37.恨む相手と新しい危険
俺達は、その足でスティおばあさまの屋敷に向かった。途中、俺はクレアとマイタンが残した文について考えていた。
あの文には、俺が魔法を使えばその代償として血土が生まれるとあった。それは、そうだと言われたら、納得する事はできた。けれどもローグは、俺の憎しみが生んだのだと言う。俺も、誰かを、何かを恨んでいたのだろうか。
そんな疑問を口にすると、皆も同じことを思ったのか、一斉に考え込んだ。
「そもそも、ラキは不思議なんだ。僕がラキの立場なら、絶対にゾルオ先生を恨んだよ。でも、僕から見てもラキはゾルオ先生ですら、恨んでいるようには見えない。怖がってはいたと思うけど」
「そのゾルオ先生ですら、ラキ君は救おうとするお人よしだからねえ」
「えっ!? それはどういうことですか!?」
そうエイルが驚いたように言えば、ハイドさんは、タリーさんの家に行く前に俺と話した事を、皆に話して聞かせた。……俺の言った事まで。
「いや、ラキ。それは優しいを通り越して呆れるレベルだ。ゾルオ先生の過去がどうであれ、ラキにした事実は酷いものだろう?」
「あなた、本当にローグを無意識にでも作ってるの? 誰かを恨む感情をどこかに置いて来たんじゃないかしら?」
「い、いや、だって……」
と、何かが草むらを飛び出した。それは、まっすぐにシュリに向かって飛びつこうとする。それが何かわかった俺は、とっさにシュリの前に出て、風邪のバリアを張った。
瞬間、ハイドさんが前に飛び出してそれを突き刺す。力尽きたローグ・ウォルフが地に落ちた。
「あ、しまった。魔法を……」
「今は仕方なかったよ。そうでないとシュリさんが危なかったからね」
俺は、シュリを見た。シュリは怪我一つ無く無事だったが、何故か頬を膨らませて拗ねていた。
「シュ、シュリ……?」
「私、何もできなかった……」
「えっ!? いや……」
「私だって戦えるはずなの! なのに、咄嗟に何もできなかったわ!」
そう言うシュリは、けれども体は震えていて、きっと怖かったのだろうとは思った。思わず、いつもハイドさんがしてくれたみたいに、頭を撫でる。
「シュリは、もともと戦い向けの魔法じゃないでしょ? 無理しなくても……」
「私だってラキを守りたい! 守られるばっかりじゃ嫌なの! だから私の魔法でもどうやったら戦えるか必死で考えたのに……。それなのに……」
俺はどうしたらいいのか困ってしまって、ハイドさんを見た。けれどもハイドさんも、困ったように苦笑いしていた。
「本来なら、私たち騎士団が、ラキ君も含めて守らなければいけないんだけどねえ。未だにラキ君のスピードには敵わないのが課題だね」
「俺なんてハイドのスピードにですら、一生追い付けねえぞ! その代わり、力じゃ負けねえけどよ!」
ダイナンさんが、がははと笑った。確かに、騎士団の人達が問題なく戦えるなら、魔法なんていらないのかもしれない。
そもそもローグを作っているのは俺なのだが、今出ているローグは何とかしなくてはいけないのだ。
その間、誰かが死ぬのは、絶対に嫌だ。
「ちょ、父上! 皆! 森の奥にローグの声が……」
「まっ、オオカミならいけっか! ハイド! 行けるか?」
「そうだね! ラキ君、魔法は使わないように、ここで待っててくれるかな?」
「いや、でも……」
「今度こそ、私が行くわ!」
と、ハイドさんとダイナンさんの前に、シュリが立つ。
「いでよ 岩!」
「ちょっと、シュリ! それは……」
ドン、と、地面が揺れた。立っていられなくなって、思わずしゃがみ込む。目を開けると、巨大な岩石が木すら押しつぶし、目の前にそびえたっていた。
「す、すごい……」
「そうでしょ! 私だってできるのよ! ラキが魔法を使わなくったって大丈夫なんだから!」
「いや、でも、なかなかの自然破壊……」
「森だったら、私とエイルで木を植えなおしたらいいわ! それに私の魔法ならローグも生まれないし、けが人も出ない! ハイドさんとダイナンさんが生身で戦うよりも安全よ! ね? だから、ハイドさんばっかり頼ってないで、私も頼りなさい!」
「う、うん、わかった……」
