33.無意識と信用
「ラキ君!?」
「ラキ、大丈夫か!?」
ハイドさんとエイルが駆け寄ってくる。いけない、立ち上がらないと。
「ごめん……、えっと……。大丈夫……。ちょっと眩暈……」
なんとか立ち上がろうとしたが、体に力が入らない。ハイドさんが、俺の額に手を当てた。
「凄い熱だ……」
「熱!? ほんとだ、体が凄く熱い……。何故体調が悪いと言わなかったんだ!」
「ごめん……」
エイルからも、とうとう怒られてしまった。早く動かないと、もっと困らせてしまう。けれども、体は思うように動かない。
「ごめん……。ちょっと休んだら、動けるようになると思う……」
「何を言って……」
「体調崩して、ごめんなさい……」
「そうではなくて!」
と、ぐっと体が何かに引っ張られた。少しして、ハイドさんにおんぶされていることに気付く。
「ハイド……、さん……! 俺……」
「歩けるようになるのを待っていたら日が暮れちゃうでしょ。日が暮れるまでにはこの森を出たいしね」
「あ……、ごめんなさい……」
俺の考えの無さで、また二人に迷惑をかけてしまいそうになっていたことに気付く。そうだ、ここでぐだぐだ休んでいたら、困るのは二人なのだ。
「ラキ君には、ダイナンを見てるともっと強引にいかないといけないって事もあるとわかったからねえ。エイル、悪いけど荷物は全部持てるかい?」
「あ、はい! 大丈夫です! 任せてください!」
そう言って、エイルは俺のハイドさんのだけでなく、俺の持っていた荷物ですら持ってくれた。
「ごめんなさい……」
申し訳なくなって、もう一度謝る。
「そのごめんなさいは、何に対してかちゃんと話したいけどねえ。まずはこの森を出ようか。ラキ君、私たちの事を思ってくれるなら、少しでも寝て体力を回復しなさい」
「はい……」
そう言われて、俺は目を閉じた。けれども、揺れると気持ち悪くなって眠れない。
「私ももう少し気にかけてあげないといけなかった。でも、まさかこんな熱が出るまで何も言わないなんて……」
ハイドさんの声が聞こえる。
違う。全部俺が悪い、ハイドさんは悪くない。そう言いたいけど、声が出ない。
「苦しいのかい? もうちょっと耐えてね。森を抜けた先に、川があったはずだから……」
『ちっ。熱なんて出しやがって。うつったらどうするんだ。迷惑な奴め』
頭の中で、父さんの言葉がぐちゃぐちゃと駆け巡った。
『飯の準備ぐらいできるだろ。何もたもたしてるんだ。本当にのろまだな』
その通りだ。俺はまた、迷惑をかけて。動かなきゃ。頑張って、動かなきゃ。
『怒ってるんじゃなくて、心配してるんです』
と、ハイドさんの声が聞こえた気がした。
『ラキ君は、私が怪我をしたって言ったらどう思う。……今の気持ちが、私がラキ君に抱いている気持ちと同じものだよ』
優しくて、安心する声。駄目だ。ハイドさんの優しさに甘えちゃ。
でも……、
と、冷たい何かが頭に触れた気がした。気持ちよくて、でもそれはすぐにぬるくなった。もっと、もっと冷たいのが欲しい……。
「おっ、っと……」
ハイドさんの声に、俺はハッと目を開けた。
「目が覚めちゃったかい? ふふっ。濡れた水程度じゃ物足りなかったかな? 凍ってるなら、頭の下の方がいいかな」
そう言って、ハイドさんは冷たい何かを、頭の下に入れてくれた。冷たくて、気持ちいい。けれどもハイドさんの優しい声が、それ以上に心地よかった。
「そうだ。せっかくなら水を……」
ハイドさんが立ち上がろうとする。行かないで欲しい。
けれども、そんな我儘を言えるはずもなかった。言っちゃいけないのに、行かないで欲しいと思ってしまう。
「おや?」
と、ハイドさんの声が聞こえて、足音が止まった。
「ふふっ。安心して。どこにも行かないよ」
