28.お人好しと同情
ゾルオの件は、意外とあっさりとハイドさんが謎を解き明かした。というのも、その理由を作ったのは国、それも、ハイドさんが属する騎士団が手を下した事だったかららしい。そのことを、シュリとエイルとの待ち合わせ場所に着くまでの道で教えてくれた。
「ゾルオ先生はね、子供の頃両親を亡くしててね。原因は、馬車の事故、ということになっている」
「どういうこと?」
俺はハイドさんに尋ねる。そもそも、両親を亡くしているという話自体、初耳だった。巻き戻る前も、親の話は一度も出てこなかった。
「両親は殺されたんだよ。王の命令でね」
「え!? なんで!? 悪いことでもしたの!?」
その言葉に、ハイドさんは首を振った。
「悪いことはしていないよ」
「じゃあなんで!?」
「それはね、ゾルオ先生のご両親が、国にとって都合の悪いものを発明したから、という理由みたいだね
「都合の悪いもの?」
「そう。誰でも、自由に簡単に火を起こせる装置を発明したんだ」
俺は首を傾げた。聞く限り、国が困る理由は見当たらない。寧ろ、良いことをしているようにも見えた。
「我が国の王はね、クレアとマイタンの子孫だと言われているのは知っているかい?」
その質問に、俺は首を振った。村にいた時は、国の歴史なんて勉強することは無かったし、それよりも農作業の一つでも覚えた方が良かった。巻き戻る前に王都に行った時も、ゾルオ先生ですらその事を俺に教えてくれたことは無かった。
「伝説ではね、ディーレを封印したクレアとマイタンが王と王妃になり、平和な国を作ったとされているんだ。それに、貴族も王家から分家した所も多いから、貴族の大半は自分達も元をたどればクレアとマイタンに繋がっていると信じている人達も多い。そうだね。もしかしたらラキ君がこの話を巻き戻る前も聞かなかったのは、クレアの魔法を使えたラキ君が、平民出身だったからかもしれないね。魔法を使うラキ君を見て、一部の貴族たちはかなり動揺したと思うよ」
「……確かに、皆戸惑ってたかも」
「あえて口に出さないことで、自分たちの立場が揺るがないようにしていたんじゃないかな」
だからこそ、シュリに王都に連れていかれた時、ゾルオ以外は誰も近づいてこなかったのだろう。それからも、良くしてくれたのはシュリとエイル、ダイナンさんくらいだった。
「不思議かもしれないけどね。貴族っていうのは、自分の血筋とかを結構気にする人たちなんだ。まあ、ラキ君は正真正銘魔法を使えたし、信じるしかなかっただろうけどねえ。しかもローグまで殺せちゃうものだったから、恐ろしくもあったんじゃないかな。でも、魔法じゃなくてただの発明だったら違うよね」
「えっ……」
「王様、といっても前の王の時代だったけど、クレアの創造の魔法のような事が誰でも簡単にできちゃうのは、自分の権威が揺らぐと思ったみたいだよ」
「そんな事で!? なんの罪も無い人を殺したの!?」
ハイドさんの言った事実に、俺は全く理解できず、ハイドさんを責めるように言ってしまった。
「だから事故に見せかけたんだろうね。前の王様は気性も荒かったから、余計にそういう手段に出たんだろうね」
「そんな……。酷すぎる……。無茶苦茶だ……」
火をおこすのは本当に大変な作業だった。火打石で火花を散らしてもなかなか付かないのだ。それは、あくまで貴族であるゾルオの家に来ても同じで驚いた記憶もある。だからこそ、ゾルオの両親は、皆が便利になって喜ぶことを思い描いていたはずだ。
「それからゾルオ先生は熱心に歴史、特に伝説を教育されたみたいだね。だからゾルオ先生は歴史の、特に第一人者となるまでになった、というのがこちらが把握してる流れだったみたいだけど……」
「どっかで知っちゃったのかな。ゾルオの親が殺された理由」
「多分ね。それで、この国を恨んじゃったんだろうねえ……」
何故ディーレを使って世界を滅ぼそうとしたのか。その理由を、やっと理解することができた。その瞬間、ゾルオは俺の中で、理解できない恐ろしい存在から、ただの人へと変化した。
「何か、ラキ君にとっての安心材料になったかい?」
「うん。ありがとう。理由があるってわかったら、恐怖を感じなくなった気がする」
「それなら良かった。ただ、まあ一度国を恨んでしまった人間を、どうにかするのは難しいけどねえ」
「ハイドさんでも?」
