顔をこちらに無理やり向け、目線を合わせて、逃がすもんかと言わんばかりに顔を近づけた。


「私、今なら二人の気持ちがわかるわ。二人はずっと苦しんでいたの。そして、未来の私たちにディーレを託した。厄災を呼ぶとわかりながら、未来の操る者が同じ未来を辿る可能性もわかりながら、私たちを作ったの。未来の人がどうなろうが、どうでも良かったのね」

「そんな……、ことは……」

「あるわよ。だって私だって同じことをするわ。あなたが殺されると言うのなら、あなたが殺されない未来まであなたを生かすわ。あなたが封印されると言うなら、同じように3人の魔術師を作るわ。だって、おかしいもの。私たちだけが、不幸になるなんて」


シュリの目は、本気だった。

俺だって、シュリを不幸にしたくは無かった。

俺は身勝手なのだろうか。

俺だって、名前も知らない未来の誰かよりも、どこに住んでいるかもわからない誰かよりも、シュリを、皆を不幸にしたくはなかった。


「なあラキ。俺は難しいことはわかんねえ。でもよ、クレアとマイタンが、ディーレの幸せを願ってんのはわかった。俺も、勿論ラキの幸せを願ってる。クレアとマイタンに託されたんだ。もう少し、あがいてみねえか?」

「そうだ。それに、今は戦争もない平和な世界だ。ローグも、僕達だけでやれた。魔法なんて、本当はいらない世界だったんだ」

「で、でも、俺、無意識に魔法使っちゃって……」

「それには、ラキ君がちゃんと健康でいて、危ないことしないで、元気に生きてくれたらいいんじゃないかな? それが、皆を幸せにする近道だと思うよ」


元気に生きることが、皆を幸せにする。

その言葉に、何故か涙が溢れて来た。


「それに、私と一緒に住んでくれるんでしょ?」

「うん……。うん……!」


俺は、気づいたらハイドさんの胸で泣きじゃくっていた。

俺はこの世界にいてはいけない存在だと思った。

実際、俺の事を知らない大半の人は、死んで欲しいと願うだろう。

けれども、ここにいる皆は、生きて欲しいと願ってくれているのだ。


ディーレも、きっとそうだったのだろう。

皆がディーレに消えて欲しいと願う中、クレアとマイタンは、きっとディーレの幸せを願ったのだ。

ディーレは、それを知らないまま封印されてしまったけれど。


「提案なんだけど、これからスティおばあさまの所に行かないか? 彼女も、真実を知っているのだろう?」


エイルが、思いついたようにそう言った。


「確かにね。解決策はわからないって言ってたけど……。相談できる人は、多い方がいいからね」

「今回は俺も行けんのか!? な!?」

「うーん。ダイナンだけ置いていくか」

「おいハイド! ふざけんな!」

「ふざけてないで、早く行きましょ! 時間がもったいないわ!」


ダイナンさんとハイドさんの掛け合いも、シュリの勝手に一人で突き進んでいく大胆さも、真実を知ったのに、何も変わらない。

本当になにも変わらなかった。

変わらないものがあること。

それにどうしようもなく、安心してしまった。

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