31.劣等感と焦り
スティおばあさまと会って2週間程経った頃、ハイドさんがエイルを連れてやって来た。ある程度その周辺の調査が終わり、中に入るにあたって、やはり俺とエイルの魔法が必要不可欠となったらしい。ダイナンさんとも掛け合って調整し、今日から暫くエイルと3人でトラスの森の調査をすることとなった。
「シュリも来たがっていたよ。流石に騎士見習いをしているとは言え、ご令嬢でもあるから皆で止めたんだけどね」
皆に止められるシュリの様子は想像できて、少し笑ってしまった。きっと、なんでなんでと駄々をこねていたのだろう。
「そういうわけで、これから数日は野宿になるからね。ある程度はこちらで準備したけれども、何か必要なものがあったら準備しておいで」
ハイドさんの言葉に、俺はあたりを見渡した。とは言っても、ここにあるものは必要最低限のものだから、持っていくのは剣ぐらいだろうか。流石に勉強道具は持っていくわけにもいかない。
そう思って、俺は立ち上がった。と、その瞬間、一瞬だけくらっと眩暈が起こる。立ち眩みだろうか。
「ラキ、どうかしたのか?」
動きが止まっていると、エイルが俺に声をかけてきた。
「いや、何持っていこうかなって思って。ちょっと考えてた」
そう言って、俺は慌てて剣を取りに行った。眩暈ぐらいで、心配をかけたくは無かった。
「そうだ! 野宿した時にでも、僕と勝負してくれないか? 巻き戻る前の僕たちも、同じようにやっていたのだろう?」
「勿論! それに、魔法だけじゃなくて、剣の勝負もして欲しい! まだまだ敵わないだろうけど」
「喜んで!」
エイルの言葉に、俺も胸が高鳴った。巻き戻る前は、よくエイルと自然を使って勝負をしていた。
とは言っても、俺が出す攻撃を避けて切る、という感じで、対等な戦いという感じではなかった。今は剣も少しはできるようになったわけだから、せっかくなら剣の勝負もしてみたい。
「トラスの森に着く前に怪我はしないでね。そろそろ行くよ」
ハイドさんの一声で、俺達は小屋を後にした。
「そうだ、ハイドおじさん。僕、ハイドおじさんの剣について聞いてみたいことがあったんです!」
トラスの森に向かっているとエイルがハイドさんに駆け寄っていった。
「あはは。ダイナンに教えてもらっている君に、私が教えられることなんてあるかな?」
「父上はあくまで筋力を生かした戦い方をするので……。僕はどうやら母上似みたいで、小さい頃の父上の話を聞いていても、どうにも真似できそうにないんです。それなら、ハイドおじさんみたいな剣を目指すほうが僕にあっているかなと思いまして……」
「……まあ、答えられる事ならなんでも聞いて」
「ね、ねえ!」
2人のやり取りを聞いていて、俺は思い出したことがあって声を発した。ダイナンさんに似ていることを気にしていたエイルには言わないでいたが、ハイドさんのような騎士を目指すのであれば言ってもいいかもしれない。
「ラキ、どうしたんだ?」
「エイルは、確かにダイナンさんみたいな力のある騎士にはならないけど、誰もスピードに追い付けない、ダイナンさんとは違う凄い騎士になるよ! 確かにハイドさんと戦い方は近い気がする!」
「そうなのか!? 僕も訓練したらハイドさんみたいな凄い騎士に……」
「そうか、エイルが……。そうか……」
エイルだけでなく、ハイドさんもなんだか嬉しそうにほほ笑んだ。きっと、昔から可愛がっていたエイルが、自分みたいな騎士を目指すのは嬉しいのだろう。
「それなら、私もエイルに教えらえることは教えないとね」
「ほんとですか! じゃあまずは……」
そうして、エイルとハイドさんは、日が暮れるまで剣のことについて話していた。その話は、俺が気にしたこともないことばかりで、俺は半分もわからなかった。
「やっぱり俺、まだまだだなあ……」
ラキは誰にも聞こえないように、小さくそう呟いた。
そして1日目の野宿の夜、俺とエイルは勝負をした。魔法を使った勝負は確かに負けることは無かったが、剣のみだと受けるだけで精一杯だった。
「やっぱりエイルには敵わないなあ。同い年なのに凄いや」
「何言ってるんだ。ラキは剣を始めてまた半年も経っていないだろう? 十分じゃないか」
「そうだよ、ラキ君。そもそもちゃんと受け切れることだけでも凄いことだ。それに、焦りすぎても体を痛めて、逆に剣すら握れなくなってしまうからね。今は単純にそれに耐えうる体作りをしている。そういう意味では、十分すぎるぐらい力をつけていると思うよ」
