22.ひとりとみんな
一度しか会ったことのないシュリとエイルに、こんな話をしても困るだけではないか。巻き戻る前に知り合っていた、なんて言っても気味悪がられるだけなのではないか。
そう、少し前まで考えていたのは、紛れもない事実だった。けれどもその考えは、すぐに覆された。
「ねえ、ずっと聞いてみたかったの! なんで私の事も魔法の事も知ってたの!? そうだ、会えたら聞こうと思っていたのだけれど、絶対にあの時水を凍らせたのはラキでしょ!? あれから何度練習しても出来ないもの!」
「僕の事も知っていたそうじゃないか? ハイドおじさん経由で僕の能力を伝えてくれたのは君だったんだってね? 神様じゃないと言うが、それだったら何故知っていたんだい?」
そう言う二人は、気味悪がるというよりは目をキラキラさせていて、圧力が凄かった。こんなに二人とも子供っぽかったっけと思ったが、そもそも彼らの年齢はまだ10歳で、記憶よりも幼いのも仕方ないかと思った。巻き戻る前のこの時期の二人との会話は、印象に残っているところ以外は曖昧だ。けれどもこのような感じだったのだろう。
「な? ハイド。二人も一緒で正解だっただろ?」
「あはは、これを想定していたのか。なるほど、やはり君は凄いね」
俺は、何が理由で正解と言っているんだと、ダイナンさんを見る。俺としては寧ろ、どうしたらいいのかわからない。そんな俺をよそに、ダイナンさんは面白いものを見るように笑った。
「ほら、観念して答えろ! まずは何故俺たちの事を知っていたのか、からか?」
俺は大きく息を吐く。もう言うしかない。
「……時間が巻き戻った、から。16歳の時に」
「凄い! だから私たちの事を知っていたのね!」
「何故巻き戻ったんだ? それとも君が……」
1つ話せば10質問が帰ってくるのではという勢いで、シュリとエイルに迫られる。流石に埒が明かないと思ったのか、ダイナンさんが止めに入ってくれた。
「シュリ、エイル、落ち着け! ラキ、可能なら時系列順に話してくれ。じゃないと、なんでなんでと、こいつらがうるせえ」
「わ、わかった」
そう言って俺は今までのことを話した。
魔法を初めて使った日の事から、シュリと出会った日の事。王都に行って、ゾルオに引き取られた事。エイルと友達になったこと。そして、ゾルオに騙されたこと。
「それで……、それで俺はディーレを……」
「復活させたんだな」
「……うん。その後なんで時間が巻き戻ったかわからない。気が付いたら、魔法を初めて使った日に戻ってた」
話し終わって、場が静まり返る。ハイドさんに一部を話したときよりも、だいぶ冷静に話せたと思う。けれども俺は、皆の顔を見ることができなかった。
「最低だわ」
そんな中、口を開いたのはシュリだった。最低、という言葉に、俺はドキリとする。
「そうだよね……。俺……」
「ゾルオ先生最低よ! 何も知らない子供を騙すなんて! そんな人だとは思わなかったわ!」
「えっ……?」
その時、俺は初めて顔を上げて皆の顔を見た。皆、何故か泣きそうになっていた。
「悪いのはゾルオ先生じゃないか! 君は何も悪くない! 騙したのは紛れもなくゾルオ先生だ!」
「そうよ! あなたが責任を感じることじゃないわ!」
「だ、そうだ。ま、俺もそう思うぜ?」
ダイナンさんが頭を強く撫でた。けれども俺は、すぐに意味を理解できなかった。だって、俺は勝手に信じて、騙されて……。ディーレを復活させたのも、俺自身で……。
「俺、思うんだ。もし、俺がちゃんと少しでもゾルオを疑っていたら。少しでもちゃんと何か勉強していたら。多分、皆だったらこんな騙され方はしない。そう考えると、結局騙された俺の責任なんじゃないかって」
「ラキ君……。それは……」
「ほんとは、ここで籠ってるのは良くないってわかってた。でも、もしまた俺がまた馬鹿なことしたら、皆から軽蔑されたらって、会ったことも無いのに勝手に怖がって、ここにいて良いって言うハイドさんに甘えてた。ゾルオを見た瞬間、色んなことがフラッシュバックして、復活させてしまった時、シュリとエイルから軽蔑されたのを思い出して、優しくしてくれたハイドさんまで信じてよいのかわからなくなって、でもやっぱり頼ってしまって、わけわかんなくなって……」
