14.二人の騎士と俺の役割

「ハイドよう。こんなちっこいやつが、やべえ技出すのか?」

「やめなさい。ラキ君が驚くでしょ」

「でもよう。こいつは俺の事も知ってたんだろ? じゃあ問題ねえだろ? な?」


 俺は後ずさりしながら、とりあえず頷いた。ダイナンさんのぐんぐんと距離を強引に詰めてくる感じ、知っていても、やっぱり苦手だった。


「ほら、問題ねえって!!」

「いや、完全に困ってるでしょ」

「それより見せてくれよ! そのすっげえ魔法ってやつをよう!」

「ごめんね、ラキ君。見せてあげてくれる?」


 ハイドさんは、申し訳なさそうに俺に笑いかける。俺は、黙って頷いて、1本の木に向かって視線を向けた。恐らく、巻き戻る前同様、興奮して更に騒ぐのだろうと思うと、なんだか億劫だった。


(風よ 切り裂け)


 俺は、その辺にあった木の枝を切ってみせた。

 一瞬の沈黙。事前に耳を塞ぎたくなる。


「すっげえええええ!!!! おまえ、すっげえな!! 俺たちが剣でやることを、簡単にやってのけてしまうのかよ!!」


 ダイナンさんが、馬鹿でかい声で叫びながら、俺の背中をバシバシ叩く。それが地味に痛いのも、巻き戻る前と変わらない。


「他は何かできんのか? ハイドが言うには、蔓とかをぶおーんとか、すぱーんとか、できんだろ?」

「は、はい……」

「見せてくれよ!! な? な!!??」


 俺は大きくため息をついて、蔓や木を動かした。


「おおおおお、すっげえな!! マジですげえ!! なんだ、剣とか習いたいって聞いたけど、必要ねえじゃんかよ!!」

「ダイナン、説明しただろう? ラキ君は魔法をあまり人に見せたくないと……」

「そうだったな!! まあ色んな戦い方ができるに越したことはねえ!! 俺もたまに教えてやらあ」

「こう見えて騎士団長だからね。私より指導の腕は確かだよ」

「何言ってんだ! 剣の腕は俺よりすげえくせに!」

「……私はそう言ったことは向いていないよ」


 そう言って、ハイドさんは荷物を小屋の中にしまいに行った。


「そんなこたあ、無いはずなんだけどなあ……」


 そう言って頭をかくダイナンさんを、俺はちらりと見る。ダイナンさんは、心配そうにハイドさんを見ていた。その理由を聞きたかったけれども、俺には聞く資格が無い気がして、口をつぐんだ。


「あー、気になるか?」


 けれども、そんな俺を見ていたのか、ダイナンさんが言った。俺がどう答えたら良いか迷っていると、ダイナンさんが続けて言った。


「全部は俺の口からは言えねえけれどよ。あいつ、嫁亡くしてんだよ。子供が産まれると同時にな。んで、その子供も、まあ、……死んだ」

「えっ……」


 俺は、ハイドさんの悲しい過去に、言葉を失った。そんな事があったような人には見えなかった。


「おまえ、ラキっつったか。いくつだっけ?」

「10歳になります」

「あー、多分その時の子供、……生きてたら丁度10歳ぐらいになるんだ。多分、異常に世話焼いて来てるだろ。子供にできなかったこと、おまえに重ねてる部分もあるだろうなあ」

「なるほど……」


 それを聞いた瞬間、俺の中ですっとパズルのピースがハマった気がした。俺に優しくしてくれるのは、ハイドさんの子供の代わりを求められているからだった。恐らく、近い年齢の子供に対しては皆に同じような対応なのだろう。その中でも俺は平民で親からも逃げてきたに近いから、色々とやりやすいのだ。


