13.初めての願いと初めての反応

それから5日程経って、ハイドさんは戻ってきた。

今度は馬に乗って来ていて、いくつか物資も運んで来てくれてきた。


「どうだい? 調子は」

「俺は大丈夫。あの、シュリは?」

「彼女なら大丈夫だよ。といっても、能力に関してはまだ騎士団長と一部の人しか知らないけどね。エイルも無事力を確認できた。まずはあのおっかないオオカミを国に伝えて調査してもらってる所なんだ。ラキ君が呼んでいた通り、ローグ・ウォルフと国でも名付けられそうだよ」


実際巻き戻る前に国が付けた名前を俺が呼んでいただけなので、今回もそうなるのはおかしな事ではない。

それに、俺が魔法を見せた時は王都の人達でも戸惑わられたから、徐々に公開していくのはいい事だろう。


「ああ、ちなみにシュリさんはラキ君の事、神様って呼んでたよ。銀髪の神様だって」

「えっ……?」

「確かにラキ君の髪は珍しい色だしねえ。私もシュリさんと同じ場面でラキ君に会ったら、神様って思ったかもね」


そんなに珍しい色だとは思った事は無かったが、そうなのだろうか。

村にも、金色だったり茶色だったり赤かったり、色んな人がいた。


「とにかく、シュリさんの話を聞く限りは神様と会って力を授かったって聞こえるから、大丈夫だと思うよ。シュリさんに現れた力もあって、皆神様が地上に降りて我々を助けてくれたって思ってる」

「とりあえず良かった……、のかな?」


おかしな事になっている気がするが、大丈夫だろう、多分。


「それで、俺は…… 」

「少し考えたんだけどね。私がメインでこの現象を調査しようと思ってる。ラキ君は私と一緒に来て、ローグ達の討伐と、血土の浄化を行って欲しい。国には血土ではなくて、植物の枯れた更地として報告する予定だ。そしてローグ達を討伐後、シュリとエイルを呼ぶという流れを考えている」

「でも、誰かに血土を見られたら……」

「それなんだ。恐らく私とラキ君だけで調査しきれなくなると思う。だから、ラキ君さえ可能であれば、騎士団長のダイナンに、ラキ君の存在を教えたいんだ。私の勝手な感覚だけど、彼ならラキ君を悪いようにはしないと思う」


騎士団長のダイナンさんは、ローグ討伐の時に面倒を見てくれた人だった。

声も体も全体的に大きくて、少し苦手ではあったけれども、悪い人ではないとは思っている。


「その人なら、大丈夫」

「そう。良かった」


ハイドさんはにこりと笑って、それから俺をじっと見た。


「……ねえ、ラキ君は、会った事がない人でも知ってるのに、何で私の事は知らなかったの? エイルもダイナンも、それに君が会いたくないって言ってるゾルオ先生も知ってるよね?」

「そ、それは……」


あまりにもハイドさんが俺の言う事を受け入れてくれるから、何も考えずに話してしまっていた。

けれども、そもそも俺が王国の人たちを知っていること自体、ハイドさんにとってはおかしな話に違いなかった。


「言いたくなかったら大丈夫だよ」


俺が黙っていると、ハイドさんは優しく言った。


「えっと……」

「少なくとも、ラキ君の教えてくれたエイルの能力は本物だった。それにラキ君はローグさん達と戦える貴重な戦力だし、血土を再生できる。それで十分だからね」


そう言って、ハイドさんは立ち上がった。


「申し訳ないけど、またすぐに戻るよ。ダイナンとも話をしたいしね。食料は十分補充したし、多分すぐに来れるからね」

「ま、待って!」


ハイドさんの優しさが怖かった。

けれども、意味ありげに隠しているのもおかしな感じがした。


「ハイドさんを知らなかったの、全然悪い意味じゃないから! 俺、王都の人全部知ってるわけじゃないから!」

「そうなの? ふふっ、ありがとうね」


そう言ってハイドさんは頭を撫でた。


「あ、あと、ハイドさんにお願いがあって……」


文字を読めるようになりたい。それを言おうと思って、結局言うのが変なタイミングになってしまったことは否めない。

けれどもハイドさんは、寧ろ嬉しそうに俺を見た。


「あの、もし、もし可能ならでいいんですけど……」

「うん。言ってみなさい」

「俺、平民だから文字とか読めなくて……。ちょっとでも文字を読めるようになりたいんだ……」


少しの沈黙が流れる。

俺はチラリとハイドさんを見た。

ハイドさんは、どんな反応をするのだろうか。


「勿論だよ! 寧ろ私も良い事だと思う! 文字を読めるに越したことはないからね!」


ハイドさんは、俺の肩をガシっと掴んで言った。


「貴族の子供が習うテキストをもってこよう! 私がつきっきりで教えることはできないけれど、少しなら時間も取れるだろうしね。ああ、そうだ。文字の他に剣を習うのもどうだい? それなら魔法を見せたくない時でも、対応することができる!」

「け、剣も習ってみたいかも……」

「そうと決まれば次来る時までに可能な限り揃えて来よう。そうだ、明りとして使えるものも必要かな。夜も勉強できたら便利だからね。それから……」


ハイドさんは嬉しそうに計画を話し始めた。

正直こんな反応をされるとは思わず、嬉しさより戸惑いの方が大きかった。

何故俺のお願いなのに、こんなに嬉しそうにするのだろうか。


「ハ、ハイドさん! そろそろ行かなくて良いの?」

「え? あはは、そうだね。次までに色々揃えてくるから待っててね」


そう言って、ハイドさんはまた頭を撫でた。

ハイドさんは馬に乗り、手を振り去っていく。

ハイドさんが見えなくなった後も、俺はハイドさんがいなくなった先をぼんやりと見ていた。


ゾルオでさえ、俺の願いを尋ねてくれた事も、唯一言った願いを叶えてくれたことは無かった。

実の父さんと母さんともそんな話は一度もしたことは無かった。

ただ父さんと母さんから言われたことを行うだけの日々だった。

だからハイドさんから浴びせられた言葉を、まだ上手く飲み込めずにいた。

ハイドさんの頭の中が見えたら良いのに、そう思った。




「おまえかあ! ラキって言うやつは! がはは、どんなおっかねえやつかと思ったら、ただのちっこいガキじゃねえか!!」


数日経って、俺の巻き戻る前には散々聞いていた大きな声が、俺に向かって飛んできた。

二つの足音が俺に近づいてくる。

ハイドさんが、騎士団長のダイナンさんを連れて来たのだ。

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