30.手紙と見えた道

「それで……。気づいたら俺が初めて魔法を使った日に巻き戻ってて……」


 一通り話し終えて顔を上げると、何故かスティおばあさまは顔をしかめて難しそうな顔をしていた。他の皆もスティおばあさまの様子に気付いているのか、誰も、何も声を上げなかった。

 沈黙が続いて少し時間が経った頃、スティおばあさまがようやく口を開いた。


「話してくれてありがとねえ。でも、そうか。きっと巻き戻る前の私は、大きな過ちを犯したということだろうねえ」

「それは、どういうことですか?」


 スティおばあさまの言葉に、シュリが尋ねる。


「それはのう。その、ゾルオとやらにきっかけとなる事を伝えたのは、間違いなく私じゃ」

「えっ!?」


 スティおばあさまの言葉に、俺も、皆も、ハイドさんですら声を上げた。隣に座っているタリーさんが、おろおろしながら皆を見ている。


「私の祖先たちが、代々魔法を使えるもの達が現れるまでと受け継いできた話があってのう。私もタリーに時が来たら受け継がせるつもりではあったが、まさか私が生きている時に魔法を使えるものが現れるとは思わなかった」

「その話っていったい……」

「まあそう焦るでない。それに、その話を聞く限り、私から聞いたものを伝えるのは不安が残る。直接見たほうが良い。私も人を見る目には自信があったがのう。本来であれば、子供たちに話す前に、ハイドと言ったか、その騎士の男に事前に伝えておきたかったが……」


 スティおばあさまは、ハイドさんをチラリと見た。ハイドさんも、少し困ったような顔でスティおばあさまを見る。


「私には判断がつかない事なので、スティ様にお任せしますよ」

「……悪い人間には見えないがのう。私はゾルオも悪い人間ではないと判断して教えてしまったことになるからの。……だから、ここでは言わぬが。ハイド」

「はい。なんでしょう」


 スティおばあさまは、深いため息をついて言った。


「きっとこれは難しい問題となる。私でも、最善策など思いつかんからのう。だから、子供たちを、ラキという少年を、頼みましたよ」


 ハイドさんは、そんな言葉をかけられると思わなかったから、一瞬驚いた顔をした。俺も、何故俺の名前が出たのかわからなかった。けれども、ハイドさんはふっと笑う。いつも俺に向けてくれる、優しい笑顔だ。


「勿論です」

「信じておるぞ。それでは少し待っておれ。見せたいものがある」


 そう言って、スティおばあさまは立ち上がって、部屋を出て行った。俺も、皆も、スティおばあさまが出て行った扉をずっと見つめていた。まさか、ゾルオが知った可能性のある事実を、こんなにストレートに知ることができるとは思わなかった。

 その内容に対する期待感と不安。何故スティおばあさまは俺の名前を出したのだろうか。何故ハイドさんに、頼むと言ったのだろうか。


 暫くして、スティおばあさまは何かを抱えてやって来た。生まれたばかりの赤子ぐらいの、両手でやっと持てるぐらいの何か。それが、大切そうに布にくるまっていた。スティおばあさまは、その布をさっと解いた。


「えっ……」


 その存在に、皆固まった。それは、見慣れた結晶だった。その結晶の中に、何か木の板のようなものが入っていた。


「これは、ディーレを封印している結晶……、ではないのか?」

「私も、それにしか見えないわ……」

「見せて……!!」


 不安そうに話すエイルとシュリをよそに、タリーさんが結晶へ飛びついた。右から、左から、真上から結晶を眺める。


「これは……。確かにディーレを封印している結晶にしか見えない……。でも中に入っているのは、木かしら……? 何か文字が書いてあるわ……。ううん、反射して上手く読めない……。でも、これがディーレを封印した結晶としたら、1000年は経っているはず……。それにしては、中に入っている木の板は、今日伐ったと言われてもおかしくないぐらい綺麗……。ディーレの姿が何も変わらないのと、関係があるのかしら……」