そう言って、ハイドさんは頭を撫でる。その声を聞いた瞬間、俺は安心して、眠りに落ちた。
その次に目が覚めたのは、太陽が真上に見える頃だった。いつまで寝ていたのだろうか。俺は慌てて起き上がる。
気持ち悪さはほとんど無かった。けれども、目に入った光景に、血の気が引いた。
「……ん? ラキ君、起きたのかい? 調子は……」
「ハ、ハイドさん! ごめんなさい!!」
俺は、ありえないことにハイドさんの腕を、蔓で縛っていた。片方だけだったが、それでもハイドさんの身動きが取れないことには間違いなかった。だからなのか、俺はハイドさんの膝の上で眠っていた。
「いやいや、気にしないで。それにしても、結構無意識に魔法を使うんだねえ。昨日は濡れたタオルを自分で凍らせてたし」
「いや、その……」
「実は魔法のほうが正直なのかもしれないねえ。こんなにラキ君が私に甘えて来てくれたことなんてないからねえ。心細くてどこにも行ってほしくなかったのかな? いやあ、嬉しかったなあ」
「そ、それは……」
「とりあえず、昨日よりは元気になって良かったよ」
ハイドさんは何も怒らなかった。けれどもそれが、なんだか怖かった。あれだけ迷惑かけたのに、怒らないことが不思議だった。
「あ、ラキ!」
と、エイルも俺のもとに駆け寄ってきた。
「もう大丈夫なのか?」
「う、うん……。昨日は本当にごめん」
「その通りだ! なんで体調が悪いことを言わなかった!」
「あっ、いや……。いけるかなって」
「こんなに熱があって、いけるなんてあるはずないだろ!」
「本当にごめん……」
エイルの方は、やっぱり怒っていた。
当然だ。俺が動けなかったばかりに、調査も中途半端のまま引き返すことになったのだ。それどころか、重たい荷物まで持たせてしまった。
「本当に……、ごめん……」
「そのごめんは、何に対するごめんなのかな?」
ハイドさんが、俺の目を見つめて尋ねた。その目は優しく笑ってはいたが、なんだか怒っているようにも見えた。
「あっ、えっと……。熱出して、引き返すことになったから……。それに、動けなかったせいで色々と……」
「熱出すのは誰にも起こることだよね。私たちは、熱を出したから怒っていると思う?」
「えっ……?」
俺は、返答に困ってエイルを見た。けれど、エイルもまだ怒った顔をしていて、目をそらす。
「えっと……」
「僕が怒ったのは、もう少し前の時点で言わなかったからだ。早めに体調が悪いことに気が付けていたら、もっと違う対処法があっただろ」
「でも、せっかくの計画が……」
「それで結局もっと迷惑をかけてるじゃないか! それに、調べるのはいつでもできるだろう? 体調崩してまでやることではない!」
「確かに……。早く言った方が、皆に迷惑かけなかったかも……」
確かに、結局倒れてしまって、迷惑をかけているのは事実だった。それならば、早めに休んでいた方が、もう少し俺も動けただろう。きっと、これもちゃんと相談するべきことだったのだ。
「これからは、ちゃんと言って、迷惑をかけないようにします……」
「……っ。その通りだけど、そうじゃなくて……」
「私たちには、そんなに体調が辛いって、言いにくかったかい?」
ハイドさんが、困ったように笑った。言葉が詰まる。
別にそういうわけではない。ないけれど……。
「質問を変えるね。ラキ君は、私たちを信用していないのかい?」
「……っ! そんなことない!」
「ラキ君は、迷惑かけたくないって言って、自分でやろうとするよね。そんなに私は頼りないかな?」
「違っ……! もう今でも沢山頼ってるから、これ以上……」
「でも、私はいつも言ってるよね。ラキ君が心を開いてくれた時、嬉しいって。まだまだ頼ってくれてもいいんだよ」
「それは……」
