20.独りと沢山

「ちなみにだ。エイルもちゃんとラキに礼を言っただろうな」

「あっ……」


エイルは、ハッとして俺のほうを見た。

そういえば、俺を見るなり魔法の事に夢中になってたっけ。


「馬鹿もん!! ラキが助けてなかったら、おまえは死んでたんだぞ!!」

「ダイナンさん、俺別にいいよ」

「ダメだ! 俺は息子を礼も言えねえ子に育てた覚えはない!」


俺は、エイルと目が合った。

なんだかんだ、こんな場面でわざわざ感謝されるのは、感謝を受ける側も恥ずかしい。


「ラキ……、君?」

「ラキでいいよ」

「わかった。それでは、改めて、ラキ。本当に、僕を助けてくれてありがとう」

「ど、どういたしまして……。こちらこそ、あの数のローグ・ベア、エイルの魔法がなかったらきつかった」

「いや、そもそもラキの魔法があってこそだ」


その会話をした瞬間、大人二人が一瞬固まった。


「ラキ君……。もしかしてなんだけど、下に……」

「あ、そうだ。言ってなかった。下にローグ・ベアが3体いたんだ。蔓が足りなかったけど、エイルが伸ばしてくれたおかげで、倒せたんだ。無事、3体倒せたよ」

「怪我とかは、してないんだね? エイルも……」

「うん。だって……」


俺は、基本的に傷を負うことはない。

そう思うと、ああ、ハイドさんはエイルの事を気にしていたのかと理解する。


「エイルは俺の後ろにいてもらったから。もちろん、崖から落ちた時も大丈夫なようにしたから」

「そっか、良かった」


さっきから、ハイドさんがエイルのことを気にしているのは、嫌というほど伝わってきた。

仕方ない。

俺は、まだ会って一か月しか……。


「あ、でも、血土見つけてないや。俺、調べてくるよ。多分、崖の上じゃなくて下にあると思う。こっちは多分、ローグの気配なさそうだし」

「あ、ちょっと、ラキ君!?」


どうやら俺は、何かあると逃げたくなるらしい。

弱いなあ、俺は。

そう思いながら、崖から飛び降りようとする。


「ラキ!」


ダイナンさんが、俺を呼び止めた。


「20分経ったら戻って来い。あまり道がわからなくなるほど遠くまで行くな。おまえは強いが、森に迷ったら戻ってくるすべは持ってないだろ」

「わかった」

「頼んだぞ!」


ダイナンさんの言葉を背に、俺は崖を飛び降りた。

最初は怖くて仕方なかった浮遊感も、落ちていく世界も、気が付けばもう慣れていた。

風を調整すれば、ある程度スピードも調整できた。


再び、エイルが成長させた森の中に入る。

普通であれば歩くのが大変なほど茂っていたが、魔法を使えば簡単に道を作ることができた。

迷わないように、作った道を残していく。

巻き戻る前はまだ血土はこの地に無かったから場所はわからない。

血土が現れ、ローグの数が増えたのも、今から何年も後のはずだったから。

けれどもあの数のローグがいたのならば、小さくても血土はあるだろう。


と、突然視界が開けた。

何度見たかわからない血土。

原因だけは、巻き戻る前もわからなかった。


(土よ 再生せよ)


