16.溢れる感情と涙
目が覚めた瞬間、何故俺が寝ていたのか検討も着かなかった。俺が布団の中で動いた瞬間、座りながら寝ていたハイドさんが飛び起きた。
「ラキ君! もう大丈夫なのかい!?」
「えっと、俺……」
「覚えてない? 急に駆け出したと思ったら、倒れたんだ」
その瞬間、記憶が感情と共に蘇る。そうだ、俺、昔の事を思い出して、わけわかんなくなったんだ。それで……、
「あの、ごめんなさい……」
「気にしなくていいよ。それより何か食べれる? こんな時、スープとかがあったら良いんだけど……」
「えっと、あの……。自分でするから……」
そう言って立ち上がろうとすると、ハイドさんはギョッとした顔で俺の所に来た。そして、俺を布団に押し戻す。俺は何かやらかしてしまっただろうか。
「倒れたんだから、大人しく寝てなさい」
「でも……、俺のせいで倒れて迷惑かけたのだから、自分でやらないと……」
実の父さんは、俺が風邪を引いたらうつすなと怒ったし、それで寝坊でもして手伝いが遅れたら怒った。ゾルオも、一通り検査をして問題無ければ、それきりだった。だから、そういうものだと思っていた。
「君の仕事は寝る事です。疲れてたのか、それとも……」
「怒ってる……?」
「怒ってるんじゃなくて、心配してるんです。無理してたらその事に怒るかもしれないけど……」
「心配……?」
ぽかんとしていると、ハイドさんはハッとした感じで、俺を見た。
「ラキ君は、私が怪我してるって言ったらどう思う?」
「えっ!? どこか怪我してるの!? 早く治療しないと……」
「今の気持ちが、私がラキ君に抱いている気持ちと同じものだよ」
同じ気持ち……? そう考えて、嬉しくなる気持ちと、戸惑う気持ちと2つが混在した。
ハイドさんが怪我したり体調を崩したりしたのは、皆を守るため。けれども俺は、俺の不注意が原因が多かった。
もしかして、何かハイドさんは勘違いして、責任を感じているのだろうか。
「違うんだ。俺、多分体調が悪いんじゃなくて、勝手に変な事考えて勝手に……」
そう言ってるうちに、昨日の感情が蘇ってきて、また息が苦しくなる。
だめだ、またハイドさんに迷惑かけてしまう。早く、何も考えないようにしないと。
「原因は、ゾルオ先生かい?」
その名前を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。ハイドさんは、ゆっくり俺の背中に手を当て、さする。
「ゾルオ先生と、何かあったのかい?」
「ちが、いや、まだ、なにも、でも……」
ハイドさんは、俺を真っ直ぐ見た。
「無理に言いたくなければ言わなくてもいい。でも、辛い時は断っていいんだよ。いや、私が気付いてあげるべきだったかな。勝手に、会いたくない理由はトラウマ的なものではないと判断してしまっていた。言いづらい事だったよね」
「ちがっ、あの、ハイドさんは何も悪くなくて……! 俺もそうなるとは思ってなくて……」
「もし可能なら、教えて欲しい。ラキ君は色々な事を、皆が知らないことすら知っている。でもそれは、事実を淡々と知っているのではなくて、もしかして、体験としてあるのかい?」
「あっ……」
言い当てられた瞬間、何故だか涙が溢れて止まらなかった。
何故だろう。何故こんなに安心してしまうのだろう。
「そうだったんだね。ごめんね、気付かなくて」
「違っ。俺が、俺が言ってないだけで、俺が」
「辛いことがあったんだね」
その言葉に、思わず頷いてしまった。ハイドさんはそんな俺をゆっくり抱きしめてくれた。暖かくて、安心して、涙が止まらなかった。
「あのね、俺、ゾルオに騙されて、最低なことをして、皆に酷いことをして」
「うん」
「気付いたら時間が巻き戻ってて、それで、次は同じ事にならないようにしようって」
「そっか。頑張ってたんだね」
「でも俺、何を信じていいのか、わからなくって」
「そんなことがあったのに、私に色んな事を教えてくれてありがとう」