俺が頷けば、シュリは満足そうに笑った。これで良いのかはわからなかったが、シュリが満足ならそれでも良いか。そんなことを思った。
それから、野宿の時や休憩の時ですら、シュリは俺の傍を離れなかった。そんな様子を、何故か皆微笑ましそうに見ていた気がして、なんだか恥ずかしかった。スティおばあさまの家に着いたとき、少しほっとしたのは、シュリには秘密だ。
スティおばあさまの家で、ハイドさんが門番に話しかけようとすると、何も言わずすっと門が開けられた。
「あなた方が来た時は、何も聞かずにお通しするように言われております」
屋敷の玄関に来た時、ちょうどスティおばあさまが、玄関の扉を開けた。俺と目が合う。そして、ふっと笑顔を見せた。
「無事、クレアとマイタンの意思を、わかってくれたんだねえ……」
スティおばあさまは、何故か泣いているようにも見えた。
「お入り。何か聞きたい事でもあるのじゃろう? まあ、私も、知ってることは、もうほとんど無いがのう」
俺達は、再び本で溢れた部屋に案内された。緊張はしたけれども、ダイナンさんが本を苦手だと頭をかいていると、ハイドさんにどつかれてるのを見て、少しだけ笑って緊張が解けた。
俺達は、そこで見たことを話した。追加で、何故かゾルオに関して、俺が何とかしてあげたいと言った事まで愚痴のように話されたのは少し不服だったが。
「……なので不思議なんですよ! ラキが恨みなんて全く持ってない思考なのに、ローグが生まれてるんです」
「そうか……」
シュリの、半分愚痴のような説明に、スティおばあさまも何かを真剣に考えているような顔をしていた。
「確かにのう。手紙も、その彫られた文字も、あくまでクレアとマイタンが記したものだからのう。もうわかっての通り、クレアとマイタンもただの人の子じゃ」
「じゃあ、あそこに書いてあったことの全てが事実ではないかもしれないんですね!」
エイルが、嬉しそうに言う。しかし、スティおばあさまは難しい顔を崩さなかった。
「あくまで、事実として書いてあったことは本当だろうのう。それにしても、ラキは人を恨まぬ子か……。何も恨まずに、生きていけるものなのかのう……」
スティおばあさまは、じっと俺を見た。それは、何か試されているようで、少し怖かった。
「俺自身が気付いてないだけで、実はゾルオを恨んでいたのかも……」
「まあ、クレアとマイタンが、ディーレに恨まれたと感じた時にローグが生まれただけだからのう。そもそも、ディーレの気持ちなぞ、クレアとマイタン自身もわからんだろう」
「確かに……。ディーレは何を思ってたんだろう……。多分、辛かったのは間違いないだろうし……」
「……やっぱり、ラキが人を恨むイメージが全くわかないな」
エイルが、少し呆れながら気がするのは気のせいだろうか。そんなに、誰かを恨まない気持ちはおかしなことなのだろうか。
「国が研究出来たらいいんですけどね。本来であれば、ゾルオ先生が巻き戻る前の真実を見つけたら対策が取れると思ったのですが、事実がこうであれば、事実を告げれば今度はラキ君がディーレの二の前になってしまいます。それを、どうにかして避けたいのですが……」
すっかり忘れてしまっていたが、本来はそういった作戦があったはずだった。けれども、確かに国に告げれば、国は俺を捉えるだろう。俺は、それも仕方がないとおもうが……。
「ふむ。そもそもゾルオ先生とやらが国を恨むに至った経緯を聞く限り、ここにいる全員が危険ではないかのう。クレアの魔法に似た装置を作るだけで、殺すような国なのじゃろう? 災いの象徴であったディーレがクレアの魔法の一部を使い、しかもディーレを生かすために結晶に封印した。しかも、それをクレアとマイタンの子ではない事が明らかな王が隠したとなると、自分達がクレアとマイタンの子ではないと証明されてしまうからのう……」
その言葉に、俺は顔を上げた。俺が何をされても良かった。けれども、皆がゾルオの親みたいに殺されるかもしれない。そんなの、絶対に耐えられなかった。
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