9.血土と少しの再生

「助けてくれないかい?」


そう言った男を、俺は訝しげに見た。

男の意図を、全く理解することができなかった。


「突然そう言われても困るか。あはは……」


そう笑う男は、先程の剣裁きからは想像も出来ないほど気が抜けていて、まるで別人のようだった。

ヘラヘラ胡散臭く笑うわけでもなく、近所の気のいいおっさんにしか見えなかった。


「えっと……。一応聞きます……」

「ありがとう! 助かるよ! まあこのオオカミさんも一つの異変なんだけどね。昨日から、これで合計5匹は倒したかな。こんなオオカミさんは見た事が無い。目はなんか赤いし……」


そう言って、男はローグ・ウォルフの死体の瞼を開けた。

目は充血したように赤く、これもローグ化した生き物の特徴の一つだった。


「それとね。そのオオカミさん達がいた周辺に変な場所があったんだ。草木が枯れていて、土も異様に赤い……」

「おじさん! それはどこ!?」


俺はハッとして尋ねた。

ローグ化した生き物が多数存在するところにある、血土と呼ばれた場所があった。

数が多くなれば比例するように、その面積も大きくなっていたことから、そこが原因ではないかと言われていた。

けれども、この村に巻き戻る前にいたローグ・ウォルフは一匹だけだったから、調査した時も血土化した場所はなかったはずだった。

だから、血土がある事は、巻き戻る前と何かが違う事を意味していた。


「こっちだ。着いてきてくれるかい?」

「待って。一つ質問させて。おじさんは何者?」


血土も気になるが、もう一つこの男について気になるところがあった。

あの動きは王国の騎士団長にも匹敵するぐらい強く見えた。

けれども一番気になるのは、巻き戻る前は王国の騎士団にいた記憶が無いということだ。

あれだけ強ければ、ローグ化した生き物達の討伐で、一度は見た事があるはずだった。

なのに一度も見た事がない。

一体何者なのだ。


「あー、そう言えば私自身の事を何も伝えてなかったね」


男は、嫌な顔一つせずに答えた。


「私はハイド。王直轄の少数精鋭とも言われる騎士団に属していて、表には出てないけど、裏で色んな調査とかしてる」

「へ?」


俺は驚いて、すっとんきょうな声を上げた。

確かにそれなら、俺が巻き戻る前会ったことがないのも、これだけ強いのも理解できる。

けれどもそれよりも、


「そんなこと、俺に言って良いの!?」

「あはは、君の事だから、嘘付いても直ぐに感づく気がしてね。ちなみに俺の事はハイドでもおじさんのままでもいいよ。ついでにだけど、君の名前も聞いていいかい?」

「俺は……、ラキと言います」

「そんな堅苦しい敬語なんていらないって! 最初みたいに気軽に話しかけてくれた方が、俺も気楽でいいよ。どうも敬われるのは、好きになれなくてね」

「おじさ……、ハイドさんが言いのなら……」

「ハイドさんかあ。まあ近所のおっさんみたいな感じで丁度いいかな? とりあえず行こか。君に例の所を見て欲しいんだ」


そう言ってハイドさんは、森の奥へ歩いて行った。

簡単に信じていいのかはまだわからない。

それでも、飾り気の無い言葉を使って、俺と同じ目線で話してくれるハイドさんに安心してしまう自分がいた。

不思議と、顔色を伺わなくても素の自分でいれるのだ。


そう思って俺は首を振る。

簡単に信じてはだめだ。

巻き戻る前もそうやって信じた人に、裏切られたじゃないか。


「着いたよ。ここ」


辿り着いた場所は、やはり血土化した土地だった。

草木が枯れ、土が血のように赤い。


「おっかないよね。なんだか、クレアとマイタンの伝説に出てくる血土みたいだ。そう言えば、あのオオカミさん達も、伝説の中のローグ化した生き物みたいだよね」


そう。

そしてディーレが復活した時にこの血土が広がり、ローグ化した生き物が人間達に襲いかかった。

伝説でも、ディーレが国を襲った時、国中がそうなりクレアとマイタンがディーレを封印して事を収めたという記述があるという。


俺は土に手を付き、目を閉じる。


(土よ 蘇れ)


その瞬間、赤く染まっていた土は、周辺の森に馴染むような、茶色く健康的な色に変化した。


「凄い。赤い土が消えた。まるでクレアとマイタンの中に出てくる、クレアの魔法みたいだね」


そう言って驚くハイドさんを期待させないように、俺は言った。


「でも俺は、ここまでしかできない。クレアは血土を蘇らせて、種を創造して蒔いたんでしょ? そして、マイタンはその種を一瞬のうちに成長させて、その土地に定着させた。でも俺は、血土を蘇らせる事しかできない。種を創造する人は他にいるから……」

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