「これは、クレアとマイタンが、あなたたちに向けて書いた手紙じゃ」

「手紙!?」


 まさか手紙と思わず、俺はもう一度結晶を見た。確かに、タリーさんの言う通り木の板には何かが書いてあるようにも見えた。これが手紙とは、想像もつかなかったが。


「木は長くは持たないからのう。こうやって、保存しておったのだろう。どうじゃ、ラキ。この結晶を溶かしてみてはどうかの」

「えっ!?」

「ディーレの封印を解いた経験のあるあなたなら、簡単にできるだろう。ほれ、やってみなさい」

「で、でも……」


 俺は、ディーレの封印を解いてしまった日の事を思い出す。あの日みたいに、何かが起こらないかが不安だった。


「安心しなさい。ここに入っているのは、本当にただの木の板じゃ。木の板は何も悪さはせん」

「わ、わかった……」


 俺は恐る恐る、その結晶に手を当てた。この結晶が水のように解けるイメージをする。ただ、ここの場所が濡れても良くないと思い、この解けた結晶が、空気中に弾けるイメージを思い描いた。


「わあ……!」


 シュリの感動するような声に、俺は目を開けた。結晶は光り輝いていた。瞬間、周りに光が飛び散るように弾け、そして消えた。

 ことりと、木の板が落ちる。タリーさんが、我先にと覗き込んだ。


「トラスの森深く。人も獣も入れない場所に、真実あり。そこに描く3名の幸せが、未来にあることを望む」


 タリーさんが、そこに書かれている文字を読んだ。


「ほんとね。古語で昔の文字だけど、私もなんとか読めるわ」

「シュリも古語が読めるのか? 凄いね!」

「タリーほどスラスラは読めないわ。けど、今の文字と似てるから、私もタリーと一緒に覚えたの。それにしても、トラスの森って……」

「人間が入ると、迷って一生出てこられないと言われる森のことだね。木もうっそうとして、視界も悪く、しかも平坦な道が続くから方向感覚も狂ってしまう森。私たちでも立ち入ることはないよ」


 シュリの言葉に、ハイドさんは難しそうな顔で言った。そんな中、スティおばあさまは安心しなさいと落ち着いた声で言った。


「代々伝えられている話では、自然を操る者であれば、道を作れるはずだとある。ラキ、あなたなら可能ではないかの?」

「俺……?」


 俺はふと、ローグ・ベアが出た森で、草木を避けて道を作ったことを思い出す。


「確かに、通ったところだけ草や木を無くすように避けていけば……。草木があればあるほどハッキリとした道になるから、迷いにくいかも……」

「そうだ! 僕やシュリが例えば蔓を沢山増やして、それをラキが木に巻き付けていけば、帰りもそれを辿っていけば迷うことはないんじゃないかな?」


 エイルの言葉に、皆頷く。


「まずは私が周辺を探ってみるよ。とは言っても、中に入るのは私でも少し不安が残るからね。少し調査したら、君たちに調査の同行をお願いするよ」

「俺もできることがあったら言って!」

「あぁ……。クレア様とマイタン様が隠した秘密の場所……! 行くのが楽しみすぎる……!」

「タリー、あなたは駄目じゃ」


 一緒にワクワクしているタリーを、スティおばあさまは何故か止めた。


「クレアとマイタンが、魔法を使える3人に残したものだからのう。それに、あなたの体力でトラスの森は行くことができんじゃろ」

「うっ……」


 図星だったのか、タリーさんはあからさまに落ち込んでいた。


「落ち込まないで、タリー。わかったことを、必ずあなたに教えに来るわ」

「シュリ、本当!? ああ、シュリ様クレア様……!」

「気にしないで。だって、タリーのおかげで真実までたどり着けそうなんだもの」

「その真実が、期待するものではないかもしれんがのう」

「えっ、それって……」

「あなた達の目でしっかり見なさい。私は、それぐらいしか言えんからの」


 俺は、スティおばあさまを見た。スティおばあさまも、また俺を見ていた。

 スティおばあさまは、何を知っているのだろうか。けれども、これがきっと、ゾルオの見つけた真実であることには間違いなかった。だから、不安も大きかったけれど、やはり期待せずにはいられなかった。

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