24.人見知りと神様
あれから、王都は案の定忙しくなったらしい。ローグ・ベアという、騎士団長と王直轄の騎士団所属の二人の騎士でも倒しきれなかったローグに加えて、シュリの言っていた神様に出会ったというのだから。
しかもその神様がローグ・ベアをいとも簡単に倒したというのだから、その神様の話で持ち切りとなっているという。勿論ゾルオ先生にも二人は質問攻めにされたらしいが、嘘が下手なダイナンさんは俺の魔法の戦いに関して偽りなく語ってもらい、そこにそれっぽく嘘を付け足すことで、良い感じに誘導したらしい。今もゾルオ先生は、見つかるはずのない神様に関してひたすら調べているという。
「ま、神様はここにいるんだけどねえ」
そう言ってにっこり笑うハイドさんに、俺は一瞬身震いした。今まで見ていた優しいハイドさんとは、まったく別の感情が読めない笑顔だった。
「ハイドおじさん、たまに怖い笑顔をするんだ」
俺が怯えていると、エイルがコソッと俺にそう言った
「俺今日初めて見たけど、こんな顔もするんだね」
「あはは、今のはわざとからかっただけだよ。こんなあからさまな笑顔を見せても、逆に警戒されるだけだからね」
隣を歩くエイルとひそひそ話をしていると、ぬっとハイドさんが割り込んできた。聞かれていたと思わず、俺もエイルも飛び上がる。後ろにいたのも、本当に音はしなかった。
「ハイドおじさん、驚かさないでください!」
「いやあ、ラキ君がやっと少し心開いてくれたからねえ。もうそろそろ、ちょっといたずらしたり、遊んでもいいかなあって」
「ちょ、ハイドさん、いたずらってどういうこと!?」
「もう、別にこんな私を見ても、本気で警戒はしないでしょ?」
「……ラキ。ハイドおじさん、昔からたまに驚かせて来るんだ。覚悟した方がいい」
「ええっ……」
けれど、ハイドさんを見るといつもよりリラックスして笑っている気がして、まあいいかと思ってしまう自分がいた。多分、今まで気を使って話してくれていたのだろう。そう思うと、申し訳なくもあった。
「それにしても、なかなかにラキ君の騎士団見習いの格好も様になってるね。暫く着て練習もしてもらったから、馴染んでるよ。茶髪なのは慣れないけどね」
ハイドさんが、そう言ってマジマジと俺の姿を見る。俺たちは、シュリの言っていた友達の所へ向かっていた。
ただ、シュリの友達ということは勿論貴族だ。平民の格好では入れるわけはなかった。更には銀髪の神様で話題になっている中、目立つ銀髪で行くわけにもいかず、今俺は騎士団見習いの服を着て、茶髪のかつらを被っていた。
「いっそのこと、騎士団に入ってほしいくらいだ。聞くと、巻き戻る前は僕とラキでよく勝負をしていたんだろう? なかなかに楽しそうだ!」
「いや、今もしてるし……」
「今は休暇の日しか来れないだろう? 僕としては、毎日でも戦いたいからね」
「まあ、俺も楽しかったけど……」
そう言えば、エイルは嬉しそうに笑った。エイルとは、あれから何度かあって、とても仲良くなった。平民との差を感じさせずに接してくれるエイルは、流石だった。
「そろそろ着くよ。シュリさんの話ではあまり礼儀作法に厳しすぎる家ではないみたいだけどね。教えた作法は、完璧かな?」
「た、多分……」
「お辞儀とか以外は、とにかく僕たちの真似をしたらいいよ」
「う、うん……」
「まあ、先にシュリさんが着いているみたいだから、その辺も上手くやってくれてるよ」
本当は、情報を得るだけなら俺は行かなくても良かった。けれどもシュリ曰く、王都で話題になっている銀髪の神様がいた方が饒舌になってくれるだろうとの事だった。それに、自分のことなのにあまりにも人任せなのも良くない気がして、俺も行くことを決意した。
そこから、最低限の礼儀作法を習い、今に至る。
けれども、その不安は一瞬で無くなることになる。何故礼儀作法に厳しくないのか、いや、できないのか。それは、出迎えてくれたはずの、黒い髪を二本の三つ編みにしておさげにした、眼鏡の女の子を見てわかった。
「あ、あ、あ、あ、あのっ……!」
「こら、タリー、ちゃんとご挨拶しなさい!」
「ご、ご、ご、ご、ごきげんよう!!」
そう言った瞬間、タリーと呼ばれた女の子は、家の奥へと消えていった。
「ごめんなさいね……。せっかく来てくださったのに……」
