32.迷惑と吐気

トラスの森は、昨夜野宿をした場所からすぐの場所だった。

俺がもう少し早く歩けていたら、昨日のうちには着いたのだろうか。

そう思うと、なんだか申し訳なる。


「それにしても、本当に先が見えませんね。昼なのに、先が真っ暗なんて」

「トラスの森は不思議な森でね。空から日の光がほとんど入らないのに、日の当たらない場所にも植物が鬱蒼と茂っている。普通は日の当たらないところには植物は生えてこないんだけどねえ」

「敢えてクレアとマイタンがそういう森にしたのでしょうか。確かに、僕の魔法であれば、シュリの巻いた種がその場で生きていけるようにできるので」


エイルの魔法は、ただ植物を成長させるだけではない。

例えば、血土の跡地の所にただ種を持ってきて撒くだけでは、必ずしも成長するとは限らない。

けれども、エイルの魔法は、成長した植物をその場所に維持し続けることができる。

だから、日の光も当たらない場所に生息できる植物があるのは、マイタンがそうしたと考えるのが妥当だった。


「エイルの魔法は凄いよねえ。例えばシュリさんが水を生み出しても、それを地面に置けば濡れるだけ。でも、エイルの魔法があれば、その水を使って泉にできるんだから」

「騎士団の人たちもその事を知って、喜んでくれました。シュリがいてこそですが、水の確保はなかなか難しいですから。本当はラキのように戦えたら良かったんですけど……」

「昔はその魔法を使って、国の基盤を作ったとも言われているからねえ。もっと誇ってもいいと思うよ」


ハイドさんの言葉に、エイルは少し嬉しそうにほほ笑んだ。

実際、俺もその通りだと思う。

俺の魔法は、ローグがいなければ、誰の役にも立たない魔法なのだ。


「とりあえず、進もうか。私もやはり奥までは進めなくてね。その先にあるかどうかはわからないけど、一先ずまっすぐ道を作ってくれるかい?」


俺は、俺から直線的に生えている草木をどかし、一直線の歩きやすい道を作った。

それだけでもある程度は歩くべきところがわかるが、薄暗くなると不安だということで、蔓をロープのように木に巻き付ける。


「エイル。もう少しここを伸ばして」

「了解!」


足りないところは、エイルの魔法で補っていく。

そうして、俺達は薄暗い森の中を進んでいった。

暫く進んだところで、ふと後ろを振り向く。

入ったところの入り口の光ですら、かなり小さくなっていた。


「ここに、何が隠されているのでしょうか」

「大きさも何もわからないからね。とりあえず、まっすぐ進んでみるしか……」


と、カサカサと何か音がした。

ハイドさんとエイルは剣をかまえ、俺は魔法をいつでも使えるよう集中する。

けれども、出てきたのは一匹の狐だった。

ローグじゃなくて、一安心する。


「狐で良かった。ラキ君がいるといっても、ローグが出たら危険だからね」

「それにしても、ここは『獣』はいるんですね……」


エイルの言葉に、俺もハイドさんもハッとする。

確かに、手紙には『人も獣も入れない場所』とあった。

それは単純に、トラスの森の特徴を言っているのかと思っていた。

けれども違うのだろうか。


「うーん。地面の中とか?」

「いや、流石に伝えたい事をそんなところに隠すとは思えないからねえ。屁理屈かもしれないけど、土の中にもモグラとか、獣はいる。どちらかというと岩か……」

「高い所から探せればいいんですけどね。トラスの森は、平坦だからこそここがどこだかわからない……。いや、ちょっと待て」


エイルは、俺を見て言った。


「崖から落ちて、それを登るときに思ったんだが、蔓で持ち上げるのはどうだろう」


エイルの言葉に、俺もハッとした。

確かに、それなら高い所から探すことができる。


「確かに! 俺やってみる!」


俺は、自分に蔓を巻き付け、体を持ち上げた。

木を追い越し、日の当たるところまで頭を出す。

そのまま、もう少し高い所まで持ち上げ、あたりを見渡した。


「あっ……」


遠くに、不自然に大きな岩が一つだけあった。

その周辺だけは木も生えておらず、魔法で作った場所と言われても不思議ではなかった。

俺は急いで降りて、そして二人にその事を伝える。


「北西のほうだね。行ってみる価値はありそうだ」

「確かに、岩は獣も入れませんからね」

「エイル、流石だね。ラキ君もありがとう」

「早速向かいましょう」


方向がわかれば、ちょっとずつ道を作る必要もなかった。

俺は、先を見て可能な限りの道を作る。

そして、木を蔓に巻き付けていった。

迷わないように、進む予定だった道も塞いでおく。


これで……。


「……っ」


力が抜けると、途端に吐き気が体を襲った。

体全身が寒くて痛い。

もしかして、こんな時に風邪でもひいてしまったのだろうか。

いや、でもまだ、これぐらいなら大丈夫だ。

こんな所で、二人に迷惑をかけるわけにはいかない。

大丈夫だ。


「ラキ君。大丈夫かい? ちょっと疲れたなら休むかい?」


そんな俺の様子に気が付いたのか、ハイドさんが俺を覗き込む。


「大丈夫……、です……。多分後ちょっとだと思うので……。その岩のところで休みます……」

「そう? 無理はしないでね。もう歩き始めて3日だからね」


幸い、薄暗かったからなのか、感じているほど見た目は体調が悪く見えなかったのか、顔色が悪い等は言われなかった。

きっと、岩のところについて休めば、なんとかなるだろう。


「あっ!」


と、エイルが声をあげる。

俺も、思わず顔を上げた。

久々に、光を見た気がした。


「本当に、大きな岩だね」

「ここが、手紙の示す場所なのでしょうか」

「それは少し調査してみないとね」


エイルが岩に向かって駆けて行く。


「エイル! 離れたら危ないよ!」

「大丈夫ですよ! あれ、なんだろう、ここ……」


エイルが近寄った場所に、俺も近寄った。

確かにそこは、岩の中に岩が入っているような、不思議な場所があった。


「これ、俺ならどけれるかも……」


自然物だったら自由に動かせる。

大きな岩でも、関係なかった。


(岩よ 動け)


俺が念じると、岩はゆっくりと動いた。

外に出し、安全な所に置く。


「これは、当たりかな。手紙を守っていた結晶と同じだ」

「中に何かありそうですね。ここに真実があるのでしょうか」

「恐らくそうだろうね。ラキ君に解いてもらわなきゃだけど」

「ここからは、シュリもいないと怒られそうですね。本当に、相当拗ねてましたから」


良かった。合った。

そう思うと、なんだか力が抜けた。

これで、きっとゾルオが知った真実も明らかになる。

そうしたら、きっと誰も騙されない。

やっと……。


二人が何か話している。

けれども、何を言っているのか、理解ができなかった。

視界がぼやける。

駄目だ。

こんなところで倒れたら迷惑がかかってくる。


「すいま……、せん……。ちょっと……、向こうで……」


休んできます。

そう言おうとしたけれど、二人は夢中で話していて俺の声は届かなかった

エイルが何かを話している。

それを、ハイドさんは頷きながら一生懸命聞いている。

エイルは凄いなあ。

ハイドさんの役に立てる子で。

俺なんか、俺なんか……。


その瞬間、また気持ち悪さで目眩がした。

苦しくて、立っていられなくなる。


ヤバい。

そう思った瞬間、俺はその場に座り込んだ

二人の驚いた顔が見えて、ああやらかしてしまったのだと悟った。

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