27.想定外と恨んだ理由

 シュリから、タリーさんのおばあ様という人から、俺達も同行しても良いと了承を得た頃、俺はローグ・ディアの調査をしている騎士団に、こっそり隠れてついて行っていた。今回は、ダイナンさん率いる10名程の騎士が・シュリやエイルと共に調査を行っている。そのため、バレないように、気づかれないけど向こうの様子が見えるギリギリの距離を、隣にいるハイドさんが保ってくれていた。


「ちゃんと、ローグいてくれるかな」


 俺は、不安になってそう呟いた。ローグは人間を執拗に襲うとはいえ、絶対にいる保証はなかった。ローグ・ディアが現れると危険ではあるが、今回の作戦では現れてくれる必要があった。


「その心配は、いらなさそうだよ」


 ハイドさんの声に、俺は思わず顔を上げる。その瞬間、騎士団の一人が悲鳴を上げた。瞬間、2頭のローグ・ディアが襲い掛かってきた。


「岩よ! 現れろ!」


 と、シュリの声が聞こえた。騎士団10名を守るように、ローグ・ディアが通れないほどの岩の柵が現れる。シュリ曰く、この日のために何度も早くイメージができるよう練習したらしい。


「種よ! 現れよ!」

「木々よ! 蔓よ! 伸びろ!」


 次に、シュリが木や蔓の種を増やし、エイルが成長させる。ローグ・ディアの大きな角をひっかけて、動きを止める作戦だ。けれども、ローグ・ディアの角の力は強く、今にも蔓を引きちぎって、木を貫き引き裂いてしまいそうになっている。

 部隊側の作戦では岩の隙間から矢を撃つ作戦だが、その恐ろしさに怯えて矢を引く手が震えている騎士もいた。しかも、矢は振り回す角で簡単に弾かれ、一部矢が刺さっても、ローグ・ディアは気にするそぶりを見せない。

 ここまで、全て作戦通りだった。


「ラキ君、いける?」

「うん」


 俺は、一気にローグ・ディアに向けて駆け出した。こちらにローグ・ディアが気付いたと同時に、一頭の動きづらそうにしているローグ・ディアを、剣のように固くした木で突き刺す。と、同時にもう一頭が動かないように、蔓を角と足にしっかりと縛り付けた。

 その瞬間、背後に新しくもう一頭が迫ってくる気配がした。俺は風で弾き飛ばし、同時に先ほど動かないようにしたもう一頭も木で仕留める。最後、新しく来た一頭も、同様に仕留めた。

 騎士の人たちが、ポカンと俺を見ている。


「神様……」


 シュリがそう呟く。それも作戦のうち。シュリは『銀髪の神様』を知っているはずだから。シュリの言葉を聞いた後、俺は口を開く。


「次は王都の西。川のそばにある村の近く。大きな体と巨大な牙を持つイノシシ、ローグ・ボーアが現れる」


 俺はそれだけを伝えて口を閉じた。そして草木でまだぼんやりとしている騎士団からの視線を隠す。その隙に去る、はずだった。


「お待ちください!」


 そこに、いるはずのない声が聞こえて、俺は立ち止まる。足が、手が震えた。何故。騎士団の人たちの中にはいなかったはずだ。


「ゾルオ先生!? どうしてここに!?」


 エイルが叫ぶ。けれど、そんな声など聞こえていないかのように、ゾルオは俺に向かって叫んだ。


「神よ、どうか教えてください! 何故、神は、神が決めた者以外、自然を操ることを許しはしないのですか!?」


 何故、ゾルオがそんな質問をしたのか、俺にはわからなかった。ゾルオが一歩、俺に近づいてくる。俺は、ハイドさんが言った言葉を思い出す。


『いいかい? 君は今から神様だ。少しの事に動揺している様子を見せてはいけないよ。もしかしたら神様に質問してくる人がいるかもしれない。けれど、無理に答えてはいけないよ。必要な事以外は答えずに去る。堂々と、今教えるべきではないというようにね。変に何かを言おうとすると、ボロが出てしまうよ』


 俺は、くるりとゾルオに背を向けた。ゾルオが追って来れないように、完全に道を塞ぎ、視界を隠す。風を操って突風を吹かせた瞬間、俺は一目散に走りだした。これで、俺の走る音すら聞こえないだろう。

