11.優しさとその理由
「ラキ君は優しいねえ」
ハイドさんはそう言って、俺を撫でた。
「え、いや……」
「もっと我儘になっていいんだよ。情報を教える分、もっと私に交渉しても良かった」
「だ、だって、俺の事言わないでいてくれるって……。それに……」
「そんなのわからないでしょ? 私はそもそも、国を守るお仕事をしてるからねえ。その分お金も貰ってるんだ。でもラキ君は、ラキ君自身が困る状況になるかもしれないのに、無償で私に情報を教えてくれたし、魔法も見せてくれた」
「だって俺にしかできない事もあって……」
「だから優しいんだよ」
ハイドさんは、ふふっと笑う。
「この魔法を使えるのが、ラキ君で良かったよ。もしおっかない人が使えたら……。あはは、考えるだけで恐ろしいや」
「おっかない人……?」
「この力を使って、物とかお金とか盗ってやろうなんて思わなかったのかい?」
「え、そんな事したら皆困るし……」
「そういうところだよ。今にも死にそうなくらいお腹が空いても、ラキ君は力を使わなさそうだよね」
「だって、その分盗られた人がお腹が空いちゃうから……」
そう言った瞬間、俺のお腹は大きく鳴った。そういえば、朝から何も食べていなかった。
「あはは、とりあえず小屋にでも行こうか。あまり美味しくはないかもしれないけど、食料は沢山あるよ」
「は、はい!」
ふと、昨日の夜に家のパンを盗んでしまったのを思い出した。いつもダイが持ってきてくれるから勝手に大丈夫と思っていたけど、もしかしたら許可を取っていたのかもしれない。
『死んだところで、あんな出来損ないは……』
父さんの言葉が蘇る。出来損ないなのはわかっていた。いつも失敗しては、弟のダイに助けられていた。
そもそも騙されてディーレを復活させてしまうような人間だ。そんな俺が余計に人を困らせるなんて、あってはならないことのはずだ。魔法を使えなければ、必要とされない人間なのだ。
「着いたよ。ここ」
その小屋は村からだいぶ離れた森の中にあった。普通にしていれば、たどり着くことは無いだろうが、ハイドさんは何かを確認するためか時折あたりを見渡して進んでいたから、秘密の目印でもあるのだろう。
ハイドさんは、小屋の扉を開ける。そこは、ベッドがある以外は何もない、簡素な場所だった。
「えっと、食べ物はここに……」
そう言って、ハイドさんは床を探り始めた。壁際の床の一か所を押すと、床と思っていた場所が開く。そこには、色々な食べ物が入っていた。
「えっと、干し肉にナッツ、チーズに硬めだけどパンとか……。水は少し離れたところに小さな川があるから、そこから取って。火は申し訳ないけど、無いんだ。基本的に仮眠と簡単な食糧調達をするような所だから」
「いや、十分だから! お肉とか、平民はそんなの、普通食べれないから……」
巻き戻る前、王都にいた時に食べさせてもらったお肉や魚の料理は、本当に美味しかったのを覚えている。パンも、硬いのが当たり前だったから、柔らかい白いパンを食べた時は感動した。
「それなら好きなだけ食べたらいいよ。また王都から調達してくるしね。これからシュリさんを保護して、色々と君に言われたことを確認したりするから、ここで数日待っていてくれるかな? 多分それまでの食糧はあると思う。それまでに私以外の誰かが来たら、上手く隠れてくれるかい?」
「わ、わかった……」
「じゃあ何か食べようか。せっかくならお肉でも食べる? ここに水筒もあるよ」
そう言って、ハイドさんは俺に干し肉と水筒を手渡した。水を飲むと、久々に喉が潤う。本当は積もった雪を水に魔法で変化させて飲んでも良かったのだが、それすら忘れていた。
次に干し肉をかじると、体が求め始めたのか止まらなくなった。そんな様子を、ハイドさんはじっと見つめていた。
「あの……、ハイドさんは食べないの?」
「あはは、ごめんごめん。ちゃんと食べてくれて良かったなあ、って」
そう言いながら、ハイドさんも食べ始めた。何故、ハイドさんは俺が食べるだけで喜んでくれるのだろうか。
ハイドさんは、国を守るのがお仕事だと言っていた。現状俺に死なれると、仕事ができなくて困るから食べて欲しいということだろうか。
「あ、そうそう」
ハイドさんは、思い出したように俺に言う。
「ほんとに、ラキ君が欲しい物とか、やりたい事とかあったら教えてね。限度はあるけど、きっとラキ君の言う事なら答えられると思う。今すぐ思いつかなくても、都度言ってくれたらいいから」
「は、はい……」
「じゃあ、私はそろそろ行くね。怖いオオカミさん以外にも、色んな怖い動物たちはいるから、気を付けるんだよ。まあ、ラキ君なら大丈夫だと思うけどね」
ハイドさんは、俺を優しく撫でた。ここまで、誰かに心配されたことがあっただろうか。
それと同時に、その優しさに恐怖を覚えた。
「じゃあ、また来るね」
「はい、また……」
ハイドさんは小屋を出て、森の奥へと消えた。ハイドさんの優しさは、仕事のためという目的を超えている気がした。その優しさが、実はもっと恐ろしいことを考えているのではないかと、不安になった。
食事を一通り終え、俺はベッドに横になる。体は疲れていたけれども、どうしてか直ぐに眠れなかった。それどころか、何もすることがないから余計に、巻き戻る前の嫌な記憶が蘇ってくる。
蘇るのは、王都に向かった後の記憶。そこで俺は、ゾルオという先生に会った。
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