12.過去と教えられた嘘

巻き戻る前、シュリに馬車で連れていかれたのは、学校だった。

貴族である少女が汚らしい子供を連れてきたのだから、それだけで場は騒然とした。

シュリに言われるがまま魔法を見せた時も、シュリの時のような感動というよりは、戸惑いの目線を向けられた。


そんな時駆け寄ってきたのが、ゾルオだった。

ゾルオは歴史の先生で、クレアとマイタンの伝説を調べている学者でもあった。

ゾルオが俺の力を本物だと言うと、周囲は徐々に納得した。

事情を説明すると、ゾルオはニコニコしながら俺に言った。


『成程、事情はわかりました。提案ですが、ラキ君を私が引き取るのはいかがでしょう。彼にも衣食住が必要でしょう。私としても、クレアの魔法を使える彼を、間近で見れるのは嬉しいですから』


こうして、俺とゾルオは一緒に住むこととなった。

俺の家族の事や、村の人からされたことを伝えた時、ゾルオは俺の事を抱きしめてくれた。


『なんて可哀そうな子。ここではあなたの事をそんな風に扱うことはしません。私のことは、どうぞ新しいお父さんとでも思ってください』


その時、緊張がふっと抜けて、泣いてしまったことを覚えている。

俺が落ち着いた後、ゾルオは俺に言った。


『美味しいものでも食べに行きましょう。服も良いものを買いに行きましょう。気にしなくて良いのですよ。親とは、父親とは、無条件でなんでも与えたくなるものです』


今から考えれば、俺に都合が良すぎる話だった。

けれども俺は、優しくしてくれたゾルオを信じ切っていた。

魔法を使いこなせるようになるたびに、ゾルオは喜んでくれた。

ローグの討伐や血土の再生の話をすると、興味深く聞いてくれた。

俺のおかげで自分の研究が進むのだと、褒めてくれた。

だから俺は、ゾルオに喜んでもらうために頑張った。


『お父さん。俺も文字を勉強してみようと思うんだけど、どうかな。お父さんの研究も少しは手伝えるかもしれないし……』


ゾルオをお父さんと呼ぶようになっていた頃、俺はゾルオにそう提案した。

少しでもゾルオの役に立ちたかった。


『あなたは良い子ですねえ。けれども、ラキ。あなたはそんなことしなくて良いですよ。こういった研究は、私の役目ですから。あなたは既に世界を救うという大きな役目がある。それに、私はあなたがいてくれるだけで良いのですよ。あなたが元気に帰ってきてくれるなら、それでいい』


今考えれば、俺に文字を読ませたくなかったのだろう。

けれども馬鹿な俺は、俺を認めてくれるような言葉に喜んだ。

だから、ゾルオに相談された時は、なんとしてでも役に立とうと思ってしまった。


『ラキ。私たちは大きな思い違いをしていたのかもしれない。ディーレは、本当は世界を救うために存在していた可能性があるのですよ』

『どういうこと?』

『実は、クレアとマイタンの他に、あと一人世界を救うために同行していた人がいるようなんですよ。ずっと疑問に思っていました。マイタンは植物の生長をさせるだけなのに、何故クレアは自然を操り血土の再生した魔法と、自然の創造ができる魔法2つが使えたのだろうかと。実際、シュリさんは自然の創造ができますが、自然を操ってローグと戦い血土の再生をしているのはラキでしょう? だから、実は三人だったのではないかと仮説を立てましてね。そして、その文献がようやく見つかったのです』


実際魔法を使えるのは俺とシュリ、エイルの3人だったので、説得力があった。

だから信じてしまった。

本当は、この世界を滅ぼそうとした元凶は、別にいたこと。

その元凶を倒しきれなかった3人は、戦闘もでき、血土を再生できるディーレを次の世代へ生かすため、結晶の中でディーレを永続的に生きれるようにしたこと。

今となっては、全部作り話だったとわかる。

けれども、伝説では2人いたのに、今の時代には3人いるという違和感が、俺を信じさせた。

何より、”お父さん”が嘘をつくわけがないと思い込んでいた。


『困った事に、国はこの事を認めようとはしないのです。ディーレをクレアとマイタンが封印して、国を平和にしたという事実を変えたくない。クレアとマイタンを、国は神格化して来ましたからね。せめてディーレの封印を解くことができれば証明できるのに……。そうだ、ラキ、あなたならできるのではありませんか? シュリさんとエイルさんの作ったものを自由に操れるあなたなら、クレアとマイタンが作ったものも操れるはず! あなたが封印を解いて、再生の力を持つディーレが復活すれば、世界は生まれ変わる。皆が幸せになるのです!』


騙されていたと気付いたのは、ディーレの復活後、それを喜ぶゾルオを見てからだった。

馬鹿な俺は、そのためにゾルオが優しくしてくれていたことを知った。

見ず知らずの俺を自分の子供の事のように愛してくれる人なんて、いるわけないのに。

いや、いるかもしれないが、魔法以外は何もできないただの平民の子供を俺を理由もなく愛してくれる人なんているはずがないのは、考えればわかることだった。


せめて少しでも疑っていれば。

せめて誰かに相談の一つでもしていれば。

文字を学ぶのを断られたとき、何かがおかしいと気付ければ。

と、ふと、一つの疑問が浮かぶ。


ハイドさんは、俺が文字を学びたいって言ったら、なんて言うのだろうか。


『ラキ君が欲しい物とか、やりたい事とかあったら教えてね。限度はあるけど、きっとラキ君の言う事なら答えられると思う。今すぐ思いつかなくても、都度言ってくれたらいいから』


この言葉が、ゾルオとなんだか似ていて怖い。

けれども、ただ唯一、ゾルオは俺に希望を聞いてくれた事は、一度も無かった。

唯一伝えた希望は、断られた。


『もっと我儘になっていいんだよ。情報を教える分、もっと私に交渉しても良かった』


ハイドさんの言葉を思い出す。

そうだ、これは交渉だ。

それに、もしそれで教えてくれたら、文字を読める分には損はしないはずだ。


考え事をしていると、夜が来て、朝日がもうすぐ登ろうとしていた。

ようやく眠くなってきた俺は、やっと眠りに付くことができた。

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