「いえいえ、こちらこそこんな大人数で押しかけてしまって」
「いえ、ほんと、あんな娘ですので友人もなかなかできないもので……。それでもクレアとマイタンの伝説が3度の食事より大好きな子ですから、貴重なマイタンの魔法が見れるというだけでも、本当に喜んでおりました。それに、伝説に興味があるという子まで。シュリさんのお友達ということで、是非ゆっくりしていってください」
今回は、シュリの紹介でタリーという女の子にエイルの魔法を見せる目的で訪問している。ハイドさんは、マイタンの魔法を使えるエイルの護衛という設定、俺はエイルと同じ騎士団見習いで、シュリとはクレアとマイタンの伝説で仲良くなって、伝説に詳しいタリーさんとも話してみたいと言った設定だった。
通されたのは、まるで図書館のような場所だった。けれどもそこは、本来お茶を飲んで話すサロンという場所らしい。そこには、ドレスを着て優雅にお茶を飲んでいたシュリが来た。
「あら、みんな来たのね!」
「シュリ、タリー令嬢はどちらだい?」
「彼女ならあっちよ!」
そう言ったシュリの目線のほうを見ると、本を頭に被って隅で縮こまっているタリーさんがいた。
「か、彼女は大丈夫なのかい?」
「そうねえ……」
シュリは少し考えて、そしてハイドさんを見て言った。
「そろそろ、あれを見せてもいいかしら?」
「少々お待ちください」
ハイドさんは、そう言って、ハイドさんはメイドさんの一人に声をかけた。計画では、魔法は国の秘密だから、部屋の外へ出て欲しいとお願いすることとなっていた。それは、俺が銀髪の神様であることを隠すためでもあった。
暫くして、メイドさんや執事さん達は、ドアの外に出ていった。ハイドさんは、大丈夫とシュリに合図をする。
「タリー。ほら、見て!」
そう言って、シュリは目を閉じる。
「花の種よ 現れろ!」
シュリがそう言えば、シュリの手元に光が集まり、そして一つの種が現れた。
「ねえ、エイル! この花を咲かせて!」
「わ、わかった! 種よ 育て!」
エイルがそう言うと、種が割れ、目が出て、そして蕾が膨らんで、花が咲いた。
「ほら、凄いでしょ」
タリーさんは、一瞬固まってその花を見た。そして、シュリに向かって、一目散に駆け寄ってきた。
「しゅごい……。どうしよう、しゅごいしか語彙が出てこない……。妄想が現実に現れるなんて……! クレア様が何かを創造するときは、光の中から現れるのね。なんて解釈の一致……。想像していた通りよ。神々しくて良き……。そしてマイタン様の魔法……。こちらは逆に草木の成長の過程をそのまま辿るのね。マイタン様の魔法は国の繁栄にも貢献した魔法……。でも戦闘時は、自然本来の姿を超えた姿にすることもできたのだとか。そうだ、ねえ、あなた! この花を更に大きくすることとかは……」
そう言ってタリーさんはエイルの手を握った。エイルはタジタジになって、若干引き気味になっている。しかし、それに気付いたタリーさんは、また固まって動かなくなった。
「ご、ご、ご、ご、ごめんなさい!!」
「あ、いや、僕は大丈夫だ。気にしないで」
「いや、そんな、マイタン様の魔法を使える方の手を握ってしまうなんて! おこがましすぎて、すぐ洗って頂かないと!」
「タリー、落ち着いて!」
シュリはタリーさんの手を握る。
「あうぅ……。ご、ごめんなさい……。いつもの癖が……」
「ふふっ。久しぶりにタリーが興奮している姿見れてうれしかったわ! あ、皆、紹介するわ! 彼女がタリー! ……見ての通り、クレアとマイタンの伝説の大ファンよ」
そう言って紹介されたタリーさんは、目を白黒させてシュリの後ろに隠れていた。人見知りだけど良く喋る。その意味がわかった気がした。
「そして、こちらがエイル。見ての通りマイタンの魔法を使える人よ! そしてこの方はハイドさん! 私達を護衛してくれているわ! そして彼が……」
シュリは、何故かいたずらを仕掛けるような笑みを浮かべた。
「ねえ、ラキ。カツラを取って!」
「え、う、うん……」
俺はカツラを取る。その瞬間、タリーさんが再び固まった。
「こちら、ラキ。今話題の銀髪の神様よ!」
「かみ……、しゃま……」
そう言った瞬間、何故かタリーさんは倒れた。
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