「だから、うざかったらハッキリ言ってやってくれや」

「いえ、優しくしてくれる理由がわかって安心しました。まあ、俺がどこまで代わりの役割果たせるかは微妙ですが、ハイドさんがそれで何か少しでも満たされるなら……」

「……おまえもなんか、難しい事考えてんなあ」


 そう言って、ダイナンさんは俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。ダイナンさんの手は馬鹿でかくて、動きも雑で、やっぱり慣れない。


「ダイナン。ラキ君に変な事言ってないよね?」


 ハイドさんが、小屋から顔を覗かせた。


「がはは、普通に雑談してただけだ! な?」

「は、はい!」

「つーか、なんで俺には他人行儀なんだよ!! 俺にも生意気な口聞いてくれていいんだぜ?」

「それは君が怖いんじゃないかい?」

「こいつが怖がってるようには見えねーよ! まあ、人前ではとか敬語がいい時もあるだろが、今みたいな時はハイドと同じ感じで接してくれや! ハイドと対応変えられると俺も寂しいからな!」

「わ、わかった……」


 実際巻き戻る前は敬語で話していたので、変な感覚ではあった。けれども、確かにハイドさんと違うのも、おかしな話だろう。まあ、本来二人ともに敬語を使うべき相手なのだろうけれど。


 その後、ハイドさんには文字を、ダイナンさんには剣を軽く習い、その日は終わった。子どもが持つ剣も貰い、時間がある時はそれの素振りを行う。

 剣の練習と言っても、最初は長時間剣を持てるために剣を持ってずっと素振りをするだけなので、二人がいない間でもできそうだった。綺麗な姿勢で振れているかは自分でもわからないので見てもらわなければいけないけれども。

 文字は流石に一日では難しかったが、絵も多い幼児用のテキストだったので、なんとか覚えていこうと思う。


 近いうちに、シュリとエイルが最近再生した血土の所に来るらしい。俺もハイドさんと隠れて見せてくれると言ってくれた。

 同時に国中にローグに関する通達を出し、おかしな生物がいたら国に報告されることとなった。まだローグも1例しかないため、王直轄の騎士であるハイドさんが調査に向かい、その時にこっそり俺も同行するという事になっている。王国騎士でないと血土に近づく前にローグに殺されるだろうという前提のもとではあるが、暫くはそれでいけるだろう。


 俺は素振りをしながら、シュリと、まだ巻き戻り後は会っていないエイルの事を思う。まずは二人の様子を見れるというのが、何となくだけど嬉しかった。

 二人とも元気だろうか。


『君か? 素敵な魔法を使えるという人は』


 ふとエイルと巻き戻る前初めて会った日の事を思い出す。ローグをも殺せる恐ろしい魔法を使えるということで遠巻きに見られていた俺に、同い年ぐらいの金髪の少年が声をかけてきた。


『なんだ、どんな人かと思ったら僕と同じただの子供じゃないか。僕はエイル。この騎士団に、見習いだが属している。良かったら魔法を見せてくれないか?』


 よく考えたら、ダイナンさんと同じことを言っていたなと、少し笑ってしまう。ダイナンさんよりもかなり落ち着いているが、魔法を見せるとダイナンさんと同じように興奮していたのを覚えている。


『凄いじゃないか! これが国を救うための魔法なのか!』


 そう言って、エイルは俺に手を伸ばした。


『良かったら、私の友となってくれないか? 君となら、一緒に国を守れそうな気がするんだ。僕は君みたいな戦い方はできないが、父上みたいな凄い騎士になって、国を守るのが夢なんだ』


 後にも先にも、近い年齢で俺と仲良くしてくれたのは、シュリとエイルだけだった。特にエイルは暇さえあれば話しかけて来てくれて、定期的に模擬戦も挑まれた。それもなんだか遊んてるみたいで、本当に楽しかった。

 まあ俺は、そのシュリとエイルすら裏切ったわけだけれども。


 今度は絶対馬鹿なことはしない。


 俺はそう決心して、剣を握った。

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