そう尋ねると、ハイドさんは悲しそうに頷いた。
「恨みを完全に消すことは難しいからねえ。しかも、相手は国だから、解決もなかなかに難しい。せめて気持ちを和らげるくらいだけど、ゾルオ先生ともなると、助けを求められるような相手なんて、そうそう……」
ハイドさんは、ハッとして、何故か俺を見た。
「ハイドさん……?」
「いや、なんでもないよ。それよりも、早くシュリさんとエイルの所に行こうか。ゆっくり話しすぎて、待たせてしまっているかもしれない」
ハイドさんは、何かをごまかすように話を変えた気がする。何故俺を見たのだろうか。俺がゾルオにとって助けを求められる相手とは思えないが、何か役に立てることがあったら俺も手伝いたい。
『何故、神は、神が決めた者以外、自然を操ることを許しはしないのですか!?』
ゾルオの言葉を思い出す。ゾルオは神様の事を調べていると、ハイドさんは言っていた。ゾルオは、神がゾルオの親の発明を許さないとでも思ったのだろうか。
そんなことはないのに。そもそも俺は神様じゃないから……。
そう考えて、俺はハッとした。ゾルオは、『神様』に助けを求めた。『神様』なら、ゾルオの気持ちを楽にすることができるのだろうか。
「ハイドさん!」
俺は、少し先を行くハイドさんに呼びかけた。
「ゾルオは、『神様』なら助けを求めてくれる!?」
俺がそう言うと、ハイドさんは明らかに動揺するそぶりを見せた。そして、ハイドさんは首を振る。
「ラキ君は本物の神様じゃないでしょ。それに、どっちにしろ、ゾルオ先生がディーレを復活させないようにすれば、それで……」
「じゃあ、なんでハイドさんは俺を見たの? もし助けを求めてくれさえすれば、ハイドさんが何か動けることもあるんじゃないの!?」
俺がそう言うと、ハイドさんは大きくため息をついた。
「ラキ君はちょっと前まで、トラウマになるほどゾルオ先生を怖がってたでしょ? それに、ゾルオ先生は、巻き戻る前とはいえラキ君に酷いことをした人だ。だからね、もっと別の方法を考えてもいいと思う。それに、ゾルオ先生とラキ君が近づくことは、リスクも大きい。だから、こういうのは大人に任せなさい」
「でも……! ……わかった」
リスクがあると言われたら、何も反論できなかった。確かに、俺がきっかけで全てが駄目になったら今までの全てが水の泡となるのだ。
「でも、せめて、解決が間に合わなかったら、俺が見た未来を言う前に、一度だけでもゾルオと話をさせて。だって、俺が未来を言っちゃったら、“神様”が危険だと言ったなら、ゾルオの親みたいに殺されちゃうかもしれないでしょ? だったら、説得したらもしかしたら……。駄目?」
そう言うと、ハイドさんは半分困ったような顔で、俺に言った。
「何を言われるかわからないんだよ? 心を傷つけられる事を言われるかもしれない。言葉巧みに同情をひいて、ゾルオ先生の都合の良いように使われるかもしれない。大人はラキ君が思うよりも汚くて……。いや、それなら私がまだ守ってあげられる所で、それを知るのも良いかもしれないか……」
ハイドさんは暫く考え込むと、小さく息を吐き、俺に言った。
「わかったよ。こっそり会わせてあげる」
「ほんとに!?」
「ただし、その後ラキ君が感じたことを、嘘偽りなく私に話すこと。全てを疑いなさいと言われても、うっかり信じてしまうかもしれないからね。そして、その事に対して私が言った事を必ず守ること。それから……」
ハイドさんは、まっすぐ俺の目を見て言った。
「私は、ゾルオ先生がどうにもならない危険な存在だと感じた時点で、問答無用で殺すよ。流石にラキ君の前では殺しはしないけど。私も、ゾルオ先生のご両親を事故と見せかけて殺した人たちと同じタイプの人間だし、ラキ君がどれだけ殺さないで欲しいと言っても聞けない願いになる事もある。それだけは、覚悟しておいて」
「……わかった」
本当は、そうならない未来を見つけたかった。けれども、ハイドさんの目は、嫌だと言えない気迫があった。
「さあ、そろそろ本当に急がないとね。まずは、タリーお嬢様のおばあさまに会って、情報を得ない事にはなにも始まらない」
ハイドさんの言葉に俺も頷き、歩き始めた。得られる情報が真実に近づけるものであるようにと願いながら。
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