「ほら。やっぱり信用していない」
ハイドさんは、悲しげな顔をする。
「ラキ君は、もう体調が悪いことを言っても、皆嫌な顔をしないのはわかってるよね。それでも迷惑をかけるからって、しんどいことも言わないのはなんで? ラキ君は勝手に、私たちは裏では内心怒ってるって思って、結局は私たちを信用していないんじゃないかな」
「あ……」
俺は、何も言えなかった。信用していないと言われて、否定できなかった。
「俺……、は……。だって……。魔法以外……、何もできなくて……。だから……、そんな風に思われる資格なんて……」
「ラキ君がいなかったら、エイルは確実に死んでいたし、多分私もオオカミさんの調査をしてる時に死んでたと思う。それだけでもどれだけ返しても足りないくらいだ。だけどね。ラキ君を初めて見た時、こんな凄い魔法を使えるって知らなくても、悲しそうな顔をして親の言葉を聞いていたラキ君を見て、助けてあげたいって思った。そして、辛い思いをしてきたのに誰の事も恨まず皆を助けようとするラキ君の姿を見て、守ってあげたいと思った。ただ、それだけの話なんだよ。何かができるとか、できないとか関係ない。迷惑なんて、いくらでもかけてもらっていいと思ってる。勿論、今みたいに駄目なことは叱るけどね。この気持ちも、信用できないかい?」
ハイドさんの言葉に、俺は首を振った。ハイドさんの言葉が嘘だとは思わなかった。ただ、ハイドさんからの優しさを、どうやって持てばいいかわからなかった。
「ぼ、僕もだ!」
エイルも言う。
「僕も、ラキは優しいから、一緒にいてて楽しんだ! 一番の友になりたいと思ってた! だから、僕も言わなくて迷惑かけたことに、一番怒っていたわけじゃない。言ってもらえなかったことが、悲しかったんだ」
「俺、は……」
二人からの言葉に埋もれて、息ができなくなりそうだ。
「無理して全部受け取ろうとしなくてもいいよ。ただ、私たちの思いはいつも隣にあるということだけ、わかってくれたらいいからね」
そう言って、ハイドさんは立ち上がった。
「私は、もう少し調査をしてくるよ。二人が作ってくれた道のおかげで、一人でも調査できそうだ。エイルは、ラキ君をもう少し見ておいてくれるかい?」
「わかりました!」
「えっと……、俺は……」
「どうすればいいと思う?」
パッと思いついた答えが、これであっているのかわからなかった。だから、言葉にするのがまだ怖かった。けれども、二人の優しさを、信じてみたくなった。
「ゆっくり休んで……、元気になります……。あの、まだちょっと体だるいから、何もできないけど……」
震える声で言えば、エイルが笑う。
「看病は任せてくれ! 欲しいものを言ってくれたら準備するよ!」
「よし、いい子だね。それじゃあ、私は……」
「ハイドさん……!」
支度を始めようとするハイドさんを呼ぶ。それを見て感じてしまう、少しの寂しさ。行かないで欲しいと止めたことを、ハイドさんが嬉しかったと言ってくれるなら、
「早く……、帰ってきて……、欲しい、かも……」
「勿論だよ! 次は、行かないで~、ぐらい言ってくれてもいいかな?」
「いや、流石にそこまでは……」
「あはは、エイルは昔お母さんにそれぐらい甘えてたらしいからね~。ダイナンに預けて買い物に行こうとするだけで、号泣してたとか……」
「ちょ、ハイドさん!? ラキになにを!? というか、父上はハイドおじさんに何を伝えて……!」
「じゃあ、行ってきま~す!」
そう言って、ハイドさんはトラスの森へと歩いて行った。エイルが一人で、顔を真っ赤にしながら怒っている。
そんな様子を見て、俺は声を上げて笑った。
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