6.異変と遅い助け
「た、助けてくれー!」
その声を聞いて駆け出した先で、真っ先に目に入ったのは馬車だった。その次に血の海と1匹のローグ・ウォルフ。真っ白な雪を、人間から出た赤い血が鮮やかに染めていた。
「なんで……。一匹倒したはずなのに、また……」
巻き戻る前はいなかったはずだ。気付かなかっただけだろうか。いや、そんなはずはない。被害が出たら、俺が必ず呼ばれたはずだ。ローグ・ウォルフが人を襲わないわけがなかった。
ローグ・ウォルフの下には一人の人間が、血に染まっていた。先程叫んだ男だろうか。その男も、徐々に力尽きていった。
周りに倒れている他の人達も、生きているかはわからない。恐らく従者や護衛だろう。戦争も暫く無いこの国は、護衛も簡単な獣や盗賊ぐらいは倒せるだろうが、ローグ・ウォルフを倒せるのは王国の騎士達ぐらいだろう。それも、ごく一部の強い人達だけだった。
そうだ、シュリは。この馬車は、シュリが王都に向かうもので間違いなかった。けれども見回しても、ドレス姿の少女はいなかった。つまりは、まだ馬車の中ということか。
助けない選択肢は無かった。けれども同時に、魔法がバレて騒がれたくなかった。派手に魔法を使って、その原因を探られたくもなかった。
ふと、巻き戻る前の事を思い出す。周囲にあった自然に限界があった時、シュリの魔法によく助けられていた。シュリの魔法は、そのうち必要とされる。魔法の存在が明らかになるのが、少し早まっても大丈夫だろう。
それならば、
俺は地面を泥にしてローグ・ウォルフの足を飲み込み、足を止めた。その隙に、シュリのいるはずの馬車を開ける。
「大丈夫!?」
そこには、怯えて一人小さく包まっているシュリがいた。涙を流しながら、俺を見る。
「あ、あなたは……」
「グルルルル……」
「う、後ろ……! オオカミが……!」
「大丈夫。オオカミはたまたま沼にハマったみたい。オオカミはここまでま来られない」
「で、でも……」
俺は、優しく、安心させるように語りかけ、シュリの頭を撫でた。
「聞いて。あなたには、不思議な力がある。それを使って、オオカミを倒すことかできる」
「ふ、不思議な力……? なにそれ、不思議な力なんて……」
「魔法が使えるんだ。クレアとマイタンの伝説、あなたも知ってるだろ?」
そう言うと、ハッとしたようにシュリは俺を見た。
「で、でも、使い方なんてわからないわ……」
「イメージしてみればいい。そうだな、オオカミを覆うような水でも創ってみようか」
俺は、あの日シュリが俺に言ってくれた事を思い出しながら言った。
「なんから唱えてみようか。水よ、現れよ。なんてね」
シュリは戸惑いながらも目を閉じた。恐らく、イメージをしているのだろう。
「水よ、現れよ……」
ああ、シュリは声に出すんだなと思いながら、俺はローグ・ウォルフの方を見た。動けないローグ・ウォルフの上で、大きな水の塊が現れる。
「見て、シュリがやったんだよ」
俺がそう言うと、シュリは驚いたように目を見開いた。次は、俺の番だ。俺はその水を操り、ローグ・ウォルフを包む。ローグ・ウォルフが苦しそうに口から泡を吐く。
(水よ 凍れ)
一瞬にして、ローグ・ウォルフは氷の中に閉じ込められた。これでローグ・ウォルフは死ぬだろう。
「これでもう、大丈夫だ」
「え、ええ……」
俺は、シュリを馬車から下ろす。シュリは周囲を見て、そして足から崩れ落ちた。
「皆……。なんで……、そんな……。ごめんなさい……」
シュリからしたら、皆きっと親しくて大切だった人達なのだろう。シュリは巻き戻る前から、どんな身分の人達にも優しかった。
「あなたがもっと早く来てくれたら……。なんて、わがままね、私。あなたは助けに来てくれたのに……」
「ごめんね」
ほんとは俺だって助けたかった。
「ここにいたら、また危ないかもしれない。一先ず村に戻ろう」
「そうね……。助けを呼ばなきゃ……」
俺とシュリは立ち上がって、馬車が通った後を辿った。
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