 暫くして、視界の先にハイドさんが見えた。俺は、一目散にハイドさんに向かって走り抜ける。


「お疲れ様」


 ハイドさんを見た瞬間、力が抜けたようにその場にへたり込んだ。


「大丈夫かい? 何も問題は起こらなかった?」

「あ、いや……」

「とにかくここを離れるよ。神様を追ってくる人がいても良くないしね」


 俺は、ゾルオの事を思い浮かべる。騎士団の人たちは、ダイナンが止めれば動かないだろう。けれども、ゾルオはわからなかった。

 俺は、頷いて立ち上がった。とにかくもっと先に逃げたかった。


「行こうか。こっちだよ」


 ゾルオの事が気になりはした。けれども、とにかく俺は、その場を去ることを優先した。




「……なるほど。ゾルオ先生がねえ」


 もう流石に見つかることはないだろうという所まで来て、俺はゾルオ先生が現れたことについて話した。恐らく、作戦通りにはできたと思う。多少動揺はしたけれども、ゾルオ先生は俺を神様だと信じ込んで質問をしていた。だから、バレたかというより、ゾルオ先生の言ったことに関して気になっていた。


「なんで、あんなことを俺に聞いたんだろ」

「気になるのかい?」

「うん……。ちょっと……」


 神は神が許した者以外、自然を操ろうとする事を許さない。何故俺にそんな事を聞いたのか、理由に検討が付かなかった。


「実際、許さなれないとかあるの?」

「うーん。そもそも人間が自然を操るなんて、想像がつかないねえ……。操れるのなんて、ラキ君含めた3人ぐらいだと思うよ」

「そっか……」


 確かに、魔法以外で自然を操る術なんて知らなかった。俺が平民として暮らしていた時も、巻き戻る前にゾルオ先生と一緒に暮らしていた時でさえ、火をおこすのも水をくむのも大変な仕事だった。


「うーん。これは調べてみるか」

「え!? そんな、わざわざいいよ! ハイドさんだって忙しいんだし」

「いや、これは単純に、ゾルオ先生がディーレを復活させた理由がわかるんじゃないかと思ってね。私も気になったんだ」

「理由……」


 何故ディーレを復活させたのか、確かに俺もわからなかった。ディーレを復活させたら、ゾルオ先生だって死ぬかもしれないのだ。


「ゾルオ、復活させる時に、世界が生まれ変わるって言ってた」

「世界が生まれ変わる、ねえ」


 ハイドさんは、考え込む。


「何か、この世界に恨みでもあったのかな」

「恨み……。なんでこの世界を恨んでたんだろう……」

「……ラキ君は大丈夫なのかい? あんなに怯えてたでしょ?」


 確かに、以前ゾルオを見た時、息が苦しくなった。けれどもそれは、俺がしてしまった過ちを思い出してしまうからだった。


「俺の失敗した事、皆大丈夫って受け入れてくれたから。それに、ちゃんと相談したらいいって、わかったし。だから、ゾルオの事思い出しても、少しだけ大丈夫になったんだ」

「……ゾルオ先生を、恨む気持ちは無いのかい?」

「それより、なんでそんなことしたんだろうって事の方が知りたい。なにか世界を恨んじゃうような事でもあったって事なんでしょ?」

「……そうじゃない人もいるけどね。ゾルオ先生は、そうかもしれないね」


 ハイドさんは、俺を撫でる。


「調べてみるよ。また何かわかったら教えるね」

「ありがとう!」

「まったく。君は本当に、心配になるくらい優しいね」

「どういうこと?」

「うーん。秘密」


 そう言って、ハイドさんは俺の頭を更にわさわさと強く撫でた。ハイドさんは俺の事を優しいと言う。それは最初、俺をただ慰めるためとか、勇気づけるためだと思っていた。

 けれども、心配になるとは、どういうことなのだろうか。何かハイドさんに心配をかけることをしてしまっているのだろうか。

 本当に優しいのはハイドさんだと思う。だって、こんなにも俺を助けてくれるのだから。だからこそ、ハイドさんのためにももっと頑張らなければいけない、そう思った。

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