赤く染まった土が消えていく。

俺はこの作業が好きだった。

俺の中の嫌なものが、一緒に消えていくようで。


『そっか、頑張ってたんだね』


ハイドさんがそう言ってくれた時、嬉しかった。

けれどもハイドさんには、その優しさを向けたい人が沢山いる。

そんなの当たり前の事だった。

ハイドさんは親ではない。

実の親でさえ向けてくれなかったものを、会ったばっかりのハイドさんに期待するのはおかしい。

ハイドさんがゾルオみたいに悪い人じゃなくても、それとこれとは違うのだ。


「そろそろ20分経つか」


俺は、作った道を閉ざすように、草木を元に戻した。




崖上にあがると、皆の視線が一直線に俺に向いた。

それが、良い理由でない事はなんとなくわかった。

ハイドさんが、何故だが申し訳なさそうに俺を見ていた。


「えっと……」

「血土はあったか?」

「うん。再生してきた」

「そうか。助かった」


ダイナンさんが、俺の頭を撫でる。


「ラキ。おまえと話しておきたいことがある。帰りながら話すが、俺が担ぐか?」

「いや、まだ大丈夫」

「きつくなったら言え。下り坂は、登りよりもきつい」


そう言うダイナンさんはいつもよりも静かに話していて、けれどもそれが逆に怖かった。

俺は何かしてしまったのだろうか。

けれども、先ほどエイルに向けたような、怒りの感情は感じなかった。


「ラキ」

「はっ、はい!」


名前を呼ばれて、俺は思わず敬語で返事をした。

そんな俺を見て、ダイナンさんはふっと笑う。


「怖がらせるつもりは無かったんだが、いつもみたいに話すのも違うと思ってな。ラキ。正直に言う。今の騎士団では、ローグに勝つことは難しい。精鋭達を集めても、負傷者が出るのは避けられないと思う。それに、ハイドから聞いていたオオカミと違って、今回のクマは俺達でも厳しかった」


俺は、なんとなくダイナンさんの意図を察した。

確かに、巻き戻る前も俺がいなければ、騎士団にも死者は出たし、負傷者もたくさん出た。


「今回のローグ・ベアを国に報告すると、異変は国中で起こってると認識され、大掛かりな調査は避けられないだろう。俺としては、おまえに最前線で戦ってほしい。こんな子供をと思うところもあるが、これが最善なのは間違いないだろう。俺としても、大切な仲間を失いたくない」

「そうだね。だから、俺もそろそろ王都に……」

「だが、ハイドからおまえが王都に行くことは、精神的にもかなり重荷だと聞いた。……勿論理由は聞いていない。ハイドからは、おまえが話せるようになるまで待って欲しいとも言われた。けれども、そんな悠長なことも言っていられない。だから……」


ダイナンさんは立ち止まって、俺と向かい合った。

そして、少ししゃがんで、まっすぐ俺と目線を合わせた。


「何があったか、包み隠さず教えて欲しい。その中にはきっと、人には言いたくない重大な失敗と感じている部分もあるのだろう。しかしだ。それも含めて周りに伝えろ。一人で抱え込むな。怖かった部分も、辛かった部分も、全て言え。その方が、案外簡単に解決するものだ」


そう言って、ダイナンさんは優しく俺に笑いかけた。

思い出してまた息が詰まりそうな俺を、ダイナンさんは担ぎあげた。


「上を見ろ! ほら、空はでけえぞ!」


そう言われて、俺は上を見た。

そこには、雲一つない青空が広がっていた。

そう言えば、空をちゃんと見たのはいつだっけ。

ずっと見ていたけれど、こんなに広いと思って見たのは久しぶりだった。


「ほんとはもっと早く聞き出したかったんだけどよ! 強引にでもって言ったら、ハイドが待ってくれって頭下げるからよ! 自分たちを信用してくれるまで、待ってくれって!」


俺は、ハイドさんをちらりと見る。

ハイドさんは、困ったように笑った。


「それによ。ハイドばっかり頼ってるのもよくねえ」


ダイナンさんは、俺にしか聞こえないような小声で言った。


「それは、ハイドさんが困ってるから……?」

「いや、あいつのことはどうでもいい。あいつは無責任に世話焼いて、勝手に満足してるだけだ。ほっとけ」


突然のハイドさんに関する言葉に言葉に、俺は動揺した。

けれども、次に続くダイナンさんの言葉に、俺は更に動揺することになる。


「お前のためだ! 頼れるところは、たくさんあった方がいい! 1つだと、脆いからな!」

「えっ、それはどういう……」

「つう事で、明日にでも俺とハイドと、エイルとシュリお嬢様連れて行くから、覚悟しとけよ!」

「えっ、ちょっと待って!? 言うのってダイナンさんだけじゃ……」

「中途半端に聞いてるうちのエイルが寂しがるだろ? それに、シュリお嬢様も仲間外れにされたら拗ねるぞ~! あのお嬢様、おまえを神様って崇拝してるからな! それとも、おまえはエイルやシュリが嫌いか?」


突然、エイルにまで聞こえる声でそう言ったダイナンさんの言葉に、俺は慌てて否定した。


「じゃ、決まりだな! 頭の中整理しとけよ!」


そう言ってダイナンさんはズンズンと歩き始めた。

ダイナンさんに連れていかれるしかない俺は、ひっしでしがみつくしかなかった。

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