感情がぐちゃぐちゃだった。そんな中、ハイドさんの温もりが暖かかくて心地良かった。今はもう、その温もりに体を任せてしまいたくなった。
気付いたらまた俺は眠っていた。
朝起きて、まず目に入ったのは、剣を整備しているハイドさんの姿だった。その瞬間、昨日の事を思い出す。
恥ずかしい。
まず湧き出たのは、そんな感情だった。恥ずかしい程、感情をむき出しにして叫んでいた。
「あ、おはよう、ラキ君。気持ちは落ち着いた?」
「う、うん。昨日はすいませんでした……」
「私としては、少し心を開いてくれた気がして嬉しかったよ」
そう言って、ハイドさんは俺の頭を撫でた。
「でも無理しないでね」
「もう、大丈夫」
「そっか」
ハイドさんは、俺の顔をじっと見る。
「うん。顔色も十分良くなったね。気持ち的なものもあるとは言っていたけど、それなら余計にしっかり休まなければいけないよ」
「はい……」
そう言うと、ハイドさんは満足そうに笑い、俺の寝ているベッドに腰掛けた。
「それにしても、時間が巻き戻っていたとはねえ。でも、それなら一番しっくりくるよ。ラキ君は、未来の事を知っているようで知らない事もあったから……」
「俺が王都に行ってないから、そもそも色んな事が変わってるんだ。それに、おかしな事もあって……」
「おかしな事?」
「巻き戻る前は、最初に会った場所にローグ・ウォルフは1頭しかいなかったんだ。血土も無かったし」
「そうなのかい!?」
ハイドさんもそれは流石に想定外だったようで、驚いていた。
「そう。だから、俺も未来はわからない。わかるのは、シュリとエイルが魔法を使える事。せめて、ローグ達の出現場所がわかればいいんだけど」
「なるほど……」
ハイドさんは少し考え込んだ。
「それでも、1頭しか出なかった場所に複数頭いたのなら、過去に一体でも出た場所に出るかもしれない、という事はないかな? 少しでもヒントがあれば、教えて欲しい」
「確かに……」
そう言われて、俺は巻き戻る前の記憶を手繰り寄せた。次に戦ったのは、ローグ・ベア。熊がローグ化したものだった。
これもまだ1体だったけれども、俺の力を試すためと連れて行かれたのは覚えている。けれども場所はどこだっただろうか。
山を少し登った記憶がある。けれども王都からは近くて、俺でも1日歩けば着く場所だった。近くに大きめの崖があるから気を付けるようにと言われた記憶がある。
それを伝えると、ハイドさんは何かを考え込んでいた。
「それは、いつ頃だったか覚えているかい?」
「確か、俺が王都に来てから2ヶ月後だから……」
「今から1ヶ月後か。普通の熊もそろそろ冬眠から覚める頃だから、調べ始めても良いかもしれないね」
そう言って、ハイドさんは立ち上がった。少し、寂しさを感じる。
「あの、ローグ・ベアは爪が大きくて、皮も厚いんだ。大きいから、剣でもなかなか致命的な攻撃を与えられない。調査してた騎士の人も何人かやられたんだ。お願いだから、ローグ・ベアを探さないで、場所見つけたら俺を連れに戻ってきてね!」
「……大人としては、こんな危険な所に連れて行くのは申し訳ないんだけどね」
「俺は死なないから大丈夫。剣を俺に振り下ろされても、無意識に魔法の風で弾いてるんだ。だから、どんな攻撃を受けても大丈夫」
「……それも、巻き戻る前に実際あったことかい?」
「うん……」
そう言うと、ハイドさんはまた、俺を抱きしめた。
「すぐに様子を見に来るよ。一人にさせて申し訳ないけど、待っててね」
「うん……」
「暫くは絶対に無理をしないこと。可能な限り明日にも様子を見に来るから」
「そんな、そこまでしてもらうのは……」
「今は私に甘えなさい。いいね」
「……ありがとう」
暫くして、ハイドさんは出ていった。一人の部屋は、今までで一番寒く感じた。
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