「ラキ君。ちょっと聞いてくれないかな」
ハイドさんが、俺の前に座った。
「ラキ君、以前私は確かに、正しいと判断して行動するのは自分の責任って言ったよ。だけどね、それは私が大人だからだよ。私は今まで、悪意を持って私を騙そうとしてくる人にも、逆に善意で事実と信じて間違った情報を教えてくれる人にも会ってきた。でも、それを判断できるのは、私が大人で、色んな経験を積んできたからだよ。私だって騙されてしまったこともある」
「ハイドさんも騙されたことあるの……?」
「勿論そうさ。そのたびに、色んな人に助けられてきた。しかも私が責任と言ったのは、私が仕事として聞いていたからだよ。情報を調べて正しいかどうかを判断して報告するのが私の仕事であり、その情報に責任を持たなければいけない。勿論、仕事じゃなくても騙されないに越したことはないし、騙されない術を持っていることに越したことは無いよ。けど、ラキ君はまず、怒っていいんだ。なんで俺を騙したんだって。悪いのは、騙してきた人なんだから」
「怒っていい……。俺が、ゾルオに……」
ゾルオに怒りを感じるよりも、自分への怒りと失望がずっと大きかった。悪いのは、ゾルオ。そう思うと、少しだけ楽になる自分がいた。
「いいか、ラキ。おまえは運が悪かっただけだ。たまたま、やべえやつに、しかも判別のつかねえ子供の頃に出会ってしまった。しかも、本来子供が騙されねえように見守る立場であるはずの人間にだ。いいか。マイナスな事を考えそうになったら、こう唱えろ。自分は、運が悪かっただけだと」
「運が悪かっただけ……」
そんな無責任な感じで良いのだろうか。俺は一度、世界を滅ぼしてしまったのに……。
「それに、今はまだ世界は滅んでねえ! それで十分だ! な?」
「うん……。そうだね……」
今はまだ少し混乱していた。けれども、いつか二人の言った意味がわかるようになるのだろうか。
「ね、ねえ……。一つ気になったんだけど」
と、シュリが暗い顔で言った。
「私とエイルがあなたを軽蔑していたって、どういうこと……?」
「僕たちは友だったのだろう? それなのに、友が困っている時に助けもしないなんて……。僕としては、考えられないんだ」
「それに、私とエイルは止めなかったのかしら。今の私だったら絶対止めてたわ」
「いや、二人に相談はしてなくて……」
「「なんで!?」」
シュリとエイルは同時に俺に詰め寄った。
「仲良かったのよね!? なんで言ってくれなかったの!?」
「実は僕達のこと嫌いだったとか!?」
「いや、大好きだったし、えっと、言うなって言われてたし……」
「それでも!」
「はい、ストップストーップ! 例えばだ、エイル。俺に言うなと言われたことを、友達に言うか?」
「あ……、いえ、そんなことは……」
「そういうことだ。こいつにとって、ゾルオ先生は、仮でもラキにとってはただ一人の父親だった。子供なんてそんなもんだ」
そう言って、ダイナンさんはエイルの頭を撫でた。
「ま、でも、誰かに相談していたら、巻き戻る前の未来も変わっていたかもしれねえ。俺が、頼れるところはたくさんあった方がいいって言った意味、わかったか?」
ダイナンさんにそう言われて、俺はハッとした。俺が駄目だったことは、騙されたことではなかった。誰にも相談せずに、一人でやろうとしたことだ。
ハイドさんも出会った頃言っていた。情報は多い方が良いと。俺は、一つの情報しか知らなかった。だから判断がつかなかった。
頼る先が沢山あれば、沢山の中から情報を得ることができる。勿論何を選ぶかは俺の責任だけれども、一つの情報を騙されていないか考えすぎるより、何倍もいいのだ。
「スッキリした顔をしたな! 良かった、良かった!」
ずっと、どうしたら良いのかわからなかった。今もどうしたら良いのかわからない。けれども今のほうが、ずっと未来は明るかった。
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