29.緊張とお菓子

「ラキ!」


待ち合わせ場所が見えてくると、シュリもこちらに気が付いたのか、俺に向かって駆け寄ってきた。


「なんだか久しぶりな気がするわ! 前会った時は神様としてだったものね!」

「久しぶり。シュリだってあの岩の守り、凄かった」

「そうでしょ! 練習したのよ!」


シュリに遅れて、エイルとダイナンも近寄ってくる。

ダイナンさんは、シュリとエイルをここまで連れて来てくれたらしい。


「ハイドおじさん! お久しぶりです! ラキも、元気だったか?」

「うん。あの日は沢山蔓増やしてくれてありがと。おかげで戦いやすかった」

「あら、その種を撒いたのわ私よ?」

「あはは。シュリもエイルもありがと」


今日は、シュリとエイルが休みの日らしい。

それに合わせて、俺達はタリーのおばあさまの屋敷に行くことにした。

ダイナンさんも、今日は副騎士団長に任せて休みを取っているという。


「なあ、ハイドよう。俺も、そのこれから行くとこに行っちゃ駄目なのかよ」

「君は駄目だ。色々とややこしくなる」

「おいそれはどういうことだ!」

「そもそもダイナンは許可を取っていない」

「だからって、仲間外れは酷いぜ。なあ、ラキ! お前も酷いと思うだろ!?」

「へっ!?」


まさか話を振られると思ってなかった俺は、なんと答えたら良いのか戸惑った。


「すまない。ラキ。父上はずっと駄々をこねていてうるさいんだ。無視してくれ」

「おい、エイル! 無視してくれは酷いだろ! というか寂しいだろ!」

「はいはい」


こういったやり取りも、ずいぶん見慣れた気がする。

確かに前エイルが心配していたように、親子というには似ていない部分もあるかもしれないが、やり取りが微笑ましかった。

微笑ましいといえば、ハイドさんもダイナンさんの前では特に気を許しているからか、二人の会話もなんだか癒された。


「そういえばよ、ラキ。おまえ大丈夫だったか? 悪かったな。ゾルオ先生につけられてるの気づかなくって」


ダイナンさんの言葉に、俺はちらりとハイドさんを見た。

ハイドさんはダイナンさんに何も言っていないのだろうか。

今も、特別説明しようとする様子は見せなかった。

ならば、俺もきっと詳しくは言わない方がいいのだろう。


「意外と大丈夫だった。皆が話を聞いてくれたから、気持ちが楽になったのかも。ゾルオを見た時、前みたいに苦しくならなかった。本当にありがとう」


そう言うと、皆なぜか顔を見合わせ、そして嬉しそうに笑った。

よく考えたらお礼をちゃんと言えていなかったから、改めて言うことができて良かったと思う。


「それなら良かったぜ! ちょっと気になってたからな! それにしても、あの時見て思ったが、ちゃんと特訓続けてんだな! 魔法関係なく、動きが素早くなっててびっくりしたぜ」

