5.虚しさと朝

「何をしている!!」




そう叫んだ父親は、俺の腕を握って持ち上げた。


その腕は運も悪く、一つだけと取ったパンを持っていた。




「これはなんだ」




父さんは、俺の腕を強く握る。




「これはなんだと言っている!!!」


「違っ……」


「違わないだろう!! 盗人め!! 俺が汗水垂らして働いて得た食事を盗みやがって!!」




父さんの拳が、俺の目の前に迫った。


咄嗟に、俺は魔法で父さんの拳をはじき飛ばしてしまった。




「……なんだ?」


「あっ、違っ……」


「父親に歯向かうとは、いい度胸だな!! ラキ!!」




運良く暗闇の中の出来事だったからか、俺の魔法はバレなかった。


けれども、父さんの逆鱗に触れてしまった事は間違いなかった。




「今すぐ家から出ろ!! 盗人など俺の子供ではない!!」




父さんが、俺の髪を掴む。


俺を引きずりながら、家の扉を開けた。


そしてそのまま、俺を外に放り投げた。




ガチャ




その瞬間、鍵がかけられる音がした。




「うそ……」




外は雪が降っていた。


上着を着ていても、突き刺す寒さ。


冷たい雪の地面が、俺の体を芯から冷した。




「そこでしばらく反省していろ!!」




家の奥で、扉が閉まる音がする。


父さんが寝室へと入ったのだろう。


俺は思わず家の扉に手を伸ばそうとして、そして止めた。


今大切な事は、ローグ・ウォルフを倒すこと。


外に出れただけラッキーではないか。




胸の奥がズキンと痛む。


けれども、何も考えたくはなかった。


やらなくちゃいけない。


俺が、やらなくちゃいけない。




ふと遠くで、唸り声がした。


息を止め、場所を探る。


向こうは俺を見つけているのかもしれないが、俺はまだ見つけられていない。


きっと、森の中に潜んでいるのだろう。


ここで戦うわけにはいかない。


俺は森の中に飛び込んだ。




瞬間、ローグ・ウォルフが俺に襲いかかる。




(蔓よ 縛れ)




俺は地面に蔓延っている蔓で、オオカミを縛る。


声も出ないように、口を含めて。




ここじゃ駄目だ。


もっと森の奥に行かなきゃ。


ここじゃ、誰かに見られてしまうかもしれない。




俺は更に森の奥に逃げた。


ローグ・ウォルフは人を執拗に襲う。


間違いなく俺を追いかけてくるはずだ。




俺は距離を取った後、蔓を解いた。


想定通り、ローグ・ウォルフは俺を追ってくる。




(木よ 突き刺せ)




「ギャオス!!」




木が、ローグ・ウォルフの心臓を真っ直ぐ突き刺した。


これで、大丈夫なはず。


俺は、木を元に戻す。


ローグ・ウォルフは、ぐったりと力尽きて地に落ちた。


俺は、そっとローグ・ウォルフに近づいた。


触ると、まだ温もりが残っていた。




「暖かい……」




冷え切った手が、殺したはずのローグ・ウォルフの体温で暖められる。


まだ開いているローグ・ウォルフの目は、俺を睨みつけ、そしてゆっくり目を閉じた。




「俺は、なにをしてるんだろう……」




家に帰らなきゃいけないのに、体が動かなかった。


なんだか虚しさだけが、心に残った。


俺しかできないことだから。


俺がやらなきゃいけないから。




なんで? ナンノタメニ?




巻き戻って、ただ使命感に駆られて動いてきた。


巻き戻る前は、ローグ化した生き物を倒すのが俺の役目であり、俺が必要とされていた理由だったから。


けれども、今はそれを求められていない。


ディーレを復活させないためには王都に近付かない、けれどもそれ以外は何も無かった。




それならいっその事、死んでしまってもいいのではないだろうか。




ふとそんな事を思いながら目を閉じる。


死ねない事はわかってはいたけれども。








目が覚めたのは、もう随分と朝日が昇ってからだった。


もう父さんも出かけた後だろうか。


けれども運良く、俺もローグ・ウォルフの死体も村の人達に見つからなかったらしい。


俺は気付けばかまくらのような小さなドームの中にいて、寝ていたはずの雪の地面は暖かい地面になっていた。




体は冷えているけれども、ローグ・ウォルフで暖を取れていたからか、体が動かないということもなかった。


きっと俺の魔法が、そうさせたのだろう。


俺は死ねない。


意図的に魔法を使う事もできるが、いつからか身の危険を感じると、体が勝手に魔法を使うようになった。


眠っているところを剣で斬りつけられたら別だが、寒さや熱さなど無意識にでも感じられるものは、勝手に防衛するよう魔法を使い自然を操るのだ。




俺は、その場所をただの雪景色に戻す。


ローグ・ウォルフの死体も、きっとこのままじゃいけないだろう。




(土よ 沼になれ)




俺は、ローグ・ウォルフの死体周辺を底なし沼とした。


ローグ・ウォルフが沼へ沈んでいく。


冷たくなったその死体が、死体などなかったかのように見えなくなっていった。




これでいい、これで。




けれども体は、家とは逆の方向を歩いていた。


帰りたくない。


ただ、帰りたくなかった。




「た、助けてくれー!!」




と、突然どこからか、悲鳴が聞こえた。


俺はその声に向かって、かけだした。

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