8.謎の男と共闘

 背後に現れたフードの男は、確実に村の人間ではなかった。フードから見えた服装も剣も、シンプルにみえてしっかりした造りをしていた。思いつくのは王都の人間か、或いは身分の高い人に仕えている人物。

 誰だ、と俺が口を開こうとした瞬間、口を塞がれた。男は、シーッと人差し指を立てて、黙るように言った。

 男が軽くフードから顔を見せる。長い金髪を後ろに束ねた、30代ぐらいの男だった。


「君はこの家の子かい?」


 男は小声で俺に尋ねる。俺はこくりと頷いた。


「おいで。ここにいるのは、君にとっても良くないだろう」


 男は優しく、俺に問いかけた。心配そうにしているその目は、思わず付いて行きたくなる。

けれども、似たような大人の優しさ裏切られたことがあった俺は、素直に頷くことができなかった。俺は思わず、森の方へ駆け出した。

 きっとわざわざ追ってこないだろう。たまたま目にしたであろう村の子供の問題に、わざわざ突っ込むメリットもない。

 けれども、その予測は外れた。


「待ちなさい! 森の中は危ない!」


 男は俺を追って来ていた。まだ子供である俺の足では、直ぐに追い付かれそうだ。


「異常に大きなオオカミが何頭もいるんだ!! しかも異常に襲い掛かってくる!!」


 えっ、と、振り返る。俺が倒したローグ・ウォルフは2頭。巻き戻る前は1頭しかいなかったはず。

 それ以上、いる……?


「……っ、危ない!!」


 と、男は俺の前に立ち、剣を抜き取った。見上げると、ローグ・ウォルフが俺に飛びかかる寸前だった。

 男の剣を、ローグ・ウォルフの牙が噛み付く。男は、あっさりと大きなローグ・ウォルフを剣を振り、木へと叩きつけるように飛ばした。


「今のうちに逃げなさい!! 私は大丈夫だから!!」


 と、視線に別の影がチラつく。まさかもう一匹いるのか。


「もう一匹……。くっ、守りきれるか……」


 男も焦っているのが声でわかった。何故、俺を守ろうとするのだろうか。たまたま会っただけの村の子供なのに。

 俺は大きく息を吐く。この男はきっと、王都の人だ。だから魔法はバレたくなかった。けれども、もう誰も死なせたくない。誰も泣かせたくなかった。


「おじさん。おじさんは自分の事だけ考えて」

「何を言ってるんだ! 君は……」

「俺も、戦えるから」


 隠れていた一匹が、俺に襲い掛かる。瞬間、俺は蔓を使ってその一匹を絡めとった。

 男は驚いたようにそれを見て、けれどもすぐにもう一匹への戦闘態勢に入る。ローグ・ウォルフの攻撃をあっさりと避けては攻撃を仕掛ける。

 俺が木で一匹を貫くと同時に、男ももう一匹の心臓めがけて剣を突き刺した。


 静寂。


 ローグ・ウォルフが力尽きて倒れる音以外には、風が森を通り抜ける音しかしなかった。


「君は、いったい……」


 男が、俺に近づいてくる。咄嗟に俺は、男を蔓で押さえつけた。


「近付いてきたら殺す!」


 それは嘘。だけれども、咄嗟に思いついたのは、こんな化物じみた言葉だった。


「約束しろ! この事は誰にも言うな! そうでないと……」

「君は私を殺せないよ」

「……っ、殺せる!!」


 俺は男の喉元に向け、槍にした木を仕向けた。けれども男は、優しく俺に笑いかけた。


「君は誰も殺せない。そんな泣きそうな声をして。人を殺せる人間は、そんな苦しい声をしないよ。それにほら、縛る蔓も、全然痛くない」

「……」

「誰にも言うなと言われのならば、私は言わないよ。でも可能なら、理由を教えてくれないかい?」


 俺は咄嗟に首を振った。なのに、男はふふっと笑う。


「そりゃ会ったばかりの人は信じられないか。でも、この年齢で人を疑えるのは、賢い子の証だ」


 男は俺を優しく撫でた。何故だが涙が溢れそうになる。けれども必死で堪えた。


「そうだなあ。先ずは私から心を開くのも一つの手だね」


 男はそう言って、立ち上がる。俺は自分でも気付かぬうちに、蔓の拘束を解いていた。


「変な場所を見つけたんだ。自然を操る君なら何か情報を知っているかもしれないって思ってね」


 男は俺に、困ったように笑いかけた。


「助けてくれないかい?」

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