「うん! 毎日欠かさず特訓してるんだ! それに、文字も結構読めるようになったよ!」

「確かに、タリーの家でも絵本レベルならスラスラ読めてたわよね!」

「僕も見習わないとね。ラキの手、いつも剣を握ってるからこそできる豆がいつもできていて、特訓してるんだなってわかるんだ」

「えへへ。早く魔法以外でも、皆の役に立てることを増やしたくって」

「頑張るのはいいことだけど、無理は禁物だからね」


ハイドさんが、俺の頭をポンと撫でる。


「そろそろ行くよ。ほら、ダイナンは帰った帰った」

「ちぇ~。気を付けて行って来いよ」


そうして、俺達4人はタリーさんのおばあさまの家に向かった。

今回はシュリの家にも秘密にするため、馬車ではなく徒歩で来ている。

なので、勿論シュリも騎士団見習いの服を着ていた。

俺も念のため騎士団見習いの服を着ているが、タリーさんのおばあさまには俺が平民なことも伝わっているらしい。


「ここかな?」


と、一つの大きなお屋敷に着いた。

お屋敷に着くと、門番の人が俺達に気づき、そして何も言わずに扉を開けた。

すると、執事の人も門の中で待っていて、俺達を見ると深くお辞儀をした。

俺も慌てて、お辞儀をし返す。


「お待ちしておりました。こちらへ」


タリーさんの家とは違い、特別何か話をすることもなく、家の中へ案内される。

お屋敷の中も物音があまりせず、家具やカーペットもなんだか堅い雰囲気で、緊張で心臓がドキドキした。

なんだか物凄く偉い人に会いに行く気分だ。


「それでは、この部屋でお待ちください」


案内されたのは、タリーさんと同じぐらい、いや、それ以上に本で溢れた部屋だった。

そこにあるテーブルに座るよう促される。

お茶とお菓子を出されると、執事とメイドはドアの前で一列に並んでいった。


「それでは、私どもは部屋の外へ出るように言われておりますので。ごゆっくりお過ごしください」


そう言って、執事とメイドは一礼して出て行った。


「凄い部屋だね」

「ええ、タリーの部屋も凄いけど、ここはそれ以上にたくさんの本で溢れているわ」


シュリとエイルがそんな事を話していると、部屋をノックする音が聞こえた。

俺は緊張して姿勢を正す。

目の前に出されたお菓子も、緊張して何一つ手を付けられていない。


「どうぞ」


シュリがそう言うと、白髪のおばあさんとタリーさんが入ってきた。

……タリーさんは、おばあさんにしがみついていたが。

白髪のおばあさんが近づいてくると、ハイドさんが立ち上がって、深くお辞儀をする。


「本日は……」

「そういうのはよい。こういう場に慣れていない子もいるのだろう? 本日はそのようなことを気にするような話しをしに、はるばる来てもらったわけではないからのう」


ふと、俺はおばあさんと目があった。

周りを見渡すと、シュリもエイルもお辞儀をしていて、俺だけしていないことに気づく。

それがなんだか恥ずかしくなって、俺も慌てて顔を下げた。


「ほれ、気にせず座りなさい。そこの銀髪の子よ。その赤いジャム入りのクッキーを食べてみなさい。甘くておいしいから」


そう言われて、俺は恐る恐る言われたクッキーを手に取った。

そうして、一口かじる。

それは甘くて、でも少し酸味もあって、上手く言い表せないけど、とにかく普段は絶対に口にすることができない高級な味がした。


「おいしい……」

「それで良い。紅茶も、今のままだと苦いだろうからミルクも砂糖も沢山いれるといい。美味しいものを食べると、緊張もほぐれるからのう」


俺は言われるまま、目の前に出された紅茶に、砂糖とミルクを入れた。

前タリーさんの家で出されたお茶は苦くてあまり飲めなかったけれど、確かにこれは美味しく飲むことができた。


「申し遅れた。私の名はスティ。流石に大の大人からは呼ばれたくはないが、子供たちはスティおばあさまとでも呼んでおくれ。タリー、彼らを紹介しておくれ」

「は、はぃい! えっ、えっ、えっと……」


タリーは、前と会った時と変わらず伝説の事以外は言葉が出てこないようだった。


「私から紹介しても良いでしょうか。私はシュリ・フクロアと申します」

「あなたがシュリか。タリーからよく話を聞いておる。この子が唯一クレアとマイタン以外のことで口から出るのはシュリという友人の事だからのう」

「恐れ入ります」

「では、シュリ。申し訳ないが、タリーの代わりに彼らを紹介しておくれ」


そうして、シュリはハイドさん、エイルと、俺達の事を紹介してくれた。

スティおばあさまも、タリーからある程度聞いていたみたいで、ある程度スムーズに話は進んだ。

そして俺の紹介を終えると、再びスティおばあさまと目があった。

何故かさっきから、俺ばかり見られている気がするのは、俺の振る舞いがおかしいからだろうか。


「ありがとう。これからすぐにでも本題を話したいところだがのう。その前に聞いておきたいことがある。銀髪の子、ラキと言ったか」

「は、はい!」


突然俺の名前を呼ばれて、俺は声が裏返りそうになりながら返事をした。

何故か俺ばかり声をかけられている気がする。


「タリーから、あなただけ時間が巻き戻ってここにいると聞いた。ただ、少し説明にわかりにくいところがあっての。もう一度、あなたの口から説明しておくれ。長くなってもいいから、経緯も含めて教えてくれんかのう」


俺は、ちらりとハイドさんを見た。

全部話しても良いのだろうか。

ハイドさんは、大丈夫だよと優しく頷いてくれた。

俺は深呼吸をする。


「えっと、俺は……」


巻き戻ってからもう何度目になるのか。

俺は、巻き戻るに至る過程を説明した。

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