そう言われて幾分気持ちは楽になったが、焦る気持ちだけは変わらなかった。実際歩いている時も、エイルとハイドさんが二人で話し込んでいると、スピードに追い付けず遅れてしまう。二人がそれに気づいて申し訳なさそうに待ってくれる。その時間が申し訳なかった。
2日目になると、それは顕著に現れた。昨日の疲れが残っているのだろうか。いつもよりも息が切れた。
「ハイドさん……! エイル……!」
「あっ、ごめんね。ここで、一旦休憩にしようか」
「ごめんなさい……」
今までは、ハイドさんが俺のスピードに合わせてくれていたのだろう。ここまで疲れることはなかった。
そうして、2日目の日も落ちてきた頃、ハイドさんは俺達に言った。
「トラスの森まであと少しだね。日も暮れてきたし、ここで野宿にでもしようか」
「そうですね。僕、食事の準備してきます!」
「えっと、俺は……」
手際よく食事の準備を始めるエイルに対して、俺はすぐに何をすれば良いのかわからなかった。こういう所が、昔から何もできないとか、どんくさいと言われる一つの理由なのだろう。
「お、俺、火をおこすよ! 木を集めてくる」
「ありがとう! 助かるよ」
薪を作るのは魔法を使えば簡単で、俺は急いで焚き火を作る。その間にハイドさんとエイルは、食事と寝床の準備は終わっていた。けれども、父さんみたいに俺をのろまとは怒らない。二人とも、俺を待ってくれる優しい人なのだ。
「明日はとうとうトラスの森だからね。二人とも、頼んだよ。体力を温存したいから、今日は戦うのは無しだからね」
「はい!」
「わ、わかった!」
俺は、ハイドさんの用意してくれた寝床に入る。その隣に、エイルも入ってきた。
「明日、手紙の示す場所が見つかるといいな」
「うん」
俺が頷くと、エイルはふふっと笑った。
「なんだか、冒険者にでもなったみたいだ。宝物を見つけに行くみたいで、ワクワクする」
「確かにそうかも……」
俺の中では、ゾルオの知った真実ということに気を取られていた。けれども、確かに国に伝わる伝説の人が残した場所に行くのだ。宝物と言っても過言ではない気がする。
「それに、友と宝探しを行えるなんて。こんなキャンプ1つでもワクワクするよ」
「エイルは、他の人たちと行くことはないの?」
「行くとしても大人とぐらいだ。友となんて、なかなか無くてね。それに、騎士団の人たちと行くときは下っ端の働きばかりで忙しいだけだ」
「エイルは凄いなあ……」
エイルの言葉に、俺は思わず呟いた。エイルの話を聞くと、如何に自分は何も知らなくて、できないか思い知らされる。エイルは大人たちの中で、てきぱきと動いているのだ。
「エイルは食事の準備も、それ以外の野宿の事も、すぐ気づいてテキパキやるし、ハイドさんの歩くスピードにもついていけるし、ほんと凄い……」
「ハイドおじさんは、あれでも歩くスピードだいぶ抑えてくれていると思う。けど、僕としても訓練したからね。それに、見習い騎士として役になてる事色々考えたんだ。だからそう言ってもらえて嬉しいよ」
「俺もエイルみたいに強かったら良かったのに……」
「何を言ってるんだ。君は強いじゃないか」
そう言って笑うエイルを横目に、俺は空を見上げた。魔法という意味では確かにそうかもしれない。けれどもそれ以外はダメダメなのも間違いなかった。
「ほら、二人とも。そろそろ寝なさい」
ハイドさんの言葉に、俺は静かに目を閉じた。
次の日、俺は日が昇るとともに目が覚めた。もう季節は春も終わろうとしているのに、森の中は肌寒く感じた。まだ誰も起きていない。俺は、先に支度を済ませておこうと立ち上がろうとした。
「……っ」
また眩暈がする。俺は立ち上がれずにうずくまった。少しだけ、気持ち悪い。
「ん……? ラキ……?」
と、もぞもぞとエイルが毛布の中から顔をのぞかせた。
「あはは、目が覚めちゃって」
「そう……。僕ももう起きないとだね……」
そう言って、エイルも眠そうな目をして起き上がった。そして、支度を始める。座って寝ていたハイドさんもいつの間にか起きて、俺達に近づいて来た。
「皆早いね」
「あれ、皆起こしちゃった……?」
俺はそう言って笑った。どうやら、先ほどうずくまってしまったのはバレていないらしい。これ以上二人に迷惑をかけるわけにもいかなかった。少しの気持ち悪さ程度だったから、俺もいつも通りを装って立ち上がる。
大丈夫。行けそうだ。
そう思った俺は、二人に続